店員さんの案内で、本店から二軒隣にある「とんぼ玉館」にやってきた。体験予約をして、しばらく待つと順番が回ってきた。
三十代半ばぐらいの職人さんの男性が私たちにとんぼ玉づくりを教えてくれるそうだ。「牧野」と書かれた名札が付いている。
「この子、耳が聞こえないんです。大丈夫でしょうか?」
先生がすかさず気を遣って牧野さんにそう訊いてくれた。
「ああ、そうなんですね。少しだけなら手話もできるので大丈夫です。見ながらやってください」
牧野さんは滑らかな手話でほんのりと頬を綻ばせた。失礼ながら表情が乏しそうな人だと思ったが、必死に笑顔をつくろうとしていることが窺えた。
「まず、とんぼ玉のベースの色を決めましょう。なんでもいいですよ」
牧野さんに言われて赤色や青色、緑色といった色の中から、それぞれ好きな色を選んだ。私はエメラルドグリーン、先生は情熱的な赤色だ。
「次にとんぼ玉の種類も選んでもらいます。ドット玉、パウダー玉、きらきら玉、華とんぼ玉などがありますよ」
牧野さんが丁寧に仕上がりのとんぼ玉の種類を見せてくれる。どれも可愛らしくて迷ってしまう。先生も「うーん」と顎に手を当てて悩んでいる様子だった。
「私はこれにします」
華とんぼ玉が気になったので、華とんぼ玉の見本のとんぼ玉を指差した。
「いいね。私はドット柄にしまーす!」
先生が元気よく手を挙げながらとんぼ玉の種類を決める。先生の声だけは、相変わらず水の流れのように耳に心地よく響くから、安心できた。
「分かりました。それでは、早速このバーナーでガラスを温めていきますから、こちらをどうぞ」
牧野さんから手渡されたとんぼ玉芯棒の先端をエアバーナーに近づけると、くるくるとゆっくり回しながら熱で溶かす。これがかなり難しくて、緊張で汗が噴き出てきた。途中、牧野さんが「お手伝いしますね」と手話で私のサポートをしてくれる。先生は隣で「おお、溶けてる溶けてる〜」と言いながら一人楽しそうに作業をしていた。
ある程度ガラスがふにゃりと溶けたどころで、ステンレス芯に巻きつけていく。形を丸く整えた後で、華とんぼ玉になる模様の部分をつけていった。
「牧野さーん、こんな感じでいいですか?」
先生が途中で私の隣にいた牧野さんを呼んだ。だが、どういうわけか、牧野さんは先生の声が聞こえていないかのように、私のとんぼ玉の模様付けのサポートに集中している。先生が再び「牧野さん?」と彼の耳元で問いかけてきて、ようやく「ああ、すみません」と答えたのが口元の動きで分かった。
どうしたんだろう。
なんだか、本当に先生の声が聞こえていないみたいだった。
私は自分が音の聞こえない世界で生きているから、牧野さんのさっきの鈍い反応に既視感を覚えた。
「模様をつけ終わったら、こうして馴染ませてください」
その後、とんぼ玉に模様をなじませて、徐冷材の中へ棒ごととんぼ玉を入れておいた。
四十分ほどかけてゆっくりととんぼ玉を冷やすというので、先生は「少しぶらぶらしようか」と提案してきた。私が「はい」と頷くと、ちょうど牧野さんが名札を外しているところだった。
これから次のお客さんの体験をすると思っていたのだが、どうやら休憩らしい。
先生が牧野さんに「ありがとうございました」と頭を下げたのだが、考え事でもしているのか、牧野さんは無反応だった。
どうしたんだろう。
さっきもそうだった。
先生の声が聞こえないみたいに、少し遅れて反応していた。
「あの、ありがとうございました」
私が牧野さんの目の前で「ありがとう」と手話をすると、牧野さんがはっとして同じように手話で「どういたしまして」と言ってくれたが、どういうわけか、その顔は険しく歪んでいた。まるで、何かの苦痛に耐えているように。
先生は牧野さんの表情まで見ていなかったのか、「とりあえず堺町商店街を歩こうか」と提案してくれる。だが私は、休憩でお店を出て行こうとする牧野さんが気になって、先生の肩をトントンと軽く叩いた。
「牧野さんと、少し話がしたいです」
「え、なになに? とんぼ玉のことで聞きたいことでもあるの?」
先生が、今まさにお店から出ていく牧野さんの背中を見つめながら聞く。
「違います。さっき、牧野さん明らかに様子がおかしかったんです。先生の声が聞こえないみたいな反応をしていました。なんだか昔の自分を見ているようで気になって……」
私が必死に手話でそう伝えると、先生は少し考えたあと「そっか」と頷いた。
「分かった。青葉ちゃんがそんなに気になるなら、追いかける?」
「はい」
先生はたぶん、普段あまり自主的に自分の意見を主張しない私が、珍しく思い切ったことを言うので驚いたのだろう。でも、私の気持ちを汲んでくれてほっとした。
そうと決まれば、牧野さんを追いかけて、お店の外へと飛び出した。
三十代半ばぐらいの職人さんの男性が私たちにとんぼ玉づくりを教えてくれるそうだ。「牧野」と書かれた名札が付いている。
「この子、耳が聞こえないんです。大丈夫でしょうか?」
先生がすかさず気を遣って牧野さんにそう訊いてくれた。
「ああ、そうなんですね。少しだけなら手話もできるので大丈夫です。見ながらやってください」
牧野さんは滑らかな手話でほんのりと頬を綻ばせた。失礼ながら表情が乏しそうな人だと思ったが、必死に笑顔をつくろうとしていることが窺えた。
「まず、とんぼ玉のベースの色を決めましょう。なんでもいいですよ」
牧野さんに言われて赤色や青色、緑色といった色の中から、それぞれ好きな色を選んだ。私はエメラルドグリーン、先生は情熱的な赤色だ。
「次にとんぼ玉の種類も選んでもらいます。ドット玉、パウダー玉、きらきら玉、華とんぼ玉などがありますよ」
牧野さんが丁寧に仕上がりのとんぼ玉の種類を見せてくれる。どれも可愛らしくて迷ってしまう。先生も「うーん」と顎に手を当てて悩んでいる様子だった。
「私はこれにします」
華とんぼ玉が気になったので、華とんぼ玉の見本のとんぼ玉を指差した。
「いいね。私はドット柄にしまーす!」
先生が元気よく手を挙げながらとんぼ玉の種類を決める。先生の声だけは、相変わらず水の流れのように耳に心地よく響くから、安心できた。
「分かりました。それでは、早速このバーナーでガラスを温めていきますから、こちらをどうぞ」
牧野さんから手渡されたとんぼ玉芯棒の先端をエアバーナーに近づけると、くるくるとゆっくり回しながら熱で溶かす。これがかなり難しくて、緊張で汗が噴き出てきた。途中、牧野さんが「お手伝いしますね」と手話で私のサポートをしてくれる。先生は隣で「おお、溶けてる溶けてる〜」と言いながら一人楽しそうに作業をしていた。
ある程度ガラスがふにゃりと溶けたどころで、ステンレス芯に巻きつけていく。形を丸く整えた後で、華とんぼ玉になる模様の部分をつけていった。
「牧野さーん、こんな感じでいいですか?」
先生が途中で私の隣にいた牧野さんを呼んだ。だが、どういうわけか、牧野さんは先生の声が聞こえていないかのように、私のとんぼ玉の模様付けのサポートに集中している。先生が再び「牧野さん?」と彼の耳元で問いかけてきて、ようやく「ああ、すみません」と答えたのが口元の動きで分かった。
どうしたんだろう。
なんだか、本当に先生の声が聞こえていないみたいだった。
私は自分が音の聞こえない世界で生きているから、牧野さんのさっきの鈍い反応に既視感を覚えた。
「模様をつけ終わったら、こうして馴染ませてください」
その後、とんぼ玉に模様をなじませて、徐冷材の中へ棒ごととんぼ玉を入れておいた。
四十分ほどかけてゆっくりととんぼ玉を冷やすというので、先生は「少しぶらぶらしようか」と提案してきた。私が「はい」と頷くと、ちょうど牧野さんが名札を外しているところだった。
これから次のお客さんの体験をすると思っていたのだが、どうやら休憩らしい。
先生が牧野さんに「ありがとうございました」と頭を下げたのだが、考え事でもしているのか、牧野さんは無反応だった。
どうしたんだろう。
さっきもそうだった。
先生の声が聞こえないみたいに、少し遅れて反応していた。
「あの、ありがとうございました」
私が牧野さんの目の前で「ありがとう」と手話をすると、牧野さんがはっとして同じように手話で「どういたしまして」と言ってくれたが、どういうわけか、その顔は険しく歪んでいた。まるで、何かの苦痛に耐えているように。
先生は牧野さんの表情まで見ていなかったのか、「とりあえず堺町商店街を歩こうか」と提案してくれる。だが私は、休憩でお店を出て行こうとする牧野さんが気になって、先生の肩をトントンと軽く叩いた。
「牧野さんと、少し話がしたいです」
「え、なになに? とんぼ玉のことで聞きたいことでもあるの?」
先生が、今まさにお店から出ていく牧野さんの背中を見つめながら聞く。
「違います。さっき、牧野さん明らかに様子がおかしかったんです。先生の声が聞こえないみたいな反応をしていました。なんだか昔の自分を見ているようで気になって……」
私が必死に手話でそう伝えると、先生は少し考えたあと「そっか」と頷いた。
「分かった。青葉ちゃんがそんなに気になるなら、追いかける?」
「はい」
先生はたぶん、普段あまり自主的に自分の意見を主張しない私が、珍しく思い切ったことを言うので驚いたのだろう。でも、私の気持ちを汲んでくれてほっとした。
そうと決まれば、牧野さんを追いかけて、お店の外へと飛び出した。



