農林水産省のHPに、「ふるさと農道を約2km歩くと『野菜もぎとり体験』が楽しめる」と記されていた。その通りに、スマホでマップを開きながら歩くと広い農場が現れ「収穫体験できます」と書かれた看板があった。
私たちはそこで、キャベツやピーマン、きゅうりなどの夏野菜の収穫を楽しむ。土に汚れながら野菜をとる体験は初めてだったので、童心に返った心地で収穫をした。
「こうして土にまみれるのもたまにはいいですねっ」
土で茶色く染まった手で手話をしたので、土がぽろぽろと手のひらや手の甲から落ちて行く。
「そうだね、心が洗われる」
先生も、あえて手話で大袈裟に身振り手振りしながら答えた。土が舞い落ちていくのを見て、私たちは顔を合わせて子どもみたいに笑い合う。
収穫をした野菜は持って帰っても良かったのだが、夏場の長旅なので今回はやめておく。汗だくになって大丈夫かなと最初は心配だったけれど、終わってみれば良い汗をかいたという心地だった。
標高が高いからか、夏場の風もそこまで暑いとは感じられない。風に汗が流されると、次第に身体も冷えていった。
「次は奥中山高原農協乳業工場さんがあるところだね。行こうか」
奥中山高原農協乳業はこの辺りに本社を置く乳業メーカーのようだ。また三十分ほど田舎道を歩いて行く。途中、小学校を右手に見つつまた進んで行く。たどり着いた奥中山高原農協乳業工場さんでは新鮮な牛乳やアイスクリームの製造をしているらしい。
農林水産省のHPには、ここがウォーキングコースの折り返し地点となっているそうだ。
社内の見学などはできるのか分からなかったので、今回はパス。
でも、奥中山高原農協乳業さんのHPを見るととてもおいしそうなアイスクリームの紹介がされていて、いつか食べてみたいなと思う。
奥中山高原農協乳業を通り過ぎ、今度は「カナン園のパン工場」を右手に見ながら進む。上り坂で、肩で息をしながら一歩ずつ登った。沈黙して登っていると余計しんどさが募るので、私は気になっていたことを先生に尋ねる。
「先生って、旅が好きなんですか?」
唐突な質問だったと思う。でも先生は驚く様子もなく「そうだねえ」と遠い目をして何かを考える素ぶりを見せた。
「もちろん好きなのは好きなんだけど、ちょっと思うところもあってね」
「思うところ? 旅に対して?」
「うん。まあちょっとした心残りみたいなものかな? でもさ、知っての通り高校教師って毎日忙しいじゃん。何かに心残りがあったとしても、それを昇華する時間もないんだよね」
先生の話はちょっと抽象的で、何に対しての心残りなのか、この話だけでは理解することができなかった。でもたぶん、先生は過去に旅をしている最中に何か、心に引っ掛かるような出来事を経験したけれど、まだそのしこりが取れていない——そういうことを言いたいのだろう。
「だから、私と一緒に旅に出てくれたんですか? 心残りを昇華するために」
「それも、少しはあるかも。でも私は純粋に青葉ちゃんが受け取った『旅カード』が面白そうだって思って誘っただけだよ。青葉ちゃんともっと話がしたいって思ったのもあるし。自分の心残りのことは、考えているようで考えてないかも」
曖昧な言い方に、私はじっと心の中で先生の本音を探ってみた。
先生が私と話したいと思ってくれていることも本心だと信じたい。でも先生の「心残りを昇華したい」という気持ちだって、きっと先生の中では人生で一番大きな課題みたいになっているんじゃないだろうか。
「だからさー、青葉ちゃん。この旅では先生に隠し事はなしだよ? 悩んでることも、楽しいって思ったことも、全部さらけ出しなよ〜」
いつもの調子で私の横腹を突きながら先生がにまにまと何かを企んでいるような顔で笑っていた。その顔を見て、思わずぷっと吹き出す。
「先生も、さらけ出してくださいね? 約束ですよ」
「もっちろん!」
歯を見せて笑う先生だが、私は先生が私に対してすべてを打ち明けてくれることはないのかもしれない、と思い至る。先生は普段、根っから明るい人のように周囲に振る舞う。でも、それが先生の本当の姿なのかどうか、この旅を始めてから分からなくなってきたのだ。
昨日、函館で先生が女性と話している時に一瞬だけ見せた翳りのある表情がフラッシュバックする。
先生の本音が見えない。見せてもらえないかもしれない。高校を卒業するまで、私だけが先生を大好きで、先生は私のことを、一人の生徒としか思わないだろう。
そのことが無性に寂しくて、私の胸をざわざわと掻き立てていった。
私たちはそこで、キャベツやピーマン、きゅうりなどの夏野菜の収穫を楽しむ。土に汚れながら野菜をとる体験は初めてだったので、童心に返った心地で収穫をした。
「こうして土にまみれるのもたまにはいいですねっ」
土で茶色く染まった手で手話をしたので、土がぽろぽろと手のひらや手の甲から落ちて行く。
「そうだね、心が洗われる」
先生も、あえて手話で大袈裟に身振り手振りしながら答えた。土が舞い落ちていくのを見て、私たちは顔を合わせて子どもみたいに笑い合う。
収穫をした野菜は持って帰っても良かったのだが、夏場の長旅なので今回はやめておく。汗だくになって大丈夫かなと最初は心配だったけれど、終わってみれば良い汗をかいたという心地だった。
標高が高いからか、夏場の風もそこまで暑いとは感じられない。風に汗が流されると、次第に身体も冷えていった。
「次は奥中山高原農協乳業工場さんがあるところだね。行こうか」
奥中山高原農協乳業はこの辺りに本社を置く乳業メーカーのようだ。また三十分ほど田舎道を歩いて行く。途中、小学校を右手に見つつまた進んで行く。たどり着いた奥中山高原農協乳業工場さんでは新鮮な牛乳やアイスクリームの製造をしているらしい。
農林水産省のHPには、ここがウォーキングコースの折り返し地点となっているそうだ。
社内の見学などはできるのか分からなかったので、今回はパス。
でも、奥中山高原農協乳業さんのHPを見るととてもおいしそうなアイスクリームの紹介がされていて、いつか食べてみたいなと思う。
奥中山高原農協乳業を通り過ぎ、今度は「カナン園のパン工場」を右手に見ながら進む。上り坂で、肩で息をしながら一歩ずつ登った。沈黙して登っていると余計しんどさが募るので、私は気になっていたことを先生に尋ねる。
「先生って、旅が好きなんですか?」
唐突な質問だったと思う。でも先生は驚く様子もなく「そうだねえ」と遠い目をして何かを考える素ぶりを見せた。
「もちろん好きなのは好きなんだけど、ちょっと思うところもあってね」
「思うところ? 旅に対して?」
「うん。まあちょっとした心残りみたいなものかな? でもさ、知っての通り高校教師って毎日忙しいじゃん。何かに心残りがあったとしても、それを昇華する時間もないんだよね」
先生の話はちょっと抽象的で、何に対しての心残りなのか、この話だけでは理解することができなかった。でもたぶん、先生は過去に旅をしている最中に何か、心に引っ掛かるような出来事を経験したけれど、まだそのしこりが取れていない——そういうことを言いたいのだろう。
「だから、私と一緒に旅に出てくれたんですか? 心残りを昇華するために」
「それも、少しはあるかも。でも私は純粋に青葉ちゃんが受け取った『旅カード』が面白そうだって思って誘っただけだよ。青葉ちゃんともっと話がしたいって思ったのもあるし。自分の心残りのことは、考えているようで考えてないかも」
曖昧な言い方に、私はじっと心の中で先生の本音を探ってみた。
先生が私と話したいと思ってくれていることも本心だと信じたい。でも先生の「心残りを昇華したい」という気持ちだって、きっと先生の中では人生で一番大きな課題みたいになっているんじゃないだろうか。
「だからさー、青葉ちゃん。この旅では先生に隠し事はなしだよ? 悩んでることも、楽しいって思ったことも、全部さらけ出しなよ〜」
いつもの調子で私の横腹を突きながら先生がにまにまと何かを企んでいるような顔で笑っていた。その顔を見て、思わずぷっと吹き出す。
「先生も、さらけ出してくださいね? 約束ですよ」
「もっちろん!」
歯を見せて笑う先生だが、私は先生が私に対してすべてを打ち明けてくれることはないのかもしれない、と思い至る。先生は普段、根っから明るい人のように周囲に振る舞う。でも、それが先生の本当の姿なのかどうか、この旅を始めてから分からなくなってきたのだ。
昨日、函館で先生が女性と話している時に一瞬だけ見せた翳りのある表情がフラッシュバックする。
先生の本音が見えない。見せてもらえないかもしれない。高校を卒業するまで、私だけが先生を大好きで、先生は私のことを、一人の生徒としか思わないだろう。
そのことが無性に寂しくて、私の胸をざわざわと掻き立てていった。



