その日のシフトが終わる二十二時少し前。
各階の巡回をしていた私だったが、十九階の廊下を歩いている際に気になる音を耳にした。
ずずっ、ずず、ずずずっ……
ぴたりと歩みを止める。
音というよりは人間が鼻を啜るような声に聞こえる——。
ウウゥ……
今度は嗚咽する声……?
男性が泣きながら呻いているような声に、悪寒がした。
「誰かいらっしゃるんですか?」
廊下に誰かいるのかと思い、ぐるりと廊下を見回す。だが、見渡す限り長い廊下が続いているだけで、人影はない。第一誰かいればすぐに人影が見えるはずだから、誰もいないのに人の声のような音が聞こえるのはおかしなことだった。
ウウウゥアアアウアアアウァァァウ
ぐぎゃがぎゃぎゃがぐがぎゃぎゃ
エエエェェェェェン
「な、なんだ!?」
泣き声とも唸り声ともつかない奇怪な声が一気にこだまして、心臓がドクンと跳ねた。
咄嗟に後ろを振り返るも、やっぱり誰もいない。
だが、声は確実に近づいてきている。
ちょうど、1913号室の前のことだった。
「もしかしてここから……?」
南井さんに何かあったのかと思い、思わずインターホンを鳴らす。
「南井さん、いらっしゃいますか!?」
うううおぉぉぉおっん
「いたら返事してください」
ずずず、ずずずずっ
鳴り止まない声は、大人の女性の声になったり、子どもの声になったり、男性の声になったり、さまざまに色を変えていく。
「南井さ——」
バンバンッと1913号室の玄関扉を叩いた時だ。
それまで聞こえていた不快な声が途切れ、急に静かになった。
「音が止んだ……?」
不思議に思い、辺りをきょろきょろと見回していると、突如、目の前の扉がギィィィィッと開かれる。呆気に取られながら突っ立っている私の目に映ったのは——。
水浸しになった玄関や、廊下の床。
それから、電気もつかない廊下の奥のリビングへと続くすりガラスのドア。その向こうに浮かぶ、巨大な黒い人影。
「ひっ」
喉から悲鳴が漏れた。が、どういうわけか、私は1913号室へと吸い込まれるようにして足を踏み入れてしまった。
部屋の中へと一歩進むと、自然と足がリビングの方へと動いていく。
「お、わわわ!?」
ただならぬ雰囲気に、すぐに引き返そうとしたのだが、もう遅い。
リビングの扉が一人でにガチャリと開いていく。
黒い人影は、黒いもやとしてリビングで蠢いていた。
その影から、「キヒヒヒヒ」「アハハハ」「ひいぃひいぃ」と笑い声や怯えた声のようなものが響く。大人の男女、老人、子ども。いろんな質の声が混ざっていた。
私は咄嗟に後ずさるも、震える足がいうことを聞かない。
黒いもやが私に近づいて、私をのみ込んでいく。
そこには確かに“命”の気配がした。
<第四話 了>
各階の巡回をしていた私だったが、十九階の廊下を歩いている際に気になる音を耳にした。
ずずっ、ずず、ずずずっ……
ぴたりと歩みを止める。
音というよりは人間が鼻を啜るような声に聞こえる——。
ウウゥ……
今度は嗚咽する声……?
男性が泣きながら呻いているような声に、悪寒がした。
「誰かいらっしゃるんですか?」
廊下に誰かいるのかと思い、ぐるりと廊下を見回す。だが、見渡す限り長い廊下が続いているだけで、人影はない。第一誰かいればすぐに人影が見えるはずだから、誰もいないのに人の声のような音が聞こえるのはおかしなことだった。
ウウウゥアアアウアアアウァァァウ
ぐぎゃがぎゃぎゃがぐがぎゃぎゃ
エエエェェェェェン
「な、なんだ!?」
泣き声とも唸り声ともつかない奇怪な声が一気にこだまして、心臓がドクンと跳ねた。
咄嗟に後ろを振り返るも、やっぱり誰もいない。
だが、声は確実に近づいてきている。
ちょうど、1913号室の前のことだった。
「もしかしてここから……?」
南井さんに何かあったのかと思い、思わずインターホンを鳴らす。
「南井さん、いらっしゃいますか!?」
うううおぉぉぉおっん
「いたら返事してください」
ずずず、ずずずずっ
鳴り止まない声は、大人の女性の声になったり、子どもの声になったり、男性の声になったり、さまざまに色を変えていく。
「南井さ——」
バンバンッと1913号室の玄関扉を叩いた時だ。
それまで聞こえていた不快な声が途切れ、急に静かになった。
「音が止んだ……?」
不思議に思い、辺りをきょろきょろと見回していると、突如、目の前の扉がギィィィィッと開かれる。呆気に取られながら突っ立っている私の目に映ったのは——。
水浸しになった玄関や、廊下の床。
それから、電気もつかない廊下の奥のリビングへと続くすりガラスのドア。その向こうに浮かぶ、巨大な黒い人影。
「ひっ」
喉から悲鳴が漏れた。が、どういうわけか、私は1913号室へと吸い込まれるようにして足を踏み入れてしまった。
部屋の中へと一歩進むと、自然と足がリビングの方へと動いていく。
「お、わわわ!?」
ただならぬ雰囲気に、すぐに引き返そうとしたのだが、もう遅い。
リビングの扉が一人でにガチャリと開いていく。
黒い人影は、黒いもやとしてリビングで蠢いていた。
その影から、「キヒヒヒヒ」「アハハハ」「ひいぃひいぃ」と笑い声や怯えた声のようなものが響く。大人の男女、老人、子ども。いろんな質の声が混ざっていた。
私は咄嗟に後ずさるも、震える足がいうことを聞かない。
黒いもやが私に近づいて、私をのみ込んでいく。
そこには確かに“命”の気配がした。
<第四話 了>



