わざわざ写真に残すほどでもない、俺の日常。
今朝、昇降口で顔を合わせた元クラスメイトたちとなにを話したのかすら覚えていない。
毎日毎日、流行だけが移り変っていく。
昔は憧れていた高校生も、いざなってみると、その輝きを失ったように思う。
「あ! 燈路、おはよ」
教室に入ると、俺に気付いた結愛が駆け寄ってきた。
その語尾にはハートマークでもついていそうなくらい甘い声は、もう聞き慣れてしまった。
いつだってヘアメイクは手を抜かず、制服の着崩しまでしている彼女は、他人を寄せ付けないオーラを纏っている。
まるで、私はあなたたちとは住む世界が違うから、と言っているようにも感じる。
そんな結愛が俺に絡んでくる理由はただひとつ。
「昨日の雑誌見たよ! 超かっこよかった!」
読者モデルをしている俺の人脈が欲しいから。
といっても、結愛が期待するようなものは提示できていないが。
そもそも、暇つぶしになるかもしれないと思って始めた仕事だ。
人脈なんて広げていない。
だけど、真実と本心を言えば、面倒なことになってしまう。
「ありがと」
だから俺は、作り笑いでその場を凌ぐ癖を身につけてしまった。
モデル仕事のおかげで、それが結愛に気付かれたことはない。
こういうときばかりは、モデルをしておいてよかったと思う。
俺の返しを聞いて、結愛は満足そうに笑っている。
なにがそんなに嬉しいんだか。
俺を褒めたところで、撮影現場に呼んだりはしないのに。
まだ期待を捨てていないのか。
それはそれで面倒だな。
ついため息をつきたくなるのを堪えつつ、俺は窓際の一番後ろという、最高の主人公席に向かった。
結愛は、当然のように俺について来て、俺の前の席に座る。
そこは結愛の席ではないが、毎日のように陣取るせいで、持ち主はSHRが始まるまで席を外していることがほとんどだ。
「燈路、まだストーリーにオフショ上げてないよね? はやく見たいな」
結愛の上目遣いは、可愛いと評されるものだと思う。
女子からはあざといと疎まれているけど。
「あー……ちょっと待って」
できるだけ結愛の機嫌を損ねないように。
それが、平凡な日々を過ごすための唯一のマイルール。
カバンを下ろしてから席に着くと、俺は結愛が気に入りそうな写真を探す。
しかし昨日の雑誌に掲載されていた写真はいつごろ撮影したものだったのか、思い出せない。
探しているうちに判明してくれればいいが。
「……うわ、またこっち見てる」
ふと、結愛の怪訝そうな声が聞こえてきた。
スマホから視線を上げると、結愛が廊下のほうを睨んでいるのがわかった。
その視線の先には、懸命になにかを書いている男子生徒がひとりいる。
名前はたしか、作間絢人。
同じクラスになって二ヶ月近く経つけど、作間が誰かと話しているところを見たことがない。
たぶん、独りが好きなタイプ。
関わったことがない俺がそう判断したくなるくらい、作間は背筋を伸ばしてそこにいた。
そんな作間が、こっちを見ていたとは、少し信じられない。
騒がしくて気になった、とかならありえるだろうけど。
結愛に視線を戻すと、作間の悪口でも言いたそうな空気を感じた。
そこに便乗してしまえば、いいことなんてひとつもない。
だから俺は、なにも気付かなかったふりをして、写真探しに戻った。
きっとアイツとは、一言も話さずに卒業するんだろう、なんて思いながら。



