バイトを終え、私は待ち合わせの浅草・雷門に向かった。巨大な赤い提灯の下で二人は既に待っていた。
「めぐみさん、タカシさん。今日はつきあってくれてありがとう」
「ああ、それはいいけど……なんで浅草?」タカシさんから、当然の質問だ。
「うん、あとで話すから、ちょっと歩きませんか? 『トホホの会なんだし』」
「ええ、いいけど……」とめぐみさん。
「あ、それからタカシさん、ウォークマン持ってきてくれた? お気に入りのカセットと、あとヘッドフォン二つ」
「ああ、言われた通りに持ってきたけど」
「じゃあ、ヘッドフォンをめぐみさんに渡してくれる?」
「え?」
「で、タカシさんお勧めの曲を二人で一緒に聴いてみて……歩きながらね」
「え! それは恥ずかしいよ」
「お願い!」
私は彼の目の前でバシッと手を合わせ頼んだ。
「しょうがないなあ。めぐみちゃんはいいの?」
「うん、いいけど」
めぐみさん、ちょっと恥ずかしそうだけど、嬉しそうにも見える。
「じゃあ、はい。ヘッドフォン」
「では、出発進行!」
「今日のミレイちゃん、随分ハイじゃない?」
タカシさんは怪しむ。
「いいからいいから」
私は先に歩き出す。
振り返ると二人はぴったりと寄り添ってついてくる。ヘッドフォンのコードで繋がっているから、二人はそうやって並んで歩くしかない。
吾妻橋を渡らずに、左手の隅田公園に入る。夕暮れの中、散歩している人々のまばらな影が見える。隅田川の向こうを見渡すと、あっちの世界で見慣れた『アレ』の姿は無く、すみれ色に染まった空が視界いっぱいに広がっている。
再び振り返る。
二人は公園の木々や空を見ながらゆっくりと歩いている。時々お互いの顔を見て笑っている。
うんうん。きっと、この景色に素敵な音楽が流れているはずだ。
秋も深まり、ひんやりとした空気も、なかなかいい仕事してくれている。二人の距離が一層縮まって欲しい。
言問橋の少し手前。
私は振り返る。
「めぐみさん、タカシさん。大事な話があるの」
二人は、少し驚いた表情で立ち止まる。
「聞いてくれる?」
私はとにかく真剣に、誠実に、二人の顔を見つめる。
「「わかった」」
二人とも真顔になった。
私はポケットからスマホを取り出す。
こっちの世界に来てから、どうせ使えないからと電源は切りっぱなしだったので、『どうかついて!』と祈りながら電源ボタンを押す。
「それ、なあに?」めぐみさんが不思議そうな顔をして尋ねる。
「ちょっと待っててね、今見せるから」
起動するまでの時間がもどかしい。
じりじりしながら、アプリが並んだ画面が表示されるのを待った。
「これはね、スマートフォンっていうの」
私は画面を二人に向けた。
「「スマートフォン?」」
見たこともない形状の端末、見たこともない画面。二人は口を開けて見入っている。
「電話みたいなもの?」
「うん、電話とか、メールとか、ゲームとか色々使える」
「そんなもの見たことないよ」タケシさんが驚きの声をあげた。
「そう、この時代にはまだないよね。でも、私のいる世界では、みんな普通に使っているの」
「「私のいる世界?」」
私は自分に画面を向け、アルバムのアプリをタップした。
画像を選び、再びタップし表示された写真を二人に見せた。クラウドに保存してなくてよかった。
「この写真、今ここにいる場所から撮ったの。私のいる世界で、お母さんと半年前にココに遊びに来た時に」
二人は絶句して写真を眺めていたが、やがてタカシさんが口を開けた。
「確かにこの公園みたいだけど、このデカいタワーは何だろう?」
「それはね、東京スカイツリーといって、634メートルもある電波塔よ」
「……信じられない」めぐみさんの声が少し震えている。
「この子は、ミレイちゃんだね?」とタカシさん。
「そう、私」
スカイツリーをバックに二人が入るようにスマホの角度を苦労して調整して自撮りしたのを覚えている。
「この隣りの人がお母さん?」めぐみさんが聞いてきた。
「そう。お母さん……そしてあなた」
「え!」
幸いなことに、夕暮れに撮ったからか、顔のシワなどディテールは写っておらず、ソコソコ若く見えるから、そんなにショックはないだろうと思ったけど……
「ど、どういうことかな?」唖然とするタカシさん。
私は一旦目をつぶり、勇気を奮い立たせる。
「私は、2018年の世界から、ここに来ました」
「……し、信じられないわ」めぐみさんが両手で自分の口を押さえる。
「いいよ、続けて」タカシさんが真顔になって、話の先を促す。
信じようとしてくれている……いや、信じてくれているんだ。
「どうやって来たかっていうと、家のお父さんの部屋でウォークマンを見つけて、それでシンディ・ローパーの『Time After Time』を聴いていて……気がついたら、この世界のタカシさんの部屋にいたの」
めぐみさんがタカシさんの顔を不安そうに見る。
「それからは、お二人が知っている通り、タカシさんの家でお世話になっています」
しばらく二人は黙っていたが、タカシさんが口を開いた。
「『君のお父さん』は僕で、『君のお母さん』が……」
私はその人の顔を見つめる。
「……そう、めぐみさん」
「ということは……タカシ君と私は夫婦になるの?」
私は少し躊躇したけど、勇気を奮い立たせて答えた。
「そういうことになります……ごめんなさい。未来のことをネタバレしてしまって」
ここで私は二人にとても悪いことをしているような気がしてきた。
二人が一緒になることを勝手に運命づけ、そして私のような娘が生まれることを勝手に運命づけ、そして……。
私は思わずスマホを抱きかかえ、その場にしゃがみこんで泣き始めてしまった。
「ごめんなさい……二人の将来はこれからだっていうのに、自分勝手にベラベラ喋っちゃって」
母が私の隣りにしゃがみ、肩を抱いてくれた。
「ミレイちゃん、話してくれてありがとう。今まで一人で辛かったよね」
「……ううん、大丈夫。だって、タカシさん……父さん、それにめぐみさん……母さんも一緒にいてくれて、優しく接してくれたから」
父が私を抱き起こした。
「元いた世界に帰りたいんだろう?」
「……うん……でも、あっちの世界には……」
そう。父さんはいないんだよ。
「試してみないか?」
「え?」
父は母に向かって尋ねる。
「めぐみちゃん、持ってきてるよね、ウォークマン」
「ええ、いつも持ち歩いてるし」
「テープは何?」
「シンディの曲集よ」
「よし、揃った……じゃあ、テープを貸してくれるかな?」
母は不思議そうにしながらも、自分のウォークマンからカセットテープを取り出し、父に渡した。
彼はそれを自分のウォークマンにセットする。
「はい。これで準備はできた。こっちに来た時と同じウォークマンと、Time After Timeだ」
私は言われるがままにそれを受け取る。父のゼスチャーに合わせ、本体をデニムパンツのポケットに入れ、ヘッドフォンを頭に被せた。
「じゃあ、再生ボタンを押してみて」
帰りたい……でも、帰りたくない。
「あ、ちょっと待って!」
私は慌ててヘッドフォンを外して二人に提案する。
「ねえ、一緒に撮らない?」
二人はすぐに理解した。
隅田川沿いの景色と、スカイツリーの無い夕空をバックに、三人並んで写真に収まり、シャッターのボタンを押した。
それを二人に見せる。
「おお、綺麗に撮れているね……しばらく時間がかかると思うけど、また一緒にこの写真見よう」
父が嬉しそうに言う。
私はそれに何と答えていいのか、わからなかった。
「ねえタカシさん、お父さん、約束があるの。絶対守って欲しい約束が」
「何だい?」
「四十歳を過ぎたら、毎年必ず人間ドックを受けて」
「なんでまた……」
「いいから、約束よ……そしてまた三人で一緒に写真を撮ろう」
「……うん、わかった。約束だ」
私は再びヘッドフォンを被る。
隅田川の夕景をバックに音楽が流れる。
あなたを待っている……何度でも。
確か、そんな歌。
三人で手をつなぎ、目を閉じる。



