暇そうな様子の係の人に付き添われて佇んでいるのは、体長一メートルほどのだるま型のロボットで全体的にもっちりと白かった。遠目でみると巨大な鏡餅みたいだ。
これのなにが笑えるのだろう。
「すみませーん、これ動くとこ見られるんですか?」
他のブースは客が鈴なりなのにここは閑古鳥が鳴いている。しかしそれに臆することなく木杉が係の男性に声をかけると、スーツ姿の男性が、お、と意外そうな顔をした。
「他にも派手なのがいっぱいいるのに、うちの子に目を留めるとは。見どころがあるね、君達」
丸顔をなおも丸くにこにこさせながら男性が準備をする。ほら正面に立って、と言われ、俺と木杉は顔を見合わせつつロボットの前に立った。
「じゃあ始めるよ。まずは一枚写真撮らせてね」
「え」
ぽかんとしている間にフラッシュが前から来た。木杉もびっくりしたのか目をしばしばさせている。
「はい、じゃあこいつの顔見てね~」
男性が楽しそうに言う。促されるまま鏡餅の上の段あたりを眺めていると、のっぺりとしていたロボットの表面が大きく波打ち、凹凸ができ始めた。そうして現れたのは。
俺の顔?!
それは、間違いなく俺の顔だった。が、唇を思い切り突き出し目を真ん中に寄せたとんでもない表情をしている。普段なら絶対しない顔、いわゆる……変顔をしている!
「ちょ、これ、え!」
なんだこれ? え、これのなにが笑えるんだ? と文句を言いかけて、俺は気付いた。俺の隣で木杉が肩を震わせていることに。
「え! おま! なんで!」
「いやだって、面白すぎでしょ。先輩、こんな顔できるんですね。生で見たい。やってくださいよ」
「誰が見せるか! ちょ、あの、これ」
「まだまだ~」
俺達の反応を楽しげに見ていた男性が手元のPCを操作する。すると再びロボットの顔が変化した。俺の変顔がすうっと沈むみたいに消え、新しいなにかを作り始める。
すっと流れる鼻梁に整った眉。パーツは綺麗だ。でも。
「え、これ、お前……?」
現れたのは木杉の変顔だった。口をOの字に開き眉間にしわをよせ、顔のパーツを全部中心に寄せようと必死にも見えるその顔に俺は思わず。
「うそ……っぷ……まじ、おま、イケメンなのに、こんな顔って! もう……あはははっ!」
「ちょ! 笑いすぎっしょ! 先輩のほうが俺の千倍やばかったってば!」
木杉が横で頬を膨らませる。その俺達の様子を眺めながら男性も笑っている。二人分の笑い声に観念したようにやがて木杉も笑い出した。
「ああ、笑ってもらえてよかった。激怒する人もいるんだよね~、これ」
そりゃ、そうだ。
「これ、なに目的で作ったんですか」
笑いを収めた木杉が、今は変顔を引っ込めてのっぺらぼうに戻ったロボットの顔を矯めつ眇めつしながら問う。
「もともとは美容整形の分野で活用できればと開発されたんだよ。写真を撮って、なりたい顔のイメージを立体的に示す目的で。そこから派生して、高齢者施設でも使えないかって追加されたのがこの変顔モード。実際、実験的に施設でもテストをしてみたけれど、入居者の方には好評でね。僕としてはこっちの方面で伸ばしたいなあ」
「美容整形のほうが儲かりそうなのに」
おい、身も蓋もない言い方するな。
思わず木杉の脇腹を肘で突くが、言われた男性のほうは、そうだよねえ、と頷いている。
「まあでもほら、今の世の中、笑えていない人も多いだろう? そんな人々にちょっとでも笑える時間を作ってあげられるものをこそ、僕はずっと作りたかったからねえ」
笑えるものを……か。
「先輩? まだ調子悪い?」
楽しんで回りなよ、と送り出してくれた男性に頭を下げてブースを出ると同時に、木杉が声をかけてくる。
「あ、ううん。そんなことなくて。ただ、すごくいいなって思ったから。今の話」
「ああ」
頷いて木杉は人の邪魔にならないようにと言いたげに俺の背中を軽く押す。
「俺も思った。ってか、あのロボット、最高すぎた」
「お前、めちゃくちゃ笑ってたよな」
そんなに俺の変顔が面白かったということだろうか。むっつりと唇を曲げると、違くて、と木杉が肩をすくめる。
「俺じゃなくて先輩が。すっごい笑ってたから」
「あー。いや、だって、お前があんな顔するのかと思ったら面白くて」
「いやいや、だからリアルではしないですって。あんな顔」
鼻の頭にしわを寄せて木杉が言う。その顔は先程ロボットが見せてくれた顔にちょっとだけ近い。ふふ、と笑う俺の手に、木杉の手がつっと触れた。
「でも……先輩があんなに笑ってくれるなら、してもいいかなって思っちゃった」
声とともに手が掴まれる。当たり前みたいに長い指が俺の手を包んでくいっと引いた。
「次、どこ、行く?」
切れ長の目がすうっと俺を薙ぐ。
別にイケメンだからどうとか考えたことはない。ただ、目立つ人間と組まされることが億劫だった。そもそも顔面云々よりもこいつの意味不明な言動や、斜め過ぎる性格のほうが目について、顔にまで想いを馳せる気になれなかった。
でも、今はちょっと違った。手を取られ、流し見られて、なんていうか。
どきっとした。
「先輩?」
こいつに落とされる人間の気持ちが少しわかった気が、した。
「あ、あの、ちょっとやっぱ、繋ぐのは、無理」
握られたままだった手を振り払うと、木杉が目を見開く。
「こんなのやっぱりおかしい、から」
「いいって言ってるじゃないですか。小さいこと気にしないで。ほら、次……」
「お前がよくても俺が嫌なんだってば!」
怒鳴ると、木杉がたじろいだ。立ち止まる俺達のそばをざわざわと人波が通り過ぎていく。
「あー……。そりゃ、そうですよね」
低い声で木杉が呟いた。またも聞いたことがない声音だ。目を見開く俺から目を逸らし、木杉は口角をそっと上げる。
今度の笑みは……自嘲するみたいな、苦笑いに見えた。
「先輩俺のこと嫌ってるんだし。それわかってて俺も近づいてるんだし。だから嫌がられるの当たり前なのに、勝手に許された気になってるあたり、俺、自分で思う以上に自意識過剰みたい」
めっちゃ滑稽、と声が続く。くしゃっと前髪を乱すようにして額を押さえ、木杉が俯いた。
「帰りましょうか。もう」
ひしゃげるみたいな声を聞きながら俺は自分の手を見下ろす。先ほどまで木杉に掴まれていた手を。
正直……驚いたし、意味がわからないとも思った。人に見られるのも恥ずかしかったし、いたたまれなかった。ただ思い出したのは、この会場に来てすぐのあのときの感覚だ。
人にぶつかられて動揺して、混雑に足が竦んでしまった俺を引っ張ってくれた手。温もりを感じてクリアになった視界。
あのとき、確かに俺は落ち着いたのだ。こいつに手を取られて。それは確かで。だから。
「あの、ごめん、俺、嘘、ついた」
「なにがですか」
疲れたような声が漏れる。不遜でいつも嫣然と笑んでいるイケメンらしくない落ち込んだ声に戸惑いながら、俺はそろそろと言葉を口に乗せる。
「嫌って言ったやつ。あれ、嘘」
「どういういう意味です?」
そろりと木杉の目がこちらを窺う。ええと、と俺は鼻の脇をかく。
「その……手、繋がれるの……そこまで嫌ではなかった気も、する」
「そう、なんですか?」
「いや! 恥ずかしいよ? だから勘弁とは思うけど……嫌ではなくて」
あれ? 俺はなにを言っているのだろう。知り合ったばかりの後輩とするような会話ではないような。
ただ、ちょっとだけ思ったのだ。ここまでの印象が最低すぎたから悪いイメージしかなかったのだけれど、今日見た木杉は悪くないな、と。
通り過ぎたアジサイを振り返ってほんのり笑った木杉も。
人に見られるからなに、と言い切って手を繋いできた木杉も。
ロボットの変顔に腹を抱えて笑った木杉も。
学校で見る澄ました顔よりも、ずっと良い。
「だからその、嘘ついてごめん、というか」
木杉が沈黙する。あまりにも長いこと黙っているのでだんだん不安になってきた。ちろっと目を上げると、こちらを食い入るように見つめてくる目と目が合った。
「え、なに。どした?」
「いや……先輩って沼かも」
「……は?」
「だって、全然簡単じゃない。めちゃくちゃ拒絶してくるくせに全開で笑ってくれるし、そうかと思ったら手、繋ぐのは無理って言ったくせに、同じ口で嫌じゃないって言うし……なんかもう、のめりこんだらすっごく振り回される気がする」
振り回してるのはどっちだよ。
むっとしたとき、ふふっと木杉が笑った。俺より広い肩が揺れる。
「手、繋ぐのはだめなんですよね?」
「……だめ」
「じゃあ、こうしましょうか」
そう言って木杉が手を伸ばす。その手が俺の手を掴む。ちょっと、と目を尖らせると、木杉は目だけで笑って俺の手を自分のシャツの裾にそっと添わせた。
「ここ、握って」
「え」
「ほら」
言いながら木杉の手が俺の手に手を重ねて拳を作らせる。そのまま白いTシャツの上に羽織った黒いシャツの裾を握りこまされた。
「こうしてずっと握ってて。いい?」
「あ……」
これだって恥ずかしい。
そう思った。なのに、俺はなんでだか拒否しなかった。
するっと木杉の手が俺の手から離れる。そのタイミングでシャツから手を離したってよかったのに。
「行きましょうか。AIのエリア行きたいんですよね」
「……行きたい」
自分でもおかしいと思う。なのに、その日一日、俺は木杉のシャツの裾を握って歩いていた。
掌にシャツの感触がしっかりと記憶として残ってしまうくらいにずっと。
これのなにが笑えるのだろう。
「すみませーん、これ動くとこ見られるんですか?」
他のブースは客が鈴なりなのにここは閑古鳥が鳴いている。しかしそれに臆することなく木杉が係の男性に声をかけると、スーツ姿の男性が、お、と意外そうな顔をした。
「他にも派手なのがいっぱいいるのに、うちの子に目を留めるとは。見どころがあるね、君達」
丸顔をなおも丸くにこにこさせながら男性が準備をする。ほら正面に立って、と言われ、俺と木杉は顔を見合わせつつロボットの前に立った。
「じゃあ始めるよ。まずは一枚写真撮らせてね」
「え」
ぽかんとしている間にフラッシュが前から来た。木杉もびっくりしたのか目をしばしばさせている。
「はい、じゃあこいつの顔見てね~」
男性が楽しそうに言う。促されるまま鏡餅の上の段あたりを眺めていると、のっぺりとしていたロボットの表面が大きく波打ち、凹凸ができ始めた。そうして現れたのは。
俺の顔?!
それは、間違いなく俺の顔だった。が、唇を思い切り突き出し目を真ん中に寄せたとんでもない表情をしている。普段なら絶対しない顔、いわゆる……変顔をしている!
「ちょ、これ、え!」
なんだこれ? え、これのなにが笑えるんだ? と文句を言いかけて、俺は気付いた。俺の隣で木杉が肩を震わせていることに。
「え! おま! なんで!」
「いやだって、面白すぎでしょ。先輩、こんな顔できるんですね。生で見たい。やってくださいよ」
「誰が見せるか! ちょ、あの、これ」
「まだまだ~」
俺達の反応を楽しげに見ていた男性が手元のPCを操作する。すると再びロボットの顔が変化した。俺の変顔がすうっと沈むみたいに消え、新しいなにかを作り始める。
すっと流れる鼻梁に整った眉。パーツは綺麗だ。でも。
「え、これ、お前……?」
現れたのは木杉の変顔だった。口をOの字に開き眉間にしわをよせ、顔のパーツを全部中心に寄せようと必死にも見えるその顔に俺は思わず。
「うそ……っぷ……まじ、おま、イケメンなのに、こんな顔って! もう……あはははっ!」
「ちょ! 笑いすぎっしょ! 先輩のほうが俺の千倍やばかったってば!」
木杉が横で頬を膨らませる。その俺達の様子を眺めながら男性も笑っている。二人分の笑い声に観念したようにやがて木杉も笑い出した。
「ああ、笑ってもらえてよかった。激怒する人もいるんだよね~、これ」
そりゃ、そうだ。
「これ、なに目的で作ったんですか」
笑いを収めた木杉が、今は変顔を引っ込めてのっぺらぼうに戻ったロボットの顔を矯めつ眇めつしながら問う。
「もともとは美容整形の分野で活用できればと開発されたんだよ。写真を撮って、なりたい顔のイメージを立体的に示す目的で。そこから派生して、高齢者施設でも使えないかって追加されたのがこの変顔モード。実際、実験的に施設でもテストをしてみたけれど、入居者の方には好評でね。僕としてはこっちの方面で伸ばしたいなあ」
「美容整形のほうが儲かりそうなのに」
おい、身も蓋もない言い方するな。
思わず木杉の脇腹を肘で突くが、言われた男性のほうは、そうだよねえ、と頷いている。
「まあでもほら、今の世の中、笑えていない人も多いだろう? そんな人々にちょっとでも笑える時間を作ってあげられるものをこそ、僕はずっと作りたかったからねえ」
笑えるものを……か。
「先輩? まだ調子悪い?」
楽しんで回りなよ、と送り出してくれた男性に頭を下げてブースを出ると同時に、木杉が声をかけてくる。
「あ、ううん。そんなことなくて。ただ、すごくいいなって思ったから。今の話」
「ああ」
頷いて木杉は人の邪魔にならないようにと言いたげに俺の背中を軽く押す。
「俺も思った。ってか、あのロボット、最高すぎた」
「お前、めちゃくちゃ笑ってたよな」
そんなに俺の変顔が面白かったということだろうか。むっつりと唇を曲げると、違くて、と木杉が肩をすくめる。
「俺じゃなくて先輩が。すっごい笑ってたから」
「あー。いや、だって、お前があんな顔するのかと思ったら面白くて」
「いやいや、だからリアルではしないですって。あんな顔」
鼻の頭にしわを寄せて木杉が言う。その顔は先程ロボットが見せてくれた顔にちょっとだけ近い。ふふ、と笑う俺の手に、木杉の手がつっと触れた。
「でも……先輩があんなに笑ってくれるなら、してもいいかなって思っちゃった」
声とともに手が掴まれる。当たり前みたいに長い指が俺の手を包んでくいっと引いた。
「次、どこ、行く?」
切れ長の目がすうっと俺を薙ぐ。
別にイケメンだからどうとか考えたことはない。ただ、目立つ人間と組まされることが億劫だった。そもそも顔面云々よりもこいつの意味不明な言動や、斜め過ぎる性格のほうが目について、顔にまで想いを馳せる気になれなかった。
でも、今はちょっと違った。手を取られ、流し見られて、なんていうか。
どきっとした。
「先輩?」
こいつに落とされる人間の気持ちが少しわかった気が、した。
「あ、あの、ちょっとやっぱ、繋ぐのは、無理」
握られたままだった手を振り払うと、木杉が目を見開く。
「こんなのやっぱりおかしい、から」
「いいって言ってるじゃないですか。小さいこと気にしないで。ほら、次……」
「お前がよくても俺が嫌なんだってば!」
怒鳴ると、木杉がたじろいだ。立ち止まる俺達のそばをざわざわと人波が通り過ぎていく。
「あー……。そりゃ、そうですよね」
低い声で木杉が呟いた。またも聞いたことがない声音だ。目を見開く俺から目を逸らし、木杉は口角をそっと上げる。
今度の笑みは……自嘲するみたいな、苦笑いに見えた。
「先輩俺のこと嫌ってるんだし。それわかってて俺も近づいてるんだし。だから嫌がられるの当たり前なのに、勝手に許された気になってるあたり、俺、自分で思う以上に自意識過剰みたい」
めっちゃ滑稽、と声が続く。くしゃっと前髪を乱すようにして額を押さえ、木杉が俯いた。
「帰りましょうか。もう」
ひしゃげるみたいな声を聞きながら俺は自分の手を見下ろす。先ほどまで木杉に掴まれていた手を。
正直……驚いたし、意味がわからないとも思った。人に見られるのも恥ずかしかったし、いたたまれなかった。ただ思い出したのは、この会場に来てすぐのあのときの感覚だ。
人にぶつかられて動揺して、混雑に足が竦んでしまった俺を引っ張ってくれた手。温もりを感じてクリアになった視界。
あのとき、確かに俺は落ち着いたのだ。こいつに手を取られて。それは確かで。だから。
「あの、ごめん、俺、嘘、ついた」
「なにがですか」
疲れたような声が漏れる。不遜でいつも嫣然と笑んでいるイケメンらしくない落ち込んだ声に戸惑いながら、俺はそろそろと言葉を口に乗せる。
「嫌って言ったやつ。あれ、嘘」
「どういういう意味です?」
そろりと木杉の目がこちらを窺う。ええと、と俺は鼻の脇をかく。
「その……手、繋がれるの……そこまで嫌ではなかった気も、する」
「そう、なんですか?」
「いや! 恥ずかしいよ? だから勘弁とは思うけど……嫌ではなくて」
あれ? 俺はなにを言っているのだろう。知り合ったばかりの後輩とするような会話ではないような。
ただ、ちょっとだけ思ったのだ。ここまでの印象が最低すぎたから悪いイメージしかなかったのだけれど、今日見た木杉は悪くないな、と。
通り過ぎたアジサイを振り返ってほんのり笑った木杉も。
人に見られるからなに、と言い切って手を繋いできた木杉も。
ロボットの変顔に腹を抱えて笑った木杉も。
学校で見る澄ました顔よりも、ずっと良い。
「だからその、嘘ついてごめん、というか」
木杉が沈黙する。あまりにも長いこと黙っているのでだんだん不安になってきた。ちろっと目を上げると、こちらを食い入るように見つめてくる目と目が合った。
「え、なに。どした?」
「いや……先輩って沼かも」
「……は?」
「だって、全然簡単じゃない。めちゃくちゃ拒絶してくるくせに全開で笑ってくれるし、そうかと思ったら手、繋ぐのは無理って言ったくせに、同じ口で嫌じゃないって言うし……なんかもう、のめりこんだらすっごく振り回される気がする」
振り回してるのはどっちだよ。
むっとしたとき、ふふっと木杉が笑った。俺より広い肩が揺れる。
「手、繋ぐのはだめなんですよね?」
「……だめ」
「じゃあ、こうしましょうか」
そう言って木杉が手を伸ばす。その手が俺の手を掴む。ちょっと、と目を尖らせると、木杉は目だけで笑って俺の手を自分のシャツの裾にそっと添わせた。
「ここ、握って」
「え」
「ほら」
言いながら木杉の手が俺の手に手を重ねて拳を作らせる。そのまま白いTシャツの上に羽織った黒いシャツの裾を握りこまされた。
「こうしてずっと握ってて。いい?」
「あ……」
これだって恥ずかしい。
そう思った。なのに、俺はなんでだか拒否しなかった。
するっと木杉の手が俺の手から離れる。そのタイミングでシャツから手を離したってよかったのに。
「行きましょうか。AIのエリア行きたいんですよね」
「……行きたい」
自分でもおかしいと思う。なのに、その日一日、俺は木杉のシャツの裾を握って歩いていた。
掌にシャツの感触がしっかりと記憶として残ってしまうくらいにずっと。



