「ったく、本当になんなんだよ、沙綾のやつ……」
その日、夕飯を食べ終えて沙綾がお風呂に入っている間、俺は自室にこもっていた。
どういうわけか、異常にむしゃくしゃする。
いや、原因は分かっている。
俺の恐怖体験を鼻で笑うように、沙綾が軽くあしらってきたこと。
さらにその後、夕食の最中に「病院に行ったほうがいいんじゃない?」とまた笑いながら俺を揶揄った。
『眼科だけじゃなくて、脳神経内科とかも』
その一言に、ヒヤリと全身に冷水をかけられたような気持ち悪さを覚えた。
つまり沙綾は、俺の頭がおかしくなったと言いたいのだろうか。
「ありえない。おかしいのはあいつのほうだ」
沙綾のことをあいつと呼んでしまったことに、俺はハッとする。
大切な人であるはずなのに。
だけど、彼女が俺を大切だと思っていないのなら、俺だって大切にできるはずがない。
本当にどうしてしまったんだろう。やっぱり彼女の様子がおかしい。もしかして、このマンションに引っ越してきたことが原因か?
あんな不気味な人影が出るようなマンションなのだ。もしかしたら彼女もすでにアレに取り込まれて……。
妄想がどんどんおかしな方向へと進んでいることに気づいて、俺は慌てて首を横に振る。
そんなわけないじゃないか。
彼女自身が人影に取り憑かれているから、人影をなんとも思わないなんて。それはさすがに行き過ぎた想像だろう。
でも、だったらやっぱり、彼女は俺に愛想を尽かしてしまったんだろうか。
外に男がいて、俺と結婚したのはやっぱり遺産目当てで——……。
そこまで考えた時、ズキンズキンという頭痛がした。
これ以上、一人で考えたって埒が明かない。
となれば、探偵でも雇おうか。いや、探偵は高くつきそうだから、まずは彼女の知り合いに探りを入れてみるか。
俺は唾をごくりと飲み込んで、スマホを手に取りとある人物の連絡先を探すのだった。
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―沙綾の友人とのチャットのやりとり―
<9月8日>
隼也【お久しぶりです、小坂さん。お元気ですか? 妻のことでご相談したいことがあります】21:05
小坂【隼也さん、お久しぶりです。はい、元気ですよ。沙綾のことで? どうしたんでしょう】22:11
隼也【ご返信ありがとう。実は沙綾の様子が最近ちょっとおかしくて。連日俺の話をあんまり聞いてないことが多かったり、俺の真剣な話を話半分で聞いて揶揄ってきたり。前はそんなことなかったのに、変なんです】22:15
小坂【はあ。なるほど。その日の気分ではなくて?】22:26
隼也【気分……ではないと思います。朝も早くからバタバタと出かけていって。正直、浮気してるんじゃないかって疑ってるんですよ】22:30
小坂【浮気? いや、さすがに沙綾に限ってそんなことは……あ、でも】22:45
隼也【でも?】22:47
小坂【……いえ、すみません。なんでもないです】22:56
隼也【何かご存知なんですか?】22:58
小坂【いやいや! 何も知りませんよ私は。何も聞いてません】23:06
隼也【本当に何も聞いてない……? 何か知ってるんじゃないですか】23:11
小坂【知りません。すみません、他の人と勘違いして頭の中こんがらがってました。沙綾は普通にいい子です。隼也さんのことも大好きに決まってます】23:16
隼也【本当に?】23:20
隼也【何か隠してないですか】20:34
隼也【小坂さん、また何か思い出されたら連絡よろしくお願いしますね】20:45
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俺は、沙綾の友人で唯一俺も知っている小坂さんという女性とチャットをした。すぐに返信は来ないかと思ったが、意外と反応が早くて助かった。
が、彼女の不自然な発言に、俺は首を捻らせる。
「何か、知ってそうだな」
小坂さんは、沙綾の学生時代の友人だ。かなり仲が良いらしく、今でも時々沙綾の口から「祈里と遊びに行ってくる」と小坂さんの名前が出ることが多い。
だから、小坂さんが沙綾の秘密を知っていてもおかしくないと思った。
だが、どうやら俺には言えないことらしい。
そうと分かると、やっぱり浮気じゃないかと疑ってしまう。
沙綾は俺に何かを隠している。
この時のやり取りで、俺は確信するのだった。
その日、夕飯を食べ終えて沙綾がお風呂に入っている間、俺は自室にこもっていた。
どういうわけか、異常にむしゃくしゃする。
いや、原因は分かっている。
俺の恐怖体験を鼻で笑うように、沙綾が軽くあしらってきたこと。
さらにその後、夕食の最中に「病院に行ったほうがいいんじゃない?」とまた笑いながら俺を揶揄った。
『眼科だけじゃなくて、脳神経内科とかも』
その一言に、ヒヤリと全身に冷水をかけられたような気持ち悪さを覚えた。
つまり沙綾は、俺の頭がおかしくなったと言いたいのだろうか。
「ありえない。おかしいのはあいつのほうだ」
沙綾のことをあいつと呼んでしまったことに、俺はハッとする。
大切な人であるはずなのに。
だけど、彼女が俺を大切だと思っていないのなら、俺だって大切にできるはずがない。
本当にどうしてしまったんだろう。やっぱり彼女の様子がおかしい。もしかして、このマンションに引っ越してきたことが原因か?
あんな不気味な人影が出るようなマンションなのだ。もしかしたら彼女もすでにアレに取り込まれて……。
妄想がどんどんおかしな方向へと進んでいることに気づいて、俺は慌てて首を横に振る。
そんなわけないじゃないか。
彼女自身が人影に取り憑かれているから、人影をなんとも思わないなんて。それはさすがに行き過ぎた想像だろう。
でも、だったらやっぱり、彼女は俺に愛想を尽かしてしまったんだろうか。
外に男がいて、俺と結婚したのはやっぱり遺産目当てで——……。
そこまで考えた時、ズキンズキンという頭痛がした。
これ以上、一人で考えたって埒が明かない。
となれば、探偵でも雇おうか。いや、探偵は高くつきそうだから、まずは彼女の知り合いに探りを入れてみるか。
俺は唾をごくりと飲み込んで、スマホを手に取りとある人物の連絡先を探すのだった。
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―沙綾の友人とのチャットのやりとり―
<9月8日>
隼也【お久しぶりです、小坂さん。お元気ですか? 妻のことでご相談したいことがあります】21:05
小坂【隼也さん、お久しぶりです。はい、元気ですよ。沙綾のことで? どうしたんでしょう】22:11
隼也【ご返信ありがとう。実は沙綾の様子が最近ちょっとおかしくて。連日俺の話をあんまり聞いてないことが多かったり、俺の真剣な話を話半分で聞いて揶揄ってきたり。前はそんなことなかったのに、変なんです】22:15
小坂【はあ。なるほど。その日の気分ではなくて?】22:26
隼也【気分……ではないと思います。朝も早くからバタバタと出かけていって。正直、浮気してるんじゃないかって疑ってるんですよ】22:30
小坂【浮気? いや、さすがに沙綾に限ってそんなことは……あ、でも】22:45
隼也【でも?】22:47
小坂【……いえ、すみません。なんでもないです】22:56
隼也【何かご存知なんですか?】22:58
小坂【いやいや! 何も知りませんよ私は。何も聞いてません】23:06
隼也【本当に何も聞いてない……? 何か知ってるんじゃないですか】23:11
小坂【知りません。すみません、他の人と勘違いして頭の中こんがらがってました。沙綾は普通にいい子です。隼也さんのことも大好きに決まってます】23:16
隼也【本当に?】23:20
隼也【何か隠してないですか】20:34
隼也【小坂さん、また何か思い出されたら連絡よろしくお願いしますね】20:45
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俺は、沙綾の友人で唯一俺も知っている小坂さんという女性とチャットをした。すぐに返信は来ないかと思ったが、意外と反応が早くて助かった。
が、彼女の不自然な発言に、俺は首を捻らせる。
「何か、知ってそうだな」
小坂さんは、沙綾の学生時代の友人だ。かなり仲が良いらしく、今でも時々沙綾の口から「祈里と遊びに行ってくる」と小坂さんの名前が出ることが多い。
だから、小坂さんが沙綾の秘密を知っていてもおかしくないと思った。
だが、どうやら俺には言えないことらしい。
そうと分かると、やっぱり浮気じゃないかと疑ってしまう。
沙綾は俺に何かを隠している。
この時のやり取りで、俺は確信するのだった。



