十八時二十二分。病院からRESIDENCE SAKAE ONEへとたどり着いた俺は、今朝エントランスに貼り出されていた『共用部のご利用に関しまして』という貼り紙がなくなっていることに気づく。
「あれ、剥がされるの早いなあ」
確か、貼り紙の日付は今日、九月十五日だったはず。
九月十五日——その数字を意識して、そういえば、と今更ながら大事なことに気づく。
「今日って俺の誕生日じゃん」
学校でも散々日付を見たはずなのに、忘れていたことに苦笑する。
沙綾のことで気になることが多くて、自分の誕生日のことなどすっかり後回しにしていた。
それに、俺は今日で六十歳だ。
この歳になると、誕生日が嬉しいという感覚はもちろんない。
朝、沙綾からも特にお祝いの言葉などなかったし、それどころかいつにも増して早く出かけて行ってしまった。沙綾も浮気相手とのことで頭がいっぱいで、忘れていたのかもな——と、自虐的なことばかり考えてしまう。
「ただいま」
いつものように、彼女は玄関まで出てくることはない。そもそも、まだ家に帰ってきていないのかもしれない——そう思いつつ、ふと視線を下に落とすと、沙綾が日頃履いているパンプスがきちんと揃えられていた。
帰ってきてはいるらしい。
ならばキッチンか、それともトイレだろうかと玄関を上がったが、その瞬間、身体に異様な空気がまとわりつくような気持ち悪さを覚えた。
「な、なんだ……?」
廊下もリビングもキッチンも、電気がついていない。
まるでこの家には誰もいないと言わんばかりに、沙綾の気配はどこにもなかった。
一度家に帰ってきて、違う靴を履いて出かけて行ったのかもしれない——そう考えるのが一番納得はいくが、今日彼女からどこかに出かけるという予定は聞かされていなかった。
「もしかして、男……か」
一番嫌な想像が頭の中で膨らんでいく。
俺は「はあ」と大きくため息を吐いて、たまには自分で食事でもつくろうと、冷蔵庫の中を漁った。たいしたものはつくれないが、冷蔵庫の中身を確認すると、ビーフシチューのルウが目についた。
「シチューなら簡単そうだな」
牛肉とじゃがいも、にんじん、たまねぎもある。
自分にもつくれそうなメニューの材料があり、安心した。誕生日なのに自炊か……というしょぼくれた感情は特にない。誕生日だろうがなんだろうが、沙綾がいない手前、自分の食糧は自分で確保するしかないのだ。
まな板と包丁を取り出してせっせと具材を切り、それらを鍋で炒めていると、ピンポーンとインターホンの音が聞こえた。
ちらりと時計に視線をやると、十九時過ぎ。
沙綾が帰ってきた?
いや、それにしてはわざわざインターホンを鳴らすのはおかしい。彼女は鍵を持っているのだから。
じゃあ誰だろうかと、モニターを見てみると、なんてことはない。宅配の配達員だった。
通話ボタンを押して「はい」と出ると、「MM宅配会社です」と配達員が声を上げた。俺はオートロックを解除して、配達員が0504室にやってくるのを待った。
「遅くなって申し訳ございません。こちらにサインをお願いします」
玄関にやってきた配達員の男性は、なぜかそう謝りながら受領のサインを求めてきた。
そんなに遅いだろうかと疑問だったが、彼に手渡された荷物には確かに「17:00~19:00」と時間指定のシールが貼られていた。
沙綾が頼んだものだということはすぐに分かった。
が、沙綾はなぜ不在にしている時間に時間指定をしたのだろう。
俺がじっと訝しげに荷物を見つめていると、配達員が「あの」と声をかけてきた。
「ああ、すみません。サインですよね」
ひとまずサインを施して荷物を受け取る。A4サイズぐらいの薄い箱で、重さもそれほどない。
「ありがとうございましたー」
俺に荷物を渡した配達員は、さっさとエレベーターのほうへと去っていった。
俺は、沙綾宛の荷物を一度ダイニングテーブルの上に置いて、キッチンへと戻る。鍋の中の具材がいい感じに煮込まれていて、火を消してルウを溶かした。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。少し温めてからお皿に盛り付けた。
「あれ、剥がされるの早いなあ」
確か、貼り紙の日付は今日、九月十五日だったはず。
九月十五日——その数字を意識して、そういえば、と今更ながら大事なことに気づく。
「今日って俺の誕生日じゃん」
学校でも散々日付を見たはずなのに、忘れていたことに苦笑する。
沙綾のことで気になることが多くて、自分の誕生日のことなどすっかり後回しにしていた。
それに、俺は今日で六十歳だ。
この歳になると、誕生日が嬉しいという感覚はもちろんない。
朝、沙綾からも特にお祝いの言葉などなかったし、それどころかいつにも増して早く出かけて行ってしまった。沙綾も浮気相手とのことで頭がいっぱいで、忘れていたのかもな——と、自虐的なことばかり考えてしまう。
「ただいま」
いつものように、彼女は玄関まで出てくることはない。そもそも、まだ家に帰ってきていないのかもしれない——そう思いつつ、ふと視線を下に落とすと、沙綾が日頃履いているパンプスがきちんと揃えられていた。
帰ってきてはいるらしい。
ならばキッチンか、それともトイレだろうかと玄関を上がったが、その瞬間、身体に異様な空気がまとわりつくような気持ち悪さを覚えた。
「な、なんだ……?」
廊下もリビングもキッチンも、電気がついていない。
まるでこの家には誰もいないと言わんばかりに、沙綾の気配はどこにもなかった。
一度家に帰ってきて、違う靴を履いて出かけて行ったのかもしれない——そう考えるのが一番納得はいくが、今日彼女からどこかに出かけるという予定は聞かされていなかった。
「もしかして、男……か」
一番嫌な想像が頭の中で膨らんでいく。
俺は「はあ」と大きくため息を吐いて、たまには自分で食事でもつくろうと、冷蔵庫の中を漁った。たいしたものはつくれないが、冷蔵庫の中身を確認すると、ビーフシチューのルウが目についた。
「シチューなら簡単そうだな」
牛肉とじゃがいも、にんじん、たまねぎもある。
自分にもつくれそうなメニューの材料があり、安心した。誕生日なのに自炊か……というしょぼくれた感情は特にない。誕生日だろうがなんだろうが、沙綾がいない手前、自分の食糧は自分で確保するしかないのだ。
まな板と包丁を取り出してせっせと具材を切り、それらを鍋で炒めていると、ピンポーンとインターホンの音が聞こえた。
ちらりと時計に視線をやると、十九時過ぎ。
沙綾が帰ってきた?
いや、それにしてはわざわざインターホンを鳴らすのはおかしい。彼女は鍵を持っているのだから。
じゃあ誰だろうかと、モニターを見てみると、なんてことはない。宅配の配達員だった。
通話ボタンを押して「はい」と出ると、「MM宅配会社です」と配達員が声を上げた。俺はオートロックを解除して、配達員が0504室にやってくるのを待った。
「遅くなって申し訳ございません。こちらにサインをお願いします」
玄関にやってきた配達員の男性は、なぜかそう謝りながら受領のサインを求めてきた。
そんなに遅いだろうかと疑問だったが、彼に手渡された荷物には確かに「17:00~19:00」と時間指定のシールが貼られていた。
沙綾が頼んだものだということはすぐに分かった。
が、沙綾はなぜ不在にしている時間に時間指定をしたのだろう。
俺がじっと訝しげに荷物を見つめていると、配達員が「あの」と声をかけてきた。
「ああ、すみません。サインですよね」
ひとまずサインを施して荷物を受け取る。A4サイズぐらいの薄い箱で、重さもそれほどない。
「ありがとうございましたー」
俺に荷物を渡した配達員は、さっさとエレベーターのほうへと去っていった。
俺は、沙綾宛の荷物を一度ダイニングテーブルの上に置いて、キッチンへと戻る。鍋の中の具材がいい感じに煮込まれていて、火を消してルウを溶かした。
香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。少し温めてからお皿に盛り付けた。



