僕たちは青春を卒業しない

   ◇

 あの日の騒ぎをきっかけに、放課後、作間と過ごすことは減っていった。

 ――これ以上、矢崎くんに迷惑かけたくないんだ。

 泣きそうになりながらも笑う作間を見ていたら、わかったとしか言えなかった。
 それでも時間が経てば、噂が落ち着いて、あの空間が戻ってくるだろう、なんて考えていた俺は甘かったらしい。
 作間は夏休みが終わってからも、学校に来なくなった。
 たしかにあの噂をする人は減った。
 でも、視線が痛かった。
 身近にいる同性愛者は受け入れられない、気持ち悪い、といった目が俺にも作間にも向けられた。
 俺は周りが言う俺は虚像にすぎなくて、気にするだけ無駄だと思っているから、流していたけど、作間は違った。
 そんな目を向けられることに慣れているわけがなかった。
 俺たちが大切にしていた時間は、奪われてしまったのだと思い知った。
 二度と戻ってこないと思うと、心にひとつ、小さな穴が開いてしまったような気分だ。
 読モの仕事で俺を求められることがあっても、それが埋まることはなくて。
 俺はただ、作間に認められていたかったんだとわかってしまった。
 もう一度、あの日々を過ごせたら。
 そんな叶いそうで叶わない願いを抱いていても、俺の世界はじわじわと色を失っていった。

   ◆

 ずっと、人の目は苦手だった。
 だから、目立たないように、静かに過ごすようにしていたのに。
 矢崎くんと過ごす時間が楽しくて、矢崎くんが目立つ人だって忘れていた。
 僕と矢崎くんが付き合うなんて、ありえないのに。
 彼は、僕の絵を褒めてくれた大事な人で。
 僕のせいであることないこと言われている状況もまた、耐えられなかった。
 教室に行けなくなってから約半年、僕は保健室登校をしていた。
 学校がしんどくても、卒業はしておいたほうがいいと親に言われたからだ。
 といっても、卒業式には出席できなかったけど。
 校長室で独り卒業式ができると知ったときは少し驚いた。
 でも、この終わりも僕らしくていい。

「よく頑張りましたね」

 卒業証書を受け取るとき、校長先生は柔らかい笑みを浮かべてそう言ってくれた。
 僕は軽く頭を下げることしかできなかった。
 最後まで現実と向き合わないで逃げ続けた僕が、なにを頑張ったと言うのだろう。
 そんなひねくれたことを思いながら、校長室を出る。
 無人の校舎は、やけに居心地がいい。
 いや、懐かしいのか。
 その記憶に引っ張られるように、僕はたった三ヶ月しか過ごしていない教室に向かった。
 お祝いの雰囲気だけ残された教室は、僕の知らない場所のように感じた。
 それでも僕の席はちゃんとそこにあって、僕は存在していたんだということに安心している自分がいた。
 最後だし、と思って椅子を引く。
 そこに座って黒板を見つめれば、みんなの楽しそうな声が蘇ってくる。
 あのことがなければ、僕は賑やかな声を聞くことも好きだったんだと気付かされる。
 もっとここにいたかったな、なんて思ったときだった。
 机の中になにか入っているのを見つけた。
 折りたたまれたメモ用紙には『作間へ』と書かれている。
 僕にこんなものを残してくれる人なんていただろうか。
 疑問を抱きながら、僕はメモを開いた。

『大人になって再会したらさ
 青春の続き、しような
            ヒロ』

 それは矢崎くんからのメッセージだった。
 そう言えば、僕たちは連絡先の交換をしていないんだった。
 放課後、自然と僕たちだけが教室に残ってその日の予定を決めることがほとんどだったから。

 ――俺、最近仕事が楽しいんだよね。

 視界が滲むと同時に、矢崎くんの弾んだ声が蘇る。

 ――簡単じゃないってわかってるけど、この仕事を続けていきたいなって思い始めてさ。

 クールで落ち着いた矢崎くんも目を惹かれたけど、夢を語る矢崎くんはもっと眩しかった。
 だから、もっと見ていたいって思ったっけ。

 ――作間のおかげだよ。ありがとう。

 そう言ってくれた彼の夢を、僕は奪ってしまったんじゃないかと、気が気でなかった。
 でも、矢崎くんは僕に素敵な約束を残してくれた。
 僕たちの道が、未来でどんなふうに交わるのかなんてわからない。
 だけど、きっとこの約束があれば、僕たちは大丈夫だ。
 根拠もなく、僕はそう思った。
 窓際を見ると、澄んだ青空が広がっている。
 今日は卒業日和だったんだと、今さら気付いた。