***
翌朝、よく眠れないままアラームの音で目を覚ます。リビングからテレビの音が聞こえてくる。
重たい身体を持ち上げてリビングへと向かう。すると、今日は珍しく沙綾もゆっくりと朝食の準備をしていたので、少しだけほっとした。
「おはよう〜ご飯、食べよう」
「おはよう。今日は早く出なくていいのか」
「うん。今日は特に何もないから」
さらりとなんでもないことのように言ってのける沙綾だが、もし本当に浮気をしているのだとしたら、内心ヒヤヒヤしているのだろうか。彼女のことだから、もうすぐ六十歳になる俺なんて、簡単に騙せると思っている可能性もある。
俺は、朝ごはんのトーストとソーセージを食べながら、目の前に座る沙綾のことをじっと見つめてしまっていた。
「隼ちゃんどうしたの? そんな真剣な顔して」
「ああ。悪い。ちょっと考え事をしてて」
「考え事? 仕事のこと? 悩みでもあるの」
今日はいつになく、沙綾が饒舌だ。最近は俺の話に適当に相槌を打つばかりだったのに。もっとも、本来の彼女に戻ったと言えばそうなのだが、疑念いっぱいの俺には、すべてが怪しく見えてしまう。
「ん、まあな。それより沙綾、最近友達には会った?」
「友達って、祈里のこと?」
「そうそう。小坂さんだ」
「うん、会ったよ。お互い仕事で半休とった日に一緒に映画見に行った」
「映画か。それっていつ?」
俺の質問に、沙綾が小首を傾げる。
「いつだったかなぁ? えっと、確か一ヶ月ぐらい前だったような」
一ヶ月前というと、俺たちがこのマンションに引っ越してきた頃か。
「その時、彼女に悩み事の相談をした?」
珍しく俺がどんどん沙綾のプライベートに突っ込んだ質問をするので、沙綾が分かりやすく戸惑いの色を浮かべる。
「相談……うーん、どうだろ」
今、少しだけ彼女が考えるようなそぶりをしたのを俺は見逃さなかった。
嘘をついているな。
小坂さんに何かを相談したことは沙綾本人も覚えているはずだ。でも、それは俺には言えないことなのだ。
二人の間に、なんとなく気まずい空気が流れ始める。熱々だったはずのソーセージがどんどん冷めていく。
「それよりさ、隼ちゃんって洋菓子は苦手だったよね?」
「え、ああ、うん」
突然何の話をするのかと思いきや。なぜ、洋菓子?
話を逸らしたいという意図は分かったが、唐突すぎて逆に怪しすぎる。
「だよね。ごめん、ちょっと確認したかっただけ」
「はあ」
「ごめんごめん! いやほら、私って甘いもの好きだから、つい仕事終わりに手土産に何か買って帰ろうかなとか思うのよ。隼ちゃんの苦手なもの買って行ったら意味ないなと思って、確認」
「そうか。それは、ありがとう」
以前の俺なら、そういう沙綾の言葉を素直にありがたいと受け取っていたのだろう。
でも、心の中ではち切れんばかりに膨らんでいる疑念が、彼女の発言のすべてに裏があるのではないかと探ってしまう。
「さ、食べよ食べよ。もうお腹すいたよー」
沙綾がしなしなになりつつあるトーストにかぶりついた。サクッという音はしなくて、焼く前と変わらない食感がするそれを口に含み、「おいしい」と笑っていた。
俺は三日月型になった彼女の瞳を見つめながら、お腹の中で渦を巻く疑念を振り払おうと必死になったが、全然うまくいかなかった。
翌朝、よく眠れないままアラームの音で目を覚ます。リビングからテレビの音が聞こえてくる。
重たい身体を持ち上げてリビングへと向かう。すると、今日は珍しく沙綾もゆっくりと朝食の準備をしていたので、少しだけほっとした。
「おはよう〜ご飯、食べよう」
「おはよう。今日は早く出なくていいのか」
「うん。今日は特に何もないから」
さらりとなんでもないことのように言ってのける沙綾だが、もし本当に浮気をしているのだとしたら、内心ヒヤヒヤしているのだろうか。彼女のことだから、もうすぐ六十歳になる俺なんて、簡単に騙せると思っている可能性もある。
俺は、朝ごはんのトーストとソーセージを食べながら、目の前に座る沙綾のことをじっと見つめてしまっていた。
「隼ちゃんどうしたの? そんな真剣な顔して」
「ああ。悪い。ちょっと考え事をしてて」
「考え事? 仕事のこと? 悩みでもあるの」
今日はいつになく、沙綾が饒舌だ。最近は俺の話に適当に相槌を打つばかりだったのに。もっとも、本来の彼女に戻ったと言えばそうなのだが、疑念いっぱいの俺には、すべてが怪しく見えてしまう。
「ん、まあな。それより沙綾、最近友達には会った?」
「友達って、祈里のこと?」
「そうそう。小坂さんだ」
「うん、会ったよ。お互い仕事で半休とった日に一緒に映画見に行った」
「映画か。それっていつ?」
俺の質問に、沙綾が小首を傾げる。
「いつだったかなぁ? えっと、確か一ヶ月ぐらい前だったような」
一ヶ月前というと、俺たちがこのマンションに引っ越してきた頃か。
「その時、彼女に悩み事の相談をした?」
珍しく俺がどんどん沙綾のプライベートに突っ込んだ質問をするので、沙綾が分かりやすく戸惑いの色を浮かべる。
「相談……うーん、どうだろ」
今、少しだけ彼女が考えるようなそぶりをしたのを俺は見逃さなかった。
嘘をついているな。
小坂さんに何かを相談したことは沙綾本人も覚えているはずだ。でも、それは俺には言えないことなのだ。
二人の間に、なんとなく気まずい空気が流れ始める。熱々だったはずのソーセージがどんどん冷めていく。
「それよりさ、隼ちゃんって洋菓子は苦手だったよね?」
「え、ああ、うん」
突然何の話をするのかと思いきや。なぜ、洋菓子?
話を逸らしたいという意図は分かったが、唐突すぎて逆に怪しすぎる。
「だよね。ごめん、ちょっと確認したかっただけ」
「はあ」
「ごめんごめん! いやほら、私って甘いもの好きだから、つい仕事終わりに手土産に何か買って帰ろうかなとか思うのよ。隼ちゃんの苦手なもの買って行ったら意味ないなと思って、確認」
「そうか。それは、ありがとう」
以前の俺なら、そういう沙綾の言葉を素直にありがたいと受け取っていたのだろう。
でも、心の中ではち切れんばかりに膨らんでいる疑念が、彼女の発言のすべてに裏があるのではないかと探ってしまう。
「さ、食べよ食べよ。もうお腹すいたよー」
沙綾がしなしなになりつつあるトーストにかぶりついた。サクッという音はしなくて、焼く前と変わらない食感がするそれを口に含み、「おいしい」と笑っていた。
俺は三日月型になった彼女の瞳を見つめながら、お腹の中で渦を巻く疑念を振り払おうと必死になったが、全然うまくいかなかった。



