この家のベランダは洗濯物を干すスペースしかない。そこに無理やり座椅子を二つ並べ、メモリーと二人で座っている。洗濯係を買って出ている彼女は、なぜかこの場所を気に入ったみたいで、ゴールデンウィーク前のある日、「ひなたぼっこせえへん?」と言って一階から椅子を持ち込んだ。暑くもなく寒くもなく、さらりとした風が私の髪を揺らす。
「おおきに」
そう言ってメモリーは読んでいたB 5 サイズのノートを閉じ、私に差しだした。私の中の四人が賛成してくれたので、交換日記を彼女に読んでもらっていたところだ。
「でも、よかったんやろか? これアイの……やない、五人の交換日記やろ? 部外者が読んだりしても」
「うん、一緒に暮らすなら、どんな子たちが私の中にいるか知っておいて欲しかったの」
「それやったらええけど……でもさ、筆跡も言い回しも、みんな違(ちご)うてて、ホンマに色んなキャラの子が一緒におるんやなあと実感したわ」
私はうなずいた。
「こうやって日記を書いてみて、ほんとそう思う。今までお互いに『入れ替わってた』から、この子たちの存在、おぼろげにしかわかってなかったからね」
私が経験してきたことは、人にはあまり話したくないと思ってきたけど、なぜかメモリーにだけはスッと打ち明けることができたし、五人の交換日記を見せることにも全然抵抗がなかった。それができて、つくづくよかったと思っている。
メモリーは風に向かって鼻を突き出すように空を見上げている。釣られて私も顔を上げる。初夏を感じさせるちぎれ雲が南から北へゆっくりと流れていた。
「あのな、アイの中の子たちが、いつ、どうやって生まれてきたか、もう少し聞いてもええかな? あ、もし嫌やったら別にええねんけど……興味本位みたいなもんやし」
「……うん、別にいいよ。といってもね、自分でもよく覚えてないこともあるんだ。時々みんなと入れ替わってるしね」
「そうかあ、ほかの子が出てきている時は寝ているみたいなもんなやろうか?」
「そうね。それにね、私たちがバラバラになる前のことも断片的にしか覚えてないの」
「そうなん?」
「うん。みんなで過去の記憶も分け合っているのかも知れない……あ、ちょっと待ってね」
ベランダから廊下に戻り、階段を下りて冷蔵庫からお~いお茶の五百ミリリットルのペットボトルを抱えて戻る。空気が乾いているせいか、めずらしく話し込んでいるからか、のどが渇く。一本をメモリーに渡した。
再び座椅子に座り、ひと口だけお茶を飲んで話を続ける。
「私ね、前にも言ったけど、小一の時、事故で両親を亡くし、この家に来て祖父母と一緒に暮らし始めた。そのときは、なんでお母さんとお父さんがいなくなったのか訳もわからず、始めはずっと泣いてたらしいけど、転校したクラスの女の子たちが仲良くしてくれてね。それで少し元気になったみたい」
「そら大変やったなぁ、元気になった言うても、やっぱり悲しかったんとちゃう?」
私は自分の胸のあたりに手を当てた。
「……うん、この辺りをなんかさみしくモヤンとしたものが動いてて。そのうちそれが、私から脱け出そうとし始めた」
「まさか、この四人?」
メモリーは、私の脇に置いてある日記を指さす。
「最初は、二人だけ」
「二人?」
「そう……まず、カナとサユ」
「なんでその二人なんやろ?」
私の足りないところを真っ先にカバーしてくれたからだ。
「そうね、カナは言ってみれば『ごめんなさい』担当」
「ゴメンナサイ?」
「……こんなことがあった。小二のとき、運動会のクラス対抗リレーで、私、転んじゃって、うちのクラスがビリになった。友だちは『いいよいいよ、仕方ないよ』と言ってくれた。でもみんなの顔を見ると、すごく悔しそうだし、恨んでにらまれているようにも感じた……そして記憶が飛んだの。どうやらその時初めてカナが出てきてくれたみたい」
「どないしてそれが分かったん?」
メモリーは飲もうとしていたペットボトルを中空に静止させて尋ねる。
「あとでクラスの子から聞いたの。私、わんわん泣いて『ごめんなさい、ごめんなさい』って繰り返してたんだって……私にはそんなことはできない。『アイちゃん、あんなに泣いて謝らなくてもいいのに』って慰められた」
「でも、名前とかはどうやって知ったん?」
「夢の中で会った」
「おぅ?」
「顔は自分にそっくりで、背は小さいけど、白く光る髪が風に揺れてて、ちょっと大人っぽい子。その子が『ウチは香奈っていうの』って名乗った」
再び風が吹き、私の髪を揺らした。
「で、もう一人がサユ……この子は『なんだとコノヤロー!』係」
自分で言っていて可笑しくなった。
「なんやそれ?」
「やっぱり小二の秋ぐらい。クラスのみんなが登校したら、教室の後ろに貼ってあった絵が何枚か破れてたの。そして朝のホームルームで『先生、ぼく、アイちゃんが破くの見たよ』ってクラスの男の子、タカ君に告げ口された」
「アイがほんまにやったん?」
「ううん、濡れ衣よ」
「そらひどいわ」
「だからその男の子に『なんでそんなウソつくの?』て聞いたら、『だっておれ、昨日の帰り見たもん。うまい絵を見て悔しかったんじゃねーの?』って言うのよ」
「そ、それでどうなったん?」
「悔しくて震えていたのを今でも覚えている。でも、そのあとのことはわからない。放課後、気がつくと、ケイばーば――祖母のことだけど――が担任の高桑先生に呼ばれて、私は一緒に話を聞いていた」
「先生はなんて?」
「かっとなってタカ君と取っ組みあって押し倒し、壁に貼ってあった絵を何枚もビリビリって破いたんだって。教室の後ろの壁を振り返ると、確かに画用紙が十枚くらい、セロテープで修繕されてた……そしてそれを見て、また記憶が飛んだ」
「それ、みんな『サユ』の仕業やの?」
「ビリビリ破ったのはサユ。後に出てきた子はカナみたい。わんわん泣きながら『ごめんなさいごめんなさい』と先生に謝ったって祖母から聞いた」
「……サユも夢に出てきたん?」
「少し経ってからね。赤い髪してた」
その事件の翌日、担任の先生の勧めもあり、祖母は私を地元の都立病院に連れて行った。最初は小児科で診察を受け、児童精神科に担当が変わった。
親子で事故に巻き込まれ、両親を失ってしまった経緯を祖母から聞き、医師は強いストレスが原因で私の中に別の人格が生まれているのだろうと診断した。今でもこの病院に紹介してもらったメンタルクリニックで診察とカウンセリングを受けている。
「その後はどうなったん?」
そう言ってメモリーは、グビっとお茶を飲んだ。
「うん、なんか私にトラブルが起きると『サユが騒いでカナが謝る』っていうパターンを何度もあった。多分みんなにすごく迷惑をかけてたと思う。でも、担任の先生や祖母がかばってくれたから、なんとか六年まで無事に過ごせた」
私はペットボトルをノートの脇に置き、膝を抱える。
「中学・高校と上に行くほど、だんだんしんどくなっていったな。ケイばーばが塾に連れてってくれて中高一貫の女子高に入れたんだけど……制服のセーラー服、可愛いかったよ」
私が入学したのは、都電に乗って二駅隣りにある『三ノ谷学園』という女子校。祖父母は、同性だけで学力もそんなに差がなく、やんちゃな子がいなさそうな学校に行けば、クラスメイトとのトラブルも少なくて済むのではないかと考えてくれた。
「それでもやっぱ、人間関係が大変やった?」
「最初はそうでもなかったけど……私のコロコロと変わる態度とか、ひどいモノ忘れやワケわかんない発言とかで、ドン引きとまではいかないけど、進んで話しかけててくれる子は段々減っていった……そして、新しく二人のキャラが生まれた」
「それがタクとナツっちゅうことか……タクはこないだ銭湯でアイと交代した子やな?」
「うん……三ノ谷学園はね、女子でもスラックスが制服として認められてるんだけど、ある日私、授業中に居眠りして目を覚ましたら、スラックスはいてた……朝はスカートで学校に行ったのに」
「えっ、どういうこと?」
「多分だけど、タクはいつのまにか祖母に頼んでスラックスを注文しておいて、私が居眠りしたすきにトイレで着替えちゃったみたい」
「あの子、自分のこと男や思うてはるんやったな……でも、なんでやろ?」
その辺の話をするのは少し気恥ずかしい。
「……多分だけど、それって私自身の問題なんじゃないかなって思う。私がこんなだから、女子ばっかりの集団生活が恐くなっていたし、それともう一つ……」
「もう一つ?」
「……身近にいないから、よけいに気になっちゃたの」
「身近にいない? 誰やろ?」
「だから男の子よ……もう、恥ずかしいじゃない」
「ああ、思春期ってやつね」
「なに人ごとみたいに言ってんのよ! あなただって……ああそうか、メモリーの場合は……」
「うんうんわかった、この話はここまでにしとこ」
ほっぺたが熱い。ペットボトルを頬に当ててみた。
「多分だけど、私の男の子へ好奇心が憧れが元となって、タクという人格を創り上げたんじゃないかな」
「じゃあ、タクは、アイにとって男の子の理想像ということやろか……」
「そうでもないような気がする。自分の中にいる子たちに好きとか嫌いとか、そんなに強い感情は持てない」
「そういうもんなんやな……ほんで、四人目がナツやな?」
「うん。でも、ナツがいつ生まれたのか、よくわからないの」
「なんでやろ?」
「彼女が私と入れ替わっても、まわりの人、あまり気にならかったみたい」
「アイとキャラが似てるから、気づかれなかったんかな?」
「ナツ自身もそう言うから、そうなのかも知れない」」
メールの履歴を思い出した。スマホ画面でGmailのアプリをタップし、メモリーに見せた。
「私、友だち少ないからLINEもメールもあまり使わないんだけどね」
…………
アイへ。
これは迷惑メールとかじゃないよ、ホントだよ。
あたいの名前は、ナツ。
ときどき君の代わりに出て、学校に行ったりもしてるんだけどね、特に問題なく代役できてるんじゃないかな。クラスの友だちもフツーに話しかけてくれるし。ひょっとしたらアイも気づいてないかと思ってメールしてみたんだ。
何か困ったことあったら、君の力になれればいいな。
またメールするから、これからもよろしく!
…………
メモリーはスマホ画面から視線を私に戻した。
「自分(ナツ)から自分(アイ)にメールするなんて、よう考えたなぁ」
「そうね……それからこの子も夢に出てきて、ナツだって名乗った。髪と私と同じくらいの長さだけど、色は薄ピンク色……ニコニコしてたけど、ちょっぴりさみしそうにも見えた」
「聞いてると君たち――アイも含めて――カラフルな髪色やな」
「メモリーだって人のこと言えないんじゃない?」
「……それは置いといて、こうやって五人揃ったわけやね。やっぱ大変なんやろ?」
「そうだね。カウンセラーの人は『じっくりと腰を据えて、あせることなく、ひとつの人格に統合化していくことを目指しましょう』って繰り返すんだけど、統合化ってどういうことなのか、いまいちよくわからない」
「ほんで高校に上がったわけや」
高校の話か。
私は立ち上がり、ベランダの手すりによりかかる。ギシッと少し危なっかしい音をたてた。
「……うん、高一のときが一番つらかった」
「あ、そうやったら無理に話さんでもええで」
「……じゃあ、かいつまんで」
メモリーも立って私に並んだ。手すりに寄りかかるのは遠慮してくれた。
「一つは、祖母が重度の認知症になったの。前からそんな気配はあったけどね……一緒にスーパーに買い物行ったときなんか、まだ家に大きいのが二本もあるのに、また大根を買おうとしたり。そのうちだんだんひどくなってトイレに一人で行けなくなったり、いつの間にか家から抜け出したり。祖父が地域包括支援センターに相談したら、要介護レベル四とかで、すぐに駒込の介護施設に入れてもらった」
あんなに優しくて、私のことをしっかりと支えてくれたケイばーばの様子が急に変わってしまった頃から、私たちの『入れ替わり』が頻繁に起きるようになったと思う。
「祖父と二人暮らしになったら、なんだかギクシャクしちゃって。私の中に複数の人格がいるって、それがどうもよくわからなかったみたい」
「もう一つはね……クラスでイジメに巻きこまれた」
そう声を出すのがしんどかった。
「え、進学校でもイジメってあるんや」
「表だってそうは見えないんだけどね……入試を意識したクラス編成になって、みんなカリカリし始めてストレスとか感じてたのかも」
「それでひどい目にあったんやな?」
「……静かなイジメ」
「?」
「二学期の期末試験の最中に、クラスであまり目立たない、ユウちゃんっていう子がイケニエにされた。英語の試験のときに英字が書かれた下敷きをうっかり机の上に出しっぱなしにして、先生に注意されたの。そしたら次の日の朝、首謀者の一人、ユキが、LINEに書いたんだ。
“なんかさ、昨日の英語のテストでカンニングがあったみたい。本人はしらばっくれてるみたいだけど、どうなのかね? 普通クラスのみんなに謝るでしょ”って。
それをもう一人の首謀者、リサがあおって……で、みんな釣られて書きこむの。そうしないと次は自分がやられるんじゃないかって。それが恐くて」
「……でも、なんでアイが巻きこまれたん?」
「ユウちゃんはスマホの書き込みを見たあと、しばらく黙ってたけど、試験が始まる前にカバンを持って教室から出ていっちゃって……私は思わず席を立って、ちょっとひどいじゃない!って首謀者二人に怒鳴ったの」
「勇気あるなぁ」
「でも、そこまで。そのあとのことは覚えてない」
「……ということは」
「そう。私は逃げて、サユが出てきた」
口の中が渇くたびに緑茶を補給しながら、それから先のことをメモリーに話した。
意識が戻った時、私は職員室の応接セットに座っていた。隣りには、クニじい。
担任の先生と教頭先生が困り顔で祖父に説明している。
先生方と祖父のやりとりを聞いてわかったことは、私は最初にLINEに書き込んだユキにつめ寄り、『こんなひでえ弱いもんいじめするんじゃねーよ!』と怒鳴ったとのこと。ユキはニヤニヤ笑いながら私(紗友)に何か答えて、その言葉にカッとなり、ユキを押し倒して胸ぐらをつかんで暴言を吐いた、ということらしかった。
騒動を聞いて駆けつけた先生が私たち引き離し、なぜか私だけが職員室に連れてこられ事情聴取を受けた。連絡を受けて邦雄が飛んできた。
話が終わって職員室を出るとき、祖父は先生方に、『女房と私で面倒をみてたんですけど、早いうちに両親を亡くしてしまったもんで……やっぱり親がいないと駄目ですね。こんな風にしか育てられなくて申し訳ありませんでした』お詫びした。その言葉が信じられなかった。私の意識はまた飛んだ。
その日の夕方。家の居間のソファで再び意識が戻った。
家の中には誰もいない。
ローテーブルの上に、ノートの切れ端が置いてあり、そこにはこう書かれていた。
…………
アイへ
あのあとオレは、お前さんが言いたかったことをじいさんに言ってやった。じいさんは怒ってオレに突っかかってきたけど、足を滑らせて転んで骨折したらしい。担任の石原先生が救急車を呼んだ。
入院しているのは、巣鴨の桑原整形外科だ。
先生からは、明日は自宅で待機していてくれと命令されている。
すまない、ごめん。
サユ
…………
翌日。
石原先生は電話口で、私に一週間、家でゆっくり心を落ち着けるようにと告げた。直接言わなかったけど、自宅謹慎だ。
LINEのグループチャットを恐るおそる見ると、ザマアミロ!、暴言暴力女など、フキダシオンパレード。祭りのように大はしゃぎだ。
それからもう、学校には行けなくなった。
祖父は手術を終え、リハビリ病院に転院した後、家に戻ってきたけど、運悪く家の中でも転倒してしまい、大腿骨を骨折して歩くのが難しくなり、ケイばーばと同じ介護施設に入った。
ここまで話し目を閉じていると、メモリーが私の肩を軽くポンポンと叩いた。
「イジメられた子をかばったら、次のターゲットにされる……それ、イジメ、アルアルや。ほんま辛かったなあ」
「ありがとう、メモリー」
私は彼女の肩にコツンと頭をぶつけたあと、床の上の交換日記を拾い、ページをめくった。
最後のページには薄い紙が畳んで貼られている。
「これも読んでくれる?」
紙を広げながら、メモリーに手渡す。
「……これ、日めくりの紙やないの?」
「そう、うちの居間に大きい日めくりがかかってるでしょ? 私それを毎日一枚ずつ破ってる……その裏紙に自分の思いを書いた。そしたら謹慎中にみんな返事してくれた」
…………
今年はバタバタしてたから、母さんと父さんの命日にお墓参りできなかった。だからホントは外出禁止だけど、今日行ってきた。
これで私は一人ぼっちになった。
それは、だれのせいでもない。自業自得。
どこにも行けない。行くところがない。
アイ
…………
一人? ホントにそうかな?
ウチらがいることを忘れないで。
カナ
…………
こんなぼくたちだけどね。
タク
…………
うん、行こうと思えば、どこにでも行ける。
ナツ
…………
だって私たち、みんなバラバラじゃない!
みんなでどっか行くなんて無理。
そうだ、母さんと父さんのところなら行けるかも。
アイ
…………
こら、アイ。その結論はナシだ。
サユ
…………
バラバラだって、どこかにたどり着けるよ。
あたいたちのこと、もっと頼ってくれないかな?
アイは一人だけど、独りぼっちじゃないから。
ナツ
…………
ほんとにみんな、力を貸してくれる?
まず、何をやればいいの?
アイ
…………
まず、自分のこと、もっと認めてみない?
そして、ウチたちも。
おたがい認めあう。
そこからだと思うの。
カナ
…………
そう、そして、昔のギャグマンガみたいに。
「これでいいのだ」ってつぶやくんだ。
ナツ
…………
これで、いいのかな?
アイ
…………
いいと思う。
そして、新しい居場所を見つけようよ。
できれば女子高以外で。
タク
…………
オレは落ち着いたら、クラスの連中にリベンジしてくる。
サユ
…………
オイオイ、それはいらんって(笑)
それよっか、この伝言ゲーム? いいね!
これからみんなでやってみない?
ちゃんとしたノートとかで。
ナツ
…………
薄い裏紙にびっしりと書かれた五人のメッセージを読み終えると、メモリーはその紙を丁寧にノートに畳み込んで私に返した。それを抱きかかえ、つぶやく。
「……日めくりの紙が、私たち五人の交換日記の原型。これがあったから、今の状況を受け容れようと思えた。もうちょっとだけ、生きるのをがんばろうと思えた……みんなが消えちゃわないように」
「ほんまに大切な宝物なんやね」
「うん。だから、次に進めて……こうやってメモリーとも出会えたんだ」
さっきよりも少し涼しい風が吹く。
メモリーが私の肩を抱いて風よけになってくれた。
私は四人に背中を押され、行動を起こした。
まず手始めに、百ページのツバメノートを買った。これを使って五人で交換日記をつける。自分が、いや五人で生き残るために。
そして、自分の中のみんなに向けてメッセージを書き綴った。
同時に、付近の通信制高校をいくつか見てまわる。
結局自分の家に一番近い学校に決めた。池袋駅の東側にある『あすか台学園』という高校で、自分のペースに合わせて好きなときに授業を受けられることに魅力を感じた。遠巻きに小さなキャンパスに出入りする生徒たちを眺めてみて、ぱっと見だけではアテにならないものの、まあ大丈夫そうかなと思い、そこに通うことに決めた。
転校手続き・転入手続きの書類作成は、施設にいる祖父の元に通い、手伝ってもらった。
「電話台の引き出しに藍の通帳と印鑑とカードがあるから、授業料の引き落としや、必要なものがあっったらそれを使いなさい。パスワードは――」
自分名義の銀行口座があることを初めて知った。父と母の保険金や賠償金が入っているという。
後で通帳を開いて確かめると、びっくりするほどの預金額が印字されていた。一銭も引き出されていない。
「それから、何か困ったことがあったら、高崎の孝(たかし)に連絡をとりな。オレも家に戻れるかどうかわからん。もしもの時は奴にすべて任すつもりだ」
孝さんはクニじいの弟さんだそうだ。連絡先が書かれたメモを手渡されたけど、祖父は孝さんの所で世話になれとは言わなかった。
私に一人でもたくましく生きて欲しいと思ったからなのか、それともこんな私を預けたら孝さんに迷惑がかかると思ったのか、今でもわからない。多分両方なんだろうなと私は考えている。



