~一人だけど、独りじゃない。~ 五彩の交換日記


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  読んで!
  書いて!

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 とにかく目立てばいい。
 そう思った割にはずいぶん地味だ。このネズミ色のノート自体も、私が紺のサインペンで描いたノートのタイトルも。
 まあいいか。とにかく学習机の真ん中に置けば、みんな気づいてくれるはず。

 ツバメノート社製の分厚いノートの表紙をギュッと折りながらめくり、薄いグレーのヨコケイが並ぶ最初のページを広げた。
 B5版で、ページ数は百ページ。大塚駅前の本屋兼文具店の売り場にあるもので、一番ページ数が多いノートを選んだ。いつまで続けられるかわからないけど、途中でページが足りなくなってそのままウヤムヤにしたくはない。

 1.0ミリの太めのボールペンで最初の一文字を書く。いつもそうだけど、まっさらのノートに書き始めるとき、少し緊張するし、慎重にもなる。  
 でもたいてい、書き始めて三ページ目ぐらいになると、字は雑に、ノートの扱いも乱暴になる……お菓子の食べかすやソースのシミなんかもつけたりして。

 でも、
 脱・三日坊主、
 脱・三ページ坊主。

 それが私、いや私たち五人の、最低限の目標。


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2026年3月22日(日)20時 

天気は曇り。少し寒かった。体調はまあまあかな。

 まずお礼。
 このノートを開いてくれて、ありがとう!

 あ、これ、だれに読んで欲しいかというと、あなたたち、私の中にいる四人です。

 ごめん、あいさつ忘れてた。藤崎 藍(ふじさき あい)です。
 髪は浅葱(あさぎ)色だけど、名前は藍。
 もっとも、みんなだって「表」に出てきたら、藤崎 藍だけどね。

 今、誰が読んでくれてるのかわからないけど、ぜひみんなに伝えたくってペンをとりました。最初はちょっと長くなるけど、おしまいまで読んで欲しいな。なるべく読みやすい字で書くから。

 まず、なんでこんなの書いてるか? っていうところからよね。

 これは、私たち五人の『交換日記』です。
 覚えてるかな? 去年の暮れに私たち、日めくりの裏紙でメッセージをやりとりしたでしょ? ナツがね、これいいね、続けてやってたいなって書いてくれてたじゃない? だからノートを買って始めてみることにしました。


 交換日記、知ってる?
 ググってみたけど、昭和の昔はね、中高生のカップルが会えないときに、その日にあったことなんかを相手に伝えたくて書くのが流行ってたみたい。平成になると、女の子どうしで日記を交換したり、仲好しグループで順番に回して書いたり読んだりしてたらしいよ。好きなアイドルのこととか、恋バナとか、悩みごととか。

 そうそう、なんでこんなこと始めたか? だったね。

 これから私たちだけで、生き抜いていくため。
 それには、みんなの考えや身の回りで起きたことを共有しておくこと必要なんだ。お互いにね。
 わかってると思うけど、私、いや私たちはみんな「藤崎 藍」という体の中にいて、かわりばんこに「表」に出てくる。でも、出てきている子以外は、その間何が起きてるのかわからないよね。小中学生のころは、先生もフォローしてくれたし、ケイばーばもクニじいも守ってくれてたから、なんとかなったけど、高校に入ると、そうもいかなくなってきたじゃない?
 あ、この話の流れで、大事なこと伝えておくね。

 今まで通っていた三ノ谷(さんのたに)高をやめました。四月から、池袋の通信制高校に通う手続きを済ませたばかり。今度行く学校は、好きなときに教室に行って好きな授業受けて、あとは家で通信講座をやればOK。さすがに毎日学校に通うのは、気持ち的にもきついかなと思って。ほかに必須のスクーリングと体育とかはあるけどね。
 地図とか時間割とか教材とか、緑の大きな封筒に入れてブックエンドに立ててあります。もし、朝起きたときに自分が表に出ていて、気が向いたら行ってみて。一応、通信高の先生には「私たちのこと」は話してあるから大丈夫だと思う。生活相談の先生は、女の人でよく話を聞いてくれる。でも、調子が悪いときは、ほんと無理しないで。
 私服でOKだよ。この学校、「選べる、なんちゃって制服」っていうのがあるけど、別に買わなくてもいいよね?

 勝手に三ノ谷高をやめて、別の学校に行くことにしちゃって、ごめんなさい。でも、今の私たちのことを考えると、これが一番いいかなって思う。

 学校をやめたこと、それから祖父母が施設に入ったこと、「ぜんぶ自分のせいだ」って責任を感じてる子がいるかもだけど、そうじゃないから。なんにも悪くないよ。だって、私のためにしてくれたことなんだし。だから、ありがとうって言っておきます。

 長くなっちゃったけど、もうちょっとだけ。
 この日記のことで、お願いしたいことを書いとくね。

 自分が表に出たときは、ちょっとでもいいから、その間の出来事や伝えたいことを書いておいてね。あと、書いた子の名前と日付と天気と「そのときの気分」も。メンタルクリニックの斉藤先生の話だと、天気が心や体にすごく関係するので、その時にどんなことをしたら調子がよくなったかとか、記録をとっておくと自分でいろいろ対策しやすいんだって。
 それから「今どき交換日記? スマホのチャットとかでいいんじゃない?」と思うかもだけど、どうやらね、私たちの中にスマホをほとんどいじらない子がいるのよね。
 でも、このノートなら誰でも気軽に書けるでしょ? パラパラめくってすぐに読めるし。
 だからご協力、よろしくお願いします!

 あと、お願いをもう一つ。
 私たちの間にプライバシーというものがあるのかわからないけど、隠し事はしないでほしい。今までの経験からいって、いつかどこかでわかっちゃうことだし、わかったときには取り返しのつかないことになっているかもだし。だからね、お願い。

 この交換日記の記入者第一号、アイからは以上です。
 最後に、一人ひとりに一言ずつ。名前も書いておく。これで漢字、合っていると思うけど、もし違ってたら、ヨコ線引いて直しといてね。

 香奈(カナ)へ

 夢の中で見たあなたの髪型は、輝く白のセミロング。
 いつも、逃げてしまう私のことをかばってくれて、代わりに矢オモテに立ってくれてありがとう。でも、あなたの方がまいっちゃわないか心配。だから無茶はしないでね。

 紗友(サユ)へ

 髪型は、映える赤のウルフカット。
 私に勇気がないばっかりに、いつも損な役ばかりやらせちゃってごめんなさい。

 拓(タク)へ

 あなたは淡い黄色のベリーショート。
 タクにとっては女の子の中にいるのはしんどいと思う。でも残念だけど、今の私にしてあげられることがない。
 せめて、このノートにいろいろ吐き出して。

 菜津(ナツ)

 髪は桜色のセミロングかな。
 ごめん、実はナツからメールもらうまで、あなたのこと気づかなかった。いつの間にか、そばにいてくれてフォローしてくれて。ほんと助かっています。

 みんな、これからもよろしくお願いね。
                    
 藤崎 藍より
…………

 ペン立てには、ボールペンのほかに、七色のサインペン、シャーペン、赤と黒のマッキーを加えて、みんなが好きな筆記用具を選んで書けるようにした。
 三月の夜更けはスエットでも寒い。書き終えたノートを机の真ん中に置き、布団に潜る。
 体が縮こまる。
 部屋の大きさに不釣り合いなサイズのベッドが、一人で寝る寒々しさを余計に強く感じさせる。掛け布団や毛布を自分の体温で暖めるのにも時間がかかった。でも、このベッドは、祖父母が私を引き取ってくれた時にワガママを言ってここに運びこんでもらった……母さんと一緒に寝ていたベッドだから。

 かわりばんこで日記をつけるのじゃなくて、本当はみんな一緒に話をしたい。私の中の四人と。この子たちの顔を想像していたら、いつもの眠りのパターンに引きずり込まれていく。最初は私があれこれ考えていたけど、だんだん誰かの考えと混濁する。そして、自分の体の中にある「巣穴」に入ったとたん、意識が途切れる……
 〇

 これって、オレの夢……予知夢ってやつ? それとも現実か?

 転校してとっくに出て行ったはずの教室で、オレは二人の女子生徒をかわりばんこにニラんでいる。残念だけど、LINEイジメの主犯の奴らだ。

「え! アイ? なんであんたここにいんのよ。もう転校したんじゃないの?」
「ああ、その通りだ。だけどオレが転校した通信高はな、今日は登校日じゃない……それからオレは、アイじゃない、サユだ」
「はあ? わけわかんない……で、なにしに来たのよ?」
「お前ら二人に用はない……なにを言っても救いようがないアホだからな。ただ、クラスのみんなに忠告しに来ただけだ」
 オレは、自分とイジメの首謀者二人を囲んでいる女子生徒をぐるりと見回す。
「みんな聞いてくれ。ハブにされるのが怖いからコイツらの言いなりになってんだろうが、お前らも立派な共犯者だ。いつかしっぺ返しを食らうからな。それがイヤならこの二人の言いなりなんかになるな。それでもいいって言うんなら、そんときは目一杯苦しめ!」
 教室のドアをバンと閉めて出ていくオレ。

 〇

 オレンジ色の常夜灯が天井にぼんやりと光っている。
 夢だったのか。
 アイが学校やめるとかなんとか言ってたから、変な夢を見ちまった。
 と思いつつオレ、なんかドキドキ、ゾクゾクしてる。
 からだを起こし、部屋の中を見回すと。薄明りのなか、机の上になんか見慣れないノートがあるのに気づいた。手を伸ばしてページをめくる。
 蛍光灯をつけて一通り読んでみた。アイからのメッセージだ。オレは学習机の椅子に座り、黒のマジックを握った。

 〇

 暗くて狭い場所から、ザーっという風のようなノイズと一緒に、意識の表に浮き上がってきた。カーテンの切れ目から朝日が差している。たいていそうだけど、今朝の目覚めも私だった。
 気になって机の上を見る。ノートの位置がずれていた。表紙に大きく黒マジックの文字が書き加えられている!

『5色のツバメのダイアリー』

 よく見るとサインペンでカラフルなイラストも描き添えられている。

 夜中、誰かが私と入れ替わった? その自覚は無かった。
 ノートを手に取ってもう一度ベッドに潜る。自分で書いたページの先に、跡が残るくらい筆圧強く、シャーペンで文字が書き込まれていた。

…………
3月23日(月) 夜2時ごろ。 サユより

 なんか目が覚めた。わりとスカッとするユメを見たが、気分はイマイチだな。

 アイが知ってるかわかんないけどオレ、時々夜中に目が覚めてこっちに出ている。ねむい。だからコレ書いたらまたねる。朝はまたアイに戻ってるはずだ。

 交換日記か。ミョーなこと始めたな。
 せっかくだから、表紙に日記の名前つけて書いといた。ツバメノートの日記だから、「5色のツバメのダイアリー」。ベタか? でも、もう書いちゃったからな。オレたち髪の色、みんなちがうみたいだから、5色でツバメのイラストつけた。カラフルだろ?……ちょっとカラスっぽいか。
 ツバメはあちこち飛んで渡って、毎年同じ場所に帰ってくるっていうからさ。なんかオレたちっぽいし。ああオレ、真夜中にこんなもん書くから、ちょっとハズいこと言ってるな。

 で、アイ。
 やっぱ高校やめたんだな。

 悪かった。
 オレのせいじゃない、悪くないって書いてくれたけど、やっぱ、どう考えてもオレのせいだわ。
 オレ、アイが傷つけられるのを感じたら、理性が吹き飛んじまうんだ。
 すまない。みんなにもあやまる。

 また書く。
 じゃあな。
…………


 私の次に日記をつけたのは、紗友だ。

 実は『スマホを使わない子』とは彼女だったので、最初に書いてくれてホッとした。嬉しかった。
 このあと、香奈、拓、菜津も続いてくれたらなあと願う。