作間が指定したのは、サッカーをしている姿だった。
なんでも、今日の体育でサッカーしていたときの様子が頭に焼き付いていて、描いてみたいんだとか。
そういうわけで、こっそりサッカー部からボールを拝借し、俺たちは校舎裏に移動した。
作間は花壇に腰を下ろし、スケッチブックを開く。
その瞬間、目の色が変わった気がした。
やっぱり作間は、才能があるタイプな気がする。
まあ、一ミリも絵のことがわからない素人がなにを言ってるんだって感じだが。
俺はリフティングをしたり、壁にボールを当ててみたりした。
作間が静かにペンを走らせるから、ボールの音がやけに響く。
こうしていると、昔を思い出して仕方ない。
小学校に上がってすぐにサッカークラブに入ってたとか。
そこで一生懸命練習してたこととか。
友達と遊ぶことよりも優先してたっけ。
おかげで、何人か遊びに誘ってくれなくなったこともあったな。
でも俺は、それだけ時間をつぎ込んだサッカーを、辞めた。
理由は単純だ。
俺に才能がなかったから。
学年が上がるにつれて、レギュラーだとかエースだとか、そういったもので実力が計られるようになって。
俺はベンチにすら入れなかった。
あんなに頑張ったのに。
親も応援してくれて、上手だって言ってくれてたのに。
なにひとつ、報われなかった。
それでも、しばらくは腐らずに努力を続けていた。
その程度のことで辞めるもんかと、何度も自分を奮い立たせた。
だけど、ある一言であっさりと心が折れた。
一学年下で、レギュラーに選ばれていた子の言葉だ。
――でもアイツ、才能ないじゃん。
それが俺に向けての言葉なのかは、今でもわからない。
偶然聞いてしまったものだから。
でも、それを聞いたとき、俺のことだと思ってしまった。
腑に落ちるところがあったし。
俺がレギュラーになれないのも、練習してもスキルが上達しないのも、全部、才能がないからなんだって。
だから俺は、好きで、楽しんでいたはずのサッカーから、逃げたんだ。
もう、これ以上やってられるかって気持ちで。
その瞬間、サッカーボールが強く壁に打ち付けられた音がした。
知らぬ間に、力が入ってしまったらしい。
少しやりすぎた。
「矢崎くん、大丈夫……?」
足元に返ってくるボールを止めると同時に、作間の声がした。
そういえば、絵のモデルをしていたんだっけ。
それを忘れてしまうくらい、過去に囚われているのか。
かっこ悪い。
「なんでもないよ。ちょっと力入れすぎたわ」
笑って誤魔化してみたものの、作間はそれを鵜呑みにしなかった。
なんで、そんなに見抜くんだよ。
作間の視線を怖いと思うと同時に、作間ならかっこ悪い俺すらも受け止めてくれるんじゃないかという考えがよぎった。
ただ、なんとなく目を見て話すのは怖くて、俺は左足でボールをすくい上げ、リフティングを始める。
「……俺が、プライドがないダサい奴だってことを思い出しただけだから」
ちょっとした沈黙も、ボールが跳ねる音があれば平気かと思ったけど、そんなことはなかった。
たった一秒がこんなにも長く感じたのは、初めてかもしれない。
「僕には、矢崎くんはかっこいい人にしか見えないけど……」
作間の答えが聞こえた途端、俺はボールを落としてしまった。
作間のほうを見ると、作間が気を使って言ったわけではないとわかった。
といっても、作間が演技をしていたら、話は別だが。
「……本気で言ってる?」
「え……うん」
きょとんとした表情。
俺は、これが偽りのものだとは思いたくなかった。
俺の知らない俺まで見つける人が、かっこいいと言ってくれた。
それは誰の言葉よりも嬉しかった。
「……そっか」
自分でも、声が弾んでいることがわかった。
きっと、無様にも口元が緩んでいることだろう。
ただ、この程度のことで浮かれてしまっていることを知られては、せっかくの高評価が下がってしまいそうで、俺は作間に背を向けた。
なんとか表情を戻そうとする中で、考えが巡った。
作間の価値観でより一層かっこいいと評されるには、どうすればいいのか。
やっぱり、自分を高めていける人だろうか。
俺にも、作間と同じようなプライドがあると示せたら、もっと認めてくれるだろうか。
そんなことを思っているうちに、チャイムが鳴った。
部活終了時間間近であることを知らせるそれを聞いた瞬間、俺は転がっているボールが借り物であることを思い出した。
「俺、これ返してくる。作間はもう帰っても大丈夫だから」
ボールを拾って、俺はグラウンドに向かって走り出そうとした。
でも、すぐに立ち止まり、振り返った。
作間はまだ、スケッチブックを片付けている。
「作間!」
俺が名前を呼ぶと、作間は顔を上げた。
なにごとかと不思議そうにしている表情は、ちょっと面白い。
「また明日!」
「……うん、またね」
作間が少し照れくさそうに言うのを聞いて、今度こそその場を離れた。
心がここまで軽いのは、いつぶりだろう。
俺は口元を綻ばせながら、青空の下を駆け抜けた。



