私立愛求学園物語 ~ぶっとび校長先生と僕の溺愛スクールデイズ~


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夕方五時になりました。ろくに部活をしていない帰宅部のよいこは、さっさとお家に帰りましょう
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 僕の神経を逆なでする相変わらず変な校内アナウンスだなと思いつつも、いく分今日はそれが心地いい。なぜなら、誰にも邪魔されずに図書室で計画通りに勉強できたからだ。予備校の週末の模試が楽しみだ。

ファサッ……ズシン。

 校舎に沿って歩いていたが、その時、僕は一体なにが起きたか、わからなかった。
 なにかヒラヒラしたものが覆いかぶさり、僕の視界は完全に塞がれた。
 ……と思う間もなく、肩の上に重さと柔らかさを感じた。

 視界を確保しようと、慌ててそのヒラヒラしたものから頭を出そうとしたら。
「コラ! スカートめくるな!」
 と頭上から声がした。
「えっ⁉」
 声の主は、そのヒラヒラの一部から僕の視界が確保できるようにずらしてくれた。

 冷静に状況を整理・把握しよう。
 多分、ボクの肩の上に舞い降りてきたのは、校長先生だ。絵的にはどう説明したらいいだろうか。
 先生を肩車し、セミロングくらいのグレーのスカートに中に僕はいて、顔だけを外に出している。その証拠に、ストッキング越しとはいえ、やわらかな太ももの感触。

 それを味わうまでもなく……いや、違う違う!
「さあ、このまま学校から脱出……ランナウェイ!」
「ちょっ、ちょっと待ってください! いったいこれはどういうことですか?」
「いいから、このまま校門に向かってダッシュ!」
「だって、先生、それじゃ外歩けないですよ⁉」
 スッとした右足のふくらはぎの下を見ると、大人の女性には不似合いな、クマのスリッパを履いた小さな足が見えた。左足はなにも履いていない。着地の時に脱げ落ちたのか。

「君がこのまま連れてってくれたら、全然なんも、ノープロブレム!」
「……先生、まさか校長室から飛び降りできたんですか?」
 校長室は、この校舎の二階にある。ちょうど彼女を肩車したあたりの真上だ。
「そうよ。完璧な着地だったでしょ」
「窓から生徒の上にランディングする校長先生が、いったいどこにいるんですか⁉ 下手したら脊髄損傷ですよ!」
「ちょっと、事情があってね」
「事情もなにも……とにかく靴に履き替えましょう」
 僕は先生を肩に乗せたまま職員用の玄関に向かった。
「それはやめてちょうだい、このまま帰るのよ」
「ダメです! 校長先生を肩車して下校する生徒なんて、誰が見てもヤバすぎです」
「あら榊原君、随分体面にこだわるのね」
「……体面もなにも、常識的に考えてください」
「常識にとらわれてばかりいると、ろくな大人になれないわよ」
 僕は無視する。
「こら、だめだってば!」
 このままでは埒が明かないので、無理やり職員用玄関に飛び込んだ。

「おっと!」
 暗い玄関を入ると、大柄な男性と鉢合わせになった。校長先生を肩車したままで。
 確かこの人は……ウチの学校の理事長だ。入学式やなんかの公式行事で挨拶しているのを何度か見たことがある……校長先生は、理事長の姪っこさんだったはずだ。

「ほら、言わんこっちゃない」
 先生はしぶしぶ僕の肩から降りてくると、ロッカーを開け、片方のスリッパを脱ぎいでパンプスに履き替えた。

 理事長は呆然と立ち尽くしたまま、僕の顔を凝視している。この人は教師ではないけど、お咎めの言葉をもらうのは間違いない。

「た、隆行(たかゆき)……どうしてここに」
 理事長が発した言葉は、予想を裏切った。

「……違うわよ、叔父さん。その子はココの生徒。榊原君……残念だけど」
 校長先生は下を向いて、ぽそりとそう言った。今まで聞いたことがないようなか細い声で。

 理事長さんは僕から視線を離さず、器用に先生と会話を始める。
「遥(はるか)、どうして逃げおった? せっかく夕食に誘ってやったのに」
「急用ができたのよ」
「この生徒……榊原君に肩車してもらうのが急用か?」
「違うわ、彼に送ってもらうところ」
「そんな常識はずれな!」
 常識にとらわれてばかりいると、ろくな大人になれないらしいですと突っ込みたかったが、そういう言う場面ではないようだ。

「いいから来なさい。店も予約してあるんだ……積もる話もある」
「わかったわ。」
 観念したようにそう返事すると、先生は僕に向き直った。
「ねえ、榊原君、君もいっしょに来て」
「え⁉」
 今度は理事長に顔を向ける。
「ねえ、いいでしょ、叔父さん」
「……う、うむ。私は構わんが」

 僕は慌てて言った。
「いやいや、遠慮しておきます。積もるお話もあるとのことですし、お邪魔になりますし……」
「まあ、よかろう。一緒に来てくれ。私からも頼む」
 幽霊でも見ているような表情のまま、理事長が僕に頼んだ。

 というわけで、今日は夕ご飯はいらないとスマホで家に連絡を入れ、理事長さんが運転するベンツの後部座席に乗っている。隣に座っている校長先生は、窓に頭をもたせかけ、さっきから黙ったままだ。

「あの、先生、ひとつ聞いていいですか?」
 僕はためらいつつも、小声で彼女に声をかける。
「なにかしら?」
「さっき、理事長さんとバッタリ会った時、僕を見て『タカユキ』とおっしゃったようですが、タカユキさんって、どなたですか?」

 彼女はゆっくり僕の方に顔を向け、小さな声でつぶやいた。
「理事長の長男」
「なんで僕のことを?」
「そっくりなの、君……昔の隆行従兄さんに」
 それだけ言うと、先生は視線を前に戻し、再び黙ってしまった。

 その後、この街で一番高級だと評判の中国料理店(もちろん僕は未だかつて利用したことがない)の個室で夕食をごちそうになった。フカヒレの姿煮やらなんやら、見たことも食べたこともない料理が次々と出てきたが、正直味がわからなかった。だって、自分が通う学校の理事長と校長先生と三人だけで食事をすれば、誰だってそうだろう。
 もっぱら僕は、料理をいただきながら、お二人の会話を聞いているだけだったが『積もる話』といいながらも、学校評価会議がどうとか教育委員会がどうとか、わけのわからない話ばかりだった。その間も理事長さんはジロジロと僕の顔を見ている。
 その後、どこに住んでいるとか、理系クラスにいるのとか少しだけ僕のことを聞かれ、答えた。飛び入り参加者がいたので、理事長さんは話題を変えたのかも知れない。

 苦行のような食事会が終わり、理事長さんは、僕を家の近くまで送ってくれた。
「今日はごちそうさまでした……お邪魔しました」といって後部のドアを閉めかけると、
「待って、私もここで降りるわ」
 開いているドアからずりずりと校長先生が這い出てきた。

 ドアを閉める間際、理事長から校長先生に声がかかった。
「遥(はるか)。いいか、わかっておるだろうが、榊原君はお前の学校の生徒の一人だ。誤解を生まんようにな」
「わかってるわよ」
 そう返事をして彼女は思い切りバタンをドアを閉めた。高級車は低く静かなエンジン音を鳴らし、その音とともに遠ざかっていった。

「榊原君、今日は悪かったね」
「いえ、ごちそうになりました」
「じゃあ、明日また学校でね」
「はい、お気をつけて」

 踵を返し、歩き出した先生の背中は少し淋しそうだった。
 僕は声をかける。
「あの、先生!」
「?」不思議そうな顔をして彼女は振り返った。

「……先生が僕にチョッカイ…じゃなくて、気にかけてくださるのは、僕がその、タカユキさんにそっくりだからですか?」

 彼女はニッコリと微笑み、
「おやすみなさい」
 そう言って、再び歩き始め、暗闇の中に消えっていった。