都電に揺られている。
右にお母さん、左にお父さんにはさまれて。
大好きな電車に乗って、これから大好きなケイばーばとクニじいのところに遊びに行くんだ。
朝早く家を出たはずなのに、外の景色はなんだか夕方みたい。
ふっと両腕が、寒くなった。
あれ? お母さんもお父さんもいない。
「どこに行ったの?」
そう叫び、あたいは自分の声で目を醒ました。
お母さん、お父さん。
ねえ! 夢の中でも、あたいの前からいなくならないで。
〇
「おはよう、朝ご飯できてるよ!」
元気な声とともに藍の部屋のドアがゴンゴンゴンと激しくノックされた。メモリーは朝が早いらしく、朝ご飯当番を買って出てくれている。彼女が早朝に出かけるときでも簡単ながらご飯系、パン系どちらかの朝食を作り置いてくれる。
彼女がトーストとハムエッグ、ちぎったレタスを卓上の皿に盛りつけ、ティーバッグの紅茶を淹(い)れていると、トントントンと階段を下りてくる足音が聞こえ、目をこすりながらスエット姿の女の子が現れた。
そして。
そこに居る編み込みヘアーの子をまじまじと見つめる。
その立ち姿を見て、メモリーは何となく違和感を覚えた。
「アイ、なんや顔色悪うないか? 恐い夢でも見たん? ……いや、ひょっとしてあんたアイやのうて、別のキャラの人?」
「ああ、君がメモリーか。こないだノート見たら書いてあった」
「そうなん? お初にお目に……君は?」
「ああごめん、あたいはね、ナツ。よろしくね」
「よろしゅう……朝ご飯食べる? それとも具合悪いん?」
「え? ああ、ちょっとやな夢見ちゃってね。でも、もう大丈夫。朝ご飯、お言葉に甘えていただきます」
二人は椅子に座り、メモリーはティーカップを菜津の前に置いた。
お互いをちょろちょろと見合いながらフォークで皿をつつく。
「タクも君に会ったみたいだね。顔を合わせたのは、アイとタクとアタイで三人目かな?」
「ええっと、おとといだったかな、サユさんと会うたわ」
「え! ひょっとして君、アイを怒らせたの?」
「いやいやそんなことせえへん! アイと学校から帰るときに都電の中でお喋りしてたら、乗客の人に『うるさい』って怒られて、アイがむかついて……サユさんが出てきはった」
「あはは、そうかあ。アイもずいぶん短気になっちゃったなあ……で、サユはどんなだった?」
菜津は目玉焼きが載ったハムを頬ばりながら聞く。
「『小声で喋ってんだからあんたに文句言われる筋合いはないっ!』って凄(すご)んではった」
「らしいなあ。びっくりした?」
「うん、ちょっとビビったけれど、家まで一緒に話しながら帰ったら、そんなに怖くなかってん……多分あの子、アイのことが心配なんやろね」
「そうそう。だから君がアイのそばに居てくれて助かるよ」
「そう? そんな風に言うてくれるん? ほんま嬉しいわ」
菜津は食事を済ませるとごちそうさまと手を合わせ、食器を洗ったあと身仕度(みじたく)を始めた。
菜津(藍)の部屋をドアの隙間からメモリーが覗(のぞ)き、コンコンとノックする。
「ナツさんも学校いかはるの?」
「うん、行ってみようかな……それからナツでいいよ」
そう言いながら、授業の予定表とにらめっこし、準備する。
「ほなら、三十分くらい早く出られるやろか?」
「え? うん、まだ時間あるから大丈夫だけど?」
二人は連れだって家を出た。
いつも通りに大塚駅まで歩き、都電に乗って二駅目の雑司ヶ谷で降りる。真っ直ぐ学校まで歩いてもそれほど時間は変わらないが、メモリーは都電に揺られるのがお気に入りになっていた。
車両の揺れに合わせて、彼女の体もリズミカルに揺れる。菜津もまねて揺れる。二人は顔を見合わせ、笑った。
都電を降りるとメモリーが菜津を先導する。目的地のあすか台学園の建物が現れたが、それを通り過ぎ、芝生の公園に向かう。
「ここで初めてアイとボクと会うたんや。その時は桜がいっぱい咲いてたんやけど……今は葉っぱだらけやな」
母娘連れが芝生で遊び、お年寄りがベンチでくつろいで談笑している。
メモリーはピンクのショルダーバッグをベンチに置き、スマホとピンクのワイヤレス・スピーカーを取り出し、椅子の上に並べた。菜津はこれから何が始まるのかと不思議そうに眺めている。
「ナツもいっちょやってみん?」
そう言いながら、ストレッチを始める。菜津もなんとなくその動作をまねる。
「あ、ダンスのおねえちゃん、きたー!」
芝生で遊んでいた三、四歳くらいの子供たちがメモリーの姿を見つけ、口々に叫びながら走り寄ってくる。
「い、いったいナニが起きるのかな?」
「いいからいいから、ボクのマネゴトしとったらええんやから。アイだって一緒にやってるんやで」
そう言いながら、彼女はスマホにYouTubeの画面を出し、タップした。
スピーカーから音楽が流れる。
メモリーは少し脚を開いて立ち、ダンス音楽に合わせて、かかとでリズムをとる。ちびっ子たちがそれをまねる。菜津もリュックをベンチに置いて動きを合わせた。
ダンサーの卵は、囲まれた子供たちに笑いかけながら、軽く手を打ち鳴らす。
かかとでとっていたリズムが、ひざや腰、肩、胸までに広がる。子供たちも夢中でそれにつられていく。
英語の歌が始まる。メモリーも一緒に口ずさむ。
手を胸の前でクロスさせると、一定のリズムで頭を前後に移動させ、次いで左右に、そして視線は前を向いたまま、ぐるりと頭を肩の上で回転。
菜津もマネする。藍も何度かやっているとのことなので体が覚えているんだろうか、なんとなくうまくいった。
次いで肩。両手をだらりと降ろすと、左右交互に上げ下げし、次いで前回し、後ろ回しとリズミカルに動かす。
今度は上体。
手を腰に当て、胸のあたりをやはり左右に動かし、視線を前に保ったまま腰の上で胸をぐるりと回す。
次は腰。
手を腰にあててまま、前後に移動させる。左右交互に上下に上げ下げさせる。そしてぐるりぐるりと回す。これ、結構難しい。ちびっ子たちは笑いながら大げさに体を動かすので全身が動いてしまっている。
少し離れたところで見ていたお年寄りも立ち上がり、体を動かす。メモリーから『無理に動かしちゃいかんでー!』と声が飛び、おばあちゃんたちが『動かそうにも動かないわ』と笑って返す。
かかとを上げ、ガニマタ気味に膝を曲げ回し、そのままウチマタになるまで回す。これもなかなか難しい。
ここまで一セット、なんとか『ダンスの先生』についていったが、授業前の運動にしては、けっこうきつい。
菜津はここでリタイアしたが、メモリーは続ける。周りから手拍子が打ち鳴らされる。体のパーツパーツは柔軟に動き、流れる動作とトメのメリハリ。菜津の目は、メモリーの一挙手一投足にクギづけになった。
アイソレーションが終わると周りから拍手が起き、メモリーもみんなに大げさな拍手でお返しをする。
少し汗ばんで彼女はベンチに座り、ボルヴィックのボトルに口につけた。
菜津も隣りに座り、緑茶のキャップを開ける。
「すご! かっこいいね」
「おおきに。でも、アイにも言ったけど、アイソいうて、ただの準備体操やで。体のパーツごとに分けて動かす練習。最初イヤホンで一人でやってたんやけど、チビたちがマネし始めたんで、スピーカーに変えてみたんやわ。どんなもんやろ?」
「うんうん、みんな楽しそう。青空ダンス教室だね! それからさ、バラバラの練習してるんだろうけど、それがバラバラになってなくて、カッコイイ」
「ほー、君はアイとはちょっと違(ちご)うたこと言わはるな」
「え? アイは何て?」
「カラダ全体でまとまりがあった方がいいんじゃないかって言うてたわ」
「うーんそうか。アイは一つにまとまりたい……か」
「ん、どうしたん?」
「いや独り言……ところで、今かけてた音楽、何ていう曲?」
「お、そこ聞いてくれるん! "Rather Be" いうてね、Clean Banditって人とJess Glynneって人がコラボした曲やわ。」
「うんうん、チョーかっこいい。メモリーの『アイソ?』とぴったり。だんだん動きが激しくなっていくとこか、ピタッと止まるとことか。それから君、英語の発音いいんだね!」
「ほんま嬉しいけど照れるわ。一応踊りながら、耳コピで歌ったりラップ入れたりするからね。でも英語の成績はダメダメやわ……この曲、お気に入りでね、オーディションの前なんかもこれ聴いて集中しとるんよ。かっこよく言えば、勝負曲やね」
もうすぐ授業が始まる時間だ。メモリーはスピーカーをしまったバッグを肩にかけながら菜津に話し続ける。
「ナツとは今日初めて会うたんやけど、何ていうか、アイとキャラが似てるっちゅうか、なんや自然に話せてしまうわ」
「そうなんだよね。それ、前にも誰かから言われたけど。でもアイはね、自分は陰キャで、あたいのこと陽キャって言うんだ。全然そんなことない……変わんないと思うのに。だから何であたいが生まれたのかもよくわかんないんだよね」
「なんで生まれたかなんて……ボクなんかややこしいこと言うてしもたやろか? ごめんやで、気にせんといてな」
「いやいや全然」
『バイバイ、またやろうよ』『おぅ! わかった』と子どもたちとの別れのあいさつを交わし、二人は公園を後にした。
この後、午後まで授業を受け、菜津は家に帰り、メモリーはそのままダンスのレッスンに向かった。
…………
2025年4月22日(火)午後10時 ナツ
ちょっと怖い夢見て朝起きたら、アタイが表に出てた。メモリーが朝ご飯作ってくれたから一緒に食べて、学校に一緒に行ったよ。授業の前に近くの公園で「アイソレーション」とかいうのやってるんだね。あの子はウォーミングアップだって言うけど、けっこうムズい。アイが踊ってるの、見てみたい(笑)。
で、思ったんだけどアイソレーションってあたいたちみたい。
何でかって?
アタマ、カタ、ムネ、コシ、ヒザ――あれ? なんか、肩こりとか痛み止めの薬みたいだね――5つのパーツが別々に自由に動けるように練習する。
そしたら、カラダ全体が自由に動く。カッコよく踊れる。
え、どこがあたいたちみたいだって?
ちょっとうまく言えないけど、何かこんな感じでバラバラでいいんじゃないかって。それでも、一心?同体。みんなそれぞれキャラが立っててさ……まあ、あたいは大したキャラじゃないけど。
今日、学校に行ってメモリーとも話せてよかったよ。あの子にこのノート見せてもいいんじゃないかなって思う。あたいたちのことをわかってくれそうだし。
それじゃ、また
菜津
あ、追伸!
それから、"Rather Be"ってYouTobeにブクマしといたから聴いてみて。そう、メモリが踊ってた曲。
この音楽はさ、だいたいこういうことを伝えてるんだよ。
「キミと一緒にいられるんなら、そこが最高の場所なんだ」って。
…………
右にお母さん、左にお父さんにはさまれて。
大好きな電車に乗って、これから大好きなケイばーばとクニじいのところに遊びに行くんだ。
朝早く家を出たはずなのに、外の景色はなんだか夕方みたい。
ふっと両腕が、寒くなった。
あれ? お母さんもお父さんもいない。
「どこに行ったの?」
そう叫び、あたいは自分の声で目を醒ました。
お母さん、お父さん。
ねえ! 夢の中でも、あたいの前からいなくならないで。
〇
「おはよう、朝ご飯できてるよ!」
元気な声とともに藍の部屋のドアがゴンゴンゴンと激しくノックされた。メモリーは朝が早いらしく、朝ご飯当番を買って出てくれている。彼女が早朝に出かけるときでも簡単ながらご飯系、パン系どちらかの朝食を作り置いてくれる。
彼女がトーストとハムエッグ、ちぎったレタスを卓上の皿に盛りつけ、ティーバッグの紅茶を淹(い)れていると、トントントンと階段を下りてくる足音が聞こえ、目をこすりながらスエット姿の女の子が現れた。
そして。
そこに居る編み込みヘアーの子をまじまじと見つめる。
その立ち姿を見て、メモリーは何となく違和感を覚えた。
「アイ、なんや顔色悪うないか? 恐い夢でも見たん? ……いや、ひょっとしてあんたアイやのうて、別のキャラの人?」
「ああ、君がメモリーか。こないだノート見たら書いてあった」
「そうなん? お初にお目に……君は?」
「ああごめん、あたいはね、ナツ。よろしくね」
「よろしゅう……朝ご飯食べる? それとも具合悪いん?」
「え? ああ、ちょっとやな夢見ちゃってね。でも、もう大丈夫。朝ご飯、お言葉に甘えていただきます」
二人は椅子に座り、メモリーはティーカップを菜津の前に置いた。
お互いをちょろちょろと見合いながらフォークで皿をつつく。
「タクも君に会ったみたいだね。顔を合わせたのは、アイとタクとアタイで三人目かな?」
「ええっと、おとといだったかな、サユさんと会うたわ」
「え! ひょっとして君、アイを怒らせたの?」
「いやいやそんなことせえへん! アイと学校から帰るときに都電の中でお喋りしてたら、乗客の人に『うるさい』って怒られて、アイがむかついて……サユさんが出てきはった」
「あはは、そうかあ。アイもずいぶん短気になっちゃったなあ……で、サユはどんなだった?」
菜津は目玉焼きが載ったハムを頬ばりながら聞く。
「『小声で喋ってんだからあんたに文句言われる筋合いはないっ!』って凄(すご)んではった」
「らしいなあ。びっくりした?」
「うん、ちょっとビビったけれど、家まで一緒に話しながら帰ったら、そんなに怖くなかってん……多分あの子、アイのことが心配なんやろね」
「そうそう。だから君がアイのそばに居てくれて助かるよ」
「そう? そんな風に言うてくれるん? ほんま嬉しいわ」
菜津は食事を済ませるとごちそうさまと手を合わせ、食器を洗ったあと身仕度(みじたく)を始めた。
菜津(藍)の部屋をドアの隙間からメモリーが覗(のぞ)き、コンコンとノックする。
「ナツさんも学校いかはるの?」
「うん、行ってみようかな……それからナツでいいよ」
そう言いながら、授業の予定表とにらめっこし、準備する。
「ほなら、三十分くらい早く出られるやろか?」
「え? うん、まだ時間あるから大丈夫だけど?」
二人は連れだって家を出た。
いつも通りに大塚駅まで歩き、都電に乗って二駅目の雑司ヶ谷で降りる。真っ直ぐ学校まで歩いてもそれほど時間は変わらないが、メモリーは都電に揺られるのがお気に入りになっていた。
車両の揺れに合わせて、彼女の体もリズミカルに揺れる。菜津もまねて揺れる。二人は顔を見合わせ、笑った。
都電を降りるとメモリーが菜津を先導する。目的地のあすか台学園の建物が現れたが、それを通り過ぎ、芝生の公園に向かう。
「ここで初めてアイとボクと会うたんや。その時は桜がいっぱい咲いてたんやけど……今は葉っぱだらけやな」
母娘連れが芝生で遊び、お年寄りがベンチでくつろいで談笑している。
メモリーはピンクのショルダーバッグをベンチに置き、スマホとピンクのワイヤレス・スピーカーを取り出し、椅子の上に並べた。菜津はこれから何が始まるのかと不思議そうに眺めている。
「ナツもいっちょやってみん?」
そう言いながら、ストレッチを始める。菜津もなんとなくその動作をまねる。
「あ、ダンスのおねえちゃん、きたー!」
芝生で遊んでいた三、四歳くらいの子供たちがメモリーの姿を見つけ、口々に叫びながら走り寄ってくる。
「い、いったいナニが起きるのかな?」
「いいからいいから、ボクのマネゴトしとったらええんやから。アイだって一緒にやってるんやで」
そう言いながら、彼女はスマホにYouTubeの画面を出し、タップした。
スピーカーから音楽が流れる。
メモリーは少し脚を開いて立ち、ダンス音楽に合わせて、かかとでリズムをとる。ちびっ子たちがそれをまねる。菜津もリュックをベンチに置いて動きを合わせた。
ダンサーの卵は、囲まれた子供たちに笑いかけながら、軽く手を打ち鳴らす。
かかとでとっていたリズムが、ひざや腰、肩、胸までに広がる。子供たちも夢中でそれにつられていく。
英語の歌が始まる。メモリーも一緒に口ずさむ。
手を胸の前でクロスさせると、一定のリズムで頭を前後に移動させ、次いで左右に、そして視線は前を向いたまま、ぐるりと頭を肩の上で回転。
菜津もマネする。藍も何度かやっているとのことなので体が覚えているんだろうか、なんとなくうまくいった。
次いで肩。両手をだらりと降ろすと、左右交互に上げ下げし、次いで前回し、後ろ回しとリズミカルに動かす。
今度は上体。
手を腰に当て、胸のあたりをやはり左右に動かし、視線を前に保ったまま腰の上で胸をぐるりと回す。
次は腰。
手を腰にあててまま、前後に移動させる。左右交互に上下に上げ下げさせる。そしてぐるりぐるりと回す。これ、結構難しい。ちびっ子たちは笑いながら大げさに体を動かすので全身が動いてしまっている。
少し離れたところで見ていたお年寄りも立ち上がり、体を動かす。メモリーから『無理に動かしちゃいかんでー!』と声が飛び、おばあちゃんたちが『動かそうにも動かないわ』と笑って返す。
かかとを上げ、ガニマタ気味に膝を曲げ回し、そのままウチマタになるまで回す。これもなかなか難しい。
ここまで一セット、なんとか『ダンスの先生』についていったが、授業前の運動にしては、けっこうきつい。
菜津はここでリタイアしたが、メモリーは続ける。周りから手拍子が打ち鳴らされる。体のパーツパーツは柔軟に動き、流れる動作とトメのメリハリ。菜津の目は、メモリーの一挙手一投足にクギづけになった。
アイソレーションが終わると周りから拍手が起き、メモリーもみんなに大げさな拍手でお返しをする。
少し汗ばんで彼女はベンチに座り、ボルヴィックのボトルに口につけた。
菜津も隣りに座り、緑茶のキャップを開ける。
「すご! かっこいいね」
「おおきに。でも、アイにも言ったけど、アイソいうて、ただの準備体操やで。体のパーツごとに分けて動かす練習。最初イヤホンで一人でやってたんやけど、チビたちがマネし始めたんで、スピーカーに変えてみたんやわ。どんなもんやろ?」
「うんうん、みんな楽しそう。青空ダンス教室だね! それからさ、バラバラの練習してるんだろうけど、それがバラバラになってなくて、カッコイイ」
「ほー、君はアイとはちょっと違(ちご)うたこと言わはるな」
「え? アイは何て?」
「カラダ全体でまとまりがあった方がいいんじゃないかって言うてたわ」
「うーんそうか。アイは一つにまとまりたい……か」
「ん、どうしたん?」
「いや独り言……ところで、今かけてた音楽、何ていう曲?」
「お、そこ聞いてくれるん! "Rather Be" いうてね、Clean Banditって人とJess Glynneって人がコラボした曲やわ。」
「うんうん、チョーかっこいい。メモリーの『アイソ?』とぴったり。だんだん動きが激しくなっていくとこか、ピタッと止まるとことか。それから君、英語の発音いいんだね!」
「ほんま嬉しいけど照れるわ。一応踊りながら、耳コピで歌ったりラップ入れたりするからね。でも英語の成績はダメダメやわ……この曲、お気に入りでね、オーディションの前なんかもこれ聴いて集中しとるんよ。かっこよく言えば、勝負曲やね」
もうすぐ授業が始まる時間だ。メモリーはスピーカーをしまったバッグを肩にかけながら菜津に話し続ける。
「ナツとは今日初めて会うたんやけど、何ていうか、アイとキャラが似てるっちゅうか、なんや自然に話せてしまうわ」
「そうなんだよね。それ、前にも誰かから言われたけど。でもアイはね、自分は陰キャで、あたいのこと陽キャって言うんだ。全然そんなことない……変わんないと思うのに。だから何であたいが生まれたのかもよくわかんないんだよね」
「なんで生まれたかなんて……ボクなんかややこしいこと言うてしもたやろか? ごめんやで、気にせんといてな」
「いやいや全然」
『バイバイ、またやろうよ』『おぅ! わかった』と子どもたちとの別れのあいさつを交わし、二人は公園を後にした。
この後、午後まで授業を受け、菜津は家に帰り、メモリーはそのままダンスのレッスンに向かった。
…………
2025年4月22日(火)午後10時 ナツ
ちょっと怖い夢見て朝起きたら、アタイが表に出てた。メモリーが朝ご飯作ってくれたから一緒に食べて、学校に一緒に行ったよ。授業の前に近くの公園で「アイソレーション」とかいうのやってるんだね。あの子はウォーミングアップだって言うけど、けっこうムズい。アイが踊ってるの、見てみたい(笑)。
で、思ったんだけどアイソレーションってあたいたちみたい。
何でかって?
アタマ、カタ、ムネ、コシ、ヒザ――あれ? なんか、肩こりとか痛み止めの薬みたいだね――5つのパーツが別々に自由に動けるように練習する。
そしたら、カラダ全体が自由に動く。カッコよく踊れる。
え、どこがあたいたちみたいだって?
ちょっとうまく言えないけど、何かこんな感じでバラバラでいいんじゃないかって。それでも、一心?同体。みんなそれぞれキャラが立っててさ……まあ、あたいは大したキャラじゃないけど。
今日、学校に行ってメモリーとも話せてよかったよ。あの子にこのノート見せてもいいんじゃないかなって思う。あたいたちのことをわかってくれそうだし。
それじゃ、また
菜津
あ、追伸!
それから、"Rather Be"ってYouTobeにブクマしといたから聴いてみて。そう、メモリが踊ってた曲。
この音楽はさ、だいたいこういうことを伝えてるんだよ。
「キミと一緒にいられるんなら、そこが最高の場所なんだ」って。
…………



