生きてゐるタワーマンション

 その日の夜、栄駅徒歩五分の場所に位置するタワーマンションRESIDENCE SAKAE ONEの2013号室に住む私は、中層階行きのエレベーターに乗り込んだあと、一番上の二十階まで無心でエレベーターに乗っていた。
 最近、エレベーターに乗るとなんだか誰かに見られているような感覚になる。
 気のせいだとは分かっているけれど、ふと後ろを振り返って、鏡に自分しか映っていないことを確認しては安堵する日々だった。

「かなり疲れてるわね……」
 
 毎日八時間の労働に加え、家に帰ると家事、育児が待っている。
 夫も同じ条件で働いているはずなのに、家事をするのは私だけ。
 育児は、週三日亜衣をお風呂に入れていることぐらいか。
 おむつ替えや保育園の送迎はすべて私の仕事。勤務時間的に、私が送り迎えをするしかなかった。

 何かの気配(・・・・・)を感じるエレベーターから降りると、ほっと心臓の音が静かになる。気づかないうちに、緊張で心音が速まっていたようだ。

 あの気配はなんだったんだろう——と、いつもエレベーターに乗り降りした直後は考えるのだが、家に入ってしまえば、忙殺されてる日々の中で、忘れてしまっていた。

 忙しい。 
 時間がない。
 しんどい。

 常に頭の中にはその三拍子が揃っていて、どれも私の生活に深く根付いていまっている。 
 夫からは「そんなにしんどいならパートにすれば?」と提案をされる。本人は善意でそう言っているのだと分かるのだが、私は夫の提案をのむことができずにいた。

 名古屋の国立大学を卒業してから今まで、バリバリ働いてきた。
 同じ大学に通っていた同級生たちはまだ未婚の子が多く、それこそバリキャリ街道を突き進んでいる。Iスタグラムで見る彼女たちの休日はきらきらとしていて、きっと仕事もプライベートも充実しているのだろうな、と分かる。

 そんな友人たちの輝かしい日々を、羨ましいと思ってしまう自分がいた。
 子どもは確かに可愛い。
 でも、子どもが生まれてから確実に自分の時間は減っていた。
 趣味のランニングや映画鑑賞も、独身時代や亜衣が生まれる前までは、休日のみならず平日にも余裕でできていたのに。
 今は土日に夫に亜衣を見てもらっている二時間程度しか、自分の時間がなかった。
 
 それ自体は、仕方ないと思う。
 自分の時間と引き換えに、子どもがいる幸せを手に入れたのだから。  
 だけど、その一方でやっぱり、キャリアを極める友達への羨望がどうしてもなくならない。
 だからこそ、夫から「パートにすれば」という提案をされたとき、胸が軋んだのだ。
「フルタイムで働いている自分」を、どうしても手放したくなかった。

 しっかり働いて、育児まで完璧にこなしている芽衣、すごいよね。
 
 大学時代の友達と時々連絡を取ると、いつも決まり文句のようにそう言われる。
 お世辞だと分かっていても、その言葉を見ると、「他人に認められたい」と常々感じている私の胸のつかえはスッと取れるのだ。

 承認欲求。
 私の頭の中は、この四文字で埋め尽くされている——。