僕たちは青春を卒業しない

   ◇

 あれから五年もの月日が経った。
 矢崎くんはモデルとしてだけでなく、俳優という仕事までこなすようになっていた。
 僕はというと、そんな矢崎くんの輝かしい活躍を、ただネットで眺めるだけ。
 あの約束を忘れないように、矢崎くんからの手紙を手帳に挟んでいるものの、矢崎くんに釣り合うような力はなくて。
 その自己嫌悪だけでなく、仕事でも精神的に疲れてしまい、夢の輪郭がぼやけてしまっているような感覚だ。
 それでも、遠い過去が僕の道標となっていて、忘れることはできなかった。

 矢崎くんには届かないかもしれない。
 だだの自己満足かもしれない。
 そう思いながら、僕はネットの海に、不定期ながら、彼の絵を流し続けた。

 そんなある日、出版社から一通のDMが届いた。
 僕の絵を、小説の表紙に使いたいというものだった。
 力不足なのは重々承知している。
 それでも、一歩でも彼に近付けるような気がして、僕はその依頼を受けることにした。
 そこから何度かやり取りをしていく中で、指が止まるメッセージが届いた。

『素敵なイラストですが、モデルがいるのですか?』

 それまで、メッセージに気付いたら返信するようにしていたけど、これはすぐに返すかどうか、迷ってしまった。
 矢崎くんのことを、正直に言ってしまってもいいのだろうか。
 ……いや、こんな素人と繋がりがあることを知られてしまったら、矢崎くんのイメージが下がりかねない。
 でも、あの日々をなかったことにすることも、できそうになかった。

『はい』

 たった二文字を送るのに、僕の手は震えていた。

 それから話は進んでいき、僕の描いた絵が本屋さんに並ぶ日がやってきた。
 かつてない緊張感に、吐きそうになったが、SNSでの高評価に、少なからず救われた。
 だけど、どこか物足りない。

 ――さすが作間だよ。

 僕は、彼に認められたいんだ。
 改めてそれを実感してしまった。
 でも、どうやって?
 矢崎くんのSNSアカウントはすぐに見つけられる。
 ただ、これを僕から言っていいものなのか?
 もう少し、僕の力でなにかを成し遂げてからのほうがいいのではないか?
 だって彼は、僕の手が届かないくらいの有名人なのだから。
 そう、思っていたのに。

『久しぶり』

 僕が表紙絵を担当した小説が販売されてから半年が経ち、知らないアカウントからメッセージが届いた。
 いや、知っている。
 矢崎くんだ。
 僕を見つけてくれた。
 僕を、覚えててくれた。
 その動揺から、僕はすぐにメッセージが返せなかった。

『作間の絵、見たよ。昔より上達しててびっくりした』
『ありがとう』

 誰の褒め言葉よりも、胸に届く。
 彼の言葉は、こんなにも暖かかっただろうか。

『で、今度その小説の舞台で、俺、主役やるから』

 背筋が伸びた。
 舞台化は知っていたけど、主役が矢崎くんなんて。
 調べてみると、ほんの数分前に発表されたらしい。
 嘘じゃ、ないんだ。

『やっと、青春の続きができるな』

 矢崎くんの隣にいてもいい。
 そんなふうに言われた気がした。
 止まっていた時計の針が、動き出す音がする。

『うん!』

 僕たちの青春は、これからなんだ。