「はい、ではこの問題を十分で解けー。よーい、始め」
ピッ、とタイマーをオンにすると、生徒たちが教科書を見ながら必死にノートにペンを走らせ始めた。
文系クラスの高校三年生の六限目の授業。微分・積分の応用問題を解かせている。受験前のこのシーズンなので、普段あまり勉強をしないような生徒も、真面目に授業を聞いてくれるようになった。
ほとんどの生徒が下を向いて問題を解いている中、一番後ろの席の一人の男子生徒が、顔を上げて俺をじっと見ていることに気づいた。
「上山、どうした。もう解けたのか?」
まだタイマーをセットして三十秒ほどしか経っていない。上山は真面目な生徒だ。普段から俺たち教師の言うことをよく聞く優等生。それにしてもすでに問題が解けているなんてことはないはずだが、もしかしたら予習でもしてきたのかもしれないと思って声をかけた。
「いや、その」
上山の顔に動揺が走る。困惑気味に揺れる声に、俺のほうが混乱した。
「どうした。腹痛や頭痛でもあるのか?」
「ち、違います」
「じゃあ問題を解け」
俺がそう命じると、上山は渋々といった様子で教科書とノートに視線を落とす。だが、シャーペンを握る手は震えていて、とてもじゃないが冷静に問題を解けるような精神状態ではないことが分かった。
見かねた俺は、ゆっくりと彼の席へと歩み寄る。それに気づいた上山が、どういうわけか「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「せ、せんせい……」
上山が震えながら俺を見上げる。まるで鬼でも来たかのような怯えように、とうとう彼の頭がおかしくなってしまったのではないかと心配になった。
周りで俺たちの会話を不思議がる生徒たちがチラチラとこちらを見ているのが分かる。が、今は上山のことが気になって、彼にこう尋ねた。
「本当に何かあったのか? 体調が悪いなら保健室に行ってもいいんだぞ」
俺の言葉に、上山がはっと目を瞠る。それから勢いよく首を横に振ったあと、「先生……」と再び俺を呼んだ。
「先生、の、顔、が」
「ん、俺の顔? 何かついてるか?」
「目も、鼻も、頬も、ただれて……」
「え?」
不可思議なセリフをポツポツと呟いたあと、どういうわけか上山はガタガタと震えながら机につっぷした。
「きゃあ!?」
「な、なに……?」
「上山くん!」
クラスメイトたちの悲鳴がそこかしこから聞こえる。俺も慌てて「上山!」と彼の耳元で名前を呼んだ。下手に揺すったりするとよくないかもしれないと思い、声をかけるだけで精一杯だった。
このままではまずいと思い、俺は迷わずポケットからスマホを取り出して「119」を押した。
「生徒が授業中に意識を失って——はい、はいそうです。すぐに来てください!」
救急車を呼ぶなんて、初めての事態だった。生徒たちの「大丈夫なの……?」という不安げな声が耳にこだまする。
俺はとにかく「冷静になれ」と自分に言い聞かせて、救急車が来るのを待つのだった。
ピッ、とタイマーをオンにすると、生徒たちが教科書を見ながら必死にノートにペンを走らせ始めた。
文系クラスの高校三年生の六限目の授業。微分・積分の応用問題を解かせている。受験前のこのシーズンなので、普段あまり勉強をしないような生徒も、真面目に授業を聞いてくれるようになった。
ほとんどの生徒が下を向いて問題を解いている中、一番後ろの席の一人の男子生徒が、顔を上げて俺をじっと見ていることに気づいた。
「上山、どうした。もう解けたのか?」
まだタイマーをセットして三十秒ほどしか経っていない。上山は真面目な生徒だ。普段から俺たち教師の言うことをよく聞く優等生。それにしてもすでに問題が解けているなんてことはないはずだが、もしかしたら予習でもしてきたのかもしれないと思って声をかけた。
「いや、その」
上山の顔に動揺が走る。困惑気味に揺れる声に、俺のほうが混乱した。
「どうした。腹痛や頭痛でもあるのか?」
「ち、違います」
「じゃあ問題を解け」
俺がそう命じると、上山は渋々といった様子で教科書とノートに視線を落とす。だが、シャーペンを握る手は震えていて、とてもじゃないが冷静に問題を解けるような精神状態ではないことが分かった。
見かねた俺は、ゆっくりと彼の席へと歩み寄る。それに気づいた上山が、どういうわけか「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
「せ、せんせい……」
上山が震えながら俺を見上げる。まるで鬼でも来たかのような怯えように、とうとう彼の頭がおかしくなってしまったのではないかと心配になった。
周りで俺たちの会話を不思議がる生徒たちがチラチラとこちらを見ているのが分かる。が、今は上山のことが気になって、彼にこう尋ねた。
「本当に何かあったのか? 体調が悪いなら保健室に行ってもいいんだぞ」
俺の言葉に、上山がはっと目を瞠る。それから勢いよく首を横に振ったあと、「先生……」と再び俺を呼んだ。
「先生、の、顔、が」
「ん、俺の顔? 何かついてるか?」
「目も、鼻も、頬も、ただれて……」
「え?」
不可思議なセリフをポツポツと呟いたあと、どういうわけか上山はガタガタと震えながら机につっぷした。
「きゃあ!?」
「な、なに……?」
「上山くん!」
クラスメイトたちの悲鳴がそこかしこから聞こえる。俺も慌てて「上山!」と彼の耳元で名前を呼んだ。下手に揺すったりするとよくないかもしれないと思い、声をかけるだけで精一杯だった。
このままではまずいと思い、俺は迷わずポケットからスマホを取り出して「119」を押した。
「生徒が授業中に意識を失って——はい、はいそうです。すぐに来てください!」
救急車を呼ぶなんて、初めての事態だった。生徒たちの「大丈夫なの……?」という不安げな声が耳にこだまする。
俺はとにかく「冷静になれ」と自分に言い聞かせて、救急車が来るのを待つのだった。



