覚悟が滲んだ目でそう言われて、どきん、と大きく胸が鳴った。そろそろと頷くと、木杉はすうっと息を吸って、吐いた。
「俺、ね」
手がするっと俺の肩から離れる。その手で木杉は小さく拳を作る。握られた拳はやっぱり少し震えていた。
「人を好きになれる人間になりたいってずっと思ってた。でも好きになることなんて、これまでなかったんだ。人の前で素になるのすごく怖かったし、素を出してくれる人もいなかったから。でも、先輩は違ったんだよね。先輩は俺を特別扱いしないでただの後輩として扱ってくれた」
「え、そう、かな」
「先輩さ、初めて会ったとき、警戒して毛逆立てた俺に、そんな言い方よくない、って叱ってきたでしょ。人気者なのはわかったけど、なに言っても許されるわけじゃないよって」
「ああ……」
あれは叱るなんてものじゃなく、ただの暴言だ。自分でもどうかと思う最低な言葉だと思う。
「ごめん。あのときは本当にひどいこと言った。あんな言い方、よくなかった」
「うん。正直、めちゃくちゃ腹立った。だから、先輩に決めたって言った。先輩のこと、振り回して困らせてやりたいって思ったから。好きになれるか試したところでまあ失敗だろうけど、この人なら胸も痛まないなとも思ったし。けど、なんかね、だんだん先輩のこと気になるようになっちゃった。だって先輩ってさ、俺以外のものばっかり見てるから」
「そう、だったかな」
あんまり実感はない。首を傾げる俺に木杉はくすっと笑う。
「実はさ、なに言っても許されると思うなとか、調子のんなとか、これまでも結構言われてきてんの、俺。で、そういうこと言う人ってさ、俺のことバリバリ意識してる人が多くて。でも、先輩はそうじゃなかった。どんな作品作ろうかな、とか、アジサイ綺麗だな、とか、ロボット面白いな、とか。俺といても俺そっちのけで、素の顔いっぱい出してきて。しかも先輩ってば、俺の中身を見ようとしてくれるんだもん。それに気付いたらもう、先輩を心から追い出すなんて、無理になってた」
でも、と木杉はそうっと肩を上下させる。
「俺、全然、わかってなかったんだ。人を好きになるってこんなにも独占したくて仕方なくなるものだったなんて。その人が今、なにしてるのか、俺以外の人となに話してたのか。俺とロボット見て爆笑したときみたいに他の人の前でも笑っているんじゃ、とか。もっと俺のほう見てくれたらいいのに、とかね。先輩と一緒にいるうちに、自分の粘着質な部分、どんどん見えてきて……それも怖かった」
「……うん」
わかるよ、と言ってやりたかった。でも今は相槌だけを打った。木杉の言葉をもっと、もっと、聴きたかった。
「俺の中にこんなにねばねばしたものがあるなんてってすごく嫌だった。父さんの恋人達とおんなじだって思えて。汚くなったみたいで。これが好きってことなんだって認めたく、なくて。距離置こうとした。でも先輩が送ってくれたあの夕日の写真見たらさ、会いたくてたまらなくなっちゃって、で」
くっと木杉が唇を噛みしめる。そんなに嚙んだら切れてしまう。心配になってそっと木杉の腕に手をかけると、睫毛の奥で瞳がゆらっと揺れた。
「さっき、先輩がさ、水野先生と一緒にいるとこ見たら、怖いとかどうでもいいくらいかっとなっちゃった。汚くても、怖くても、もういいって。そんなことよりも俺、先輩のこと、渡したくなくて。俺だけのものにしたくて。だって、俺、先輩のこと……」
「うん」
そっと頷きを返すと、木杉が広い肩を波打たせて深呼吸する。ゆっくりと瞼を持ち上げ、まっすぐにこちらを見て木杉は震える唇で言葉を紡いだ。
俺が、ずっとほしかった言葉を、くれた。
「好き、なんだ」
窓から差し込んでくる西日がすっと木杉の茶色の瞳を金色に透けさせる。その目を見ていたら胸がいっぱいでたまらなくなった。
一歩、歩を踏み出してそのまま額を木杉の肩に落とす。零れだしてしまった涙をまとわりつかせたまま、熱い瞼をぎゅっと制服の肩に押し当てると、木杉は一瞬、ぴくりと震えた。それでも俺は離れなかった。離れてなんてやるものかとぐいっと瞼をさらに強く押し付けた。
そうして、俺のこの胸の中の想いが涙と一緒にこいつの中に沁み込んでほしいと願った。
けれど……やっぱり、これだけじゃ足りない。全部の想いを伝えきれるわけなんて、ない。
「なあ」
呼ぶと、なに? と声が近すぎる場所から俺の中へ落ちてくる。体に沁みわたっていく声がとても心地よくて……ますます涙が出る。それでも俺は言葉を紡いだ。すがるみたいに、必死に。
「まだ、だめ?」
「ん?」
「……あの」
自分で切り出したのに問い返されたら口ごもってしまった。その俺の肩が木杉によって掴まれ、沈んでいた胸から体が引き剥がされる。
「なに? 先輩」
声に引っ張られるように眼差しも甘い。どきどきしてしまって、まっすぐになんて見ていられなくて、俺はそっと視線を逸らす。その俺の目尻を長い指が辿る。温かくて優しい手つきで涙を拭われたら……気持ちを押し込めてなんていられなくなってしまった。
「俺、まだ、好きって、言っちゃだめ?」
そう言ったとたんだった。荒っぽい手がぐいっと俺の肩を再び引いた。大きな手が頬にかかり容赦なく顔を上げさせられる。
「いいよ」
熱っぽい声まで落ちてきて、逃げ場はさらになくなった。
「先輩の声で聴きたい。聴かせて。先輩」
「あ……」
顔と顔が触れちゃいそうなこんな距離で見られたら、どうしていいかわからなくて俯きたくなる。けれど、木杉の手は頬に添えられたままで、それも許してくれない。
全部言うまで、離して、くれない。
ああ、本当にもうこいつってば、とことんマイペースで生意気で。こういうところ、むかついてもいたはずなのに。なのに俺はもうなにも隠せない。
いや、違う。
隠したくない。
全部、ちゃんと伝えたい。だから。
「好きだよ。俺ね、お前のこと、すごく、好きなんだ」
言い終えたと同時だった。
頬にかかっていた手によって、かろうじてあった木杉と俺の距離が完全に奪われた。
「…………っ」
唇が唇に塞がれて、くらくらする。
どきどきしてなにも考えられない。触れた熱で心まで溶けちゃいそうだ。こんなの、一度目のキスと、全然、違う。
どうしていいか、わからない。ただ、どうしようもなく、うれしい。
木杉を近くに感じられて、うれしい。
「もう……」
唇を離した木杉が最初に漏らしたのは、頼りなく揺れた声だった。
「俺、ほんと、だめだ」
「え、あの、なにが……」
朦朧としながらなんとか尋ねる。木杉は俺を見ないままに、肩を落としている。
「だめでしょ。いきなりキスするとか」
溜め息をついた木杉が、くしゃっと前髪を掻き上げた。
「なんかもう、抑えらんなくて。完全に野獣。ほんと好きって怖い。こんなの」
「いい」
まだなにかを言おうとする木杉を遮る。ふっと栗色の目がこちらを向く。その彼に向かって俺は微笑んでみた。柔らかく、どこにも拒絶が滲まないように。
大好きだけが見えるように。
「うれしい、から。いい」
すっと木杉が自身の口許を片手で覆う。くぐもった声でなにか言う。よく聞こえなくて、え? と耳を寄せると、木杉は頬を染めて顔を背けた。
「勘弁してよもう」
「木杉?」
なにか気に障ることを言っちゃったろうか。けれど、俺を見た木杉の目は、怒りとは違う感情でしっとりと潤んで見えた。
「どれだけ好きにさせれば気が済むんですか。もう」
「え、あ、あの、ごめん」
ごめん、でいいんだよな、と焦る俺の前で木杉はしばらく黙ってから、ややあって口から手を離した。
「あ、の、よかったら、なんだけど」
「うん」
「俺と一緒に展示、見て、回りません、か?」
……え?
思わぬ提案すぎて頭に空白が生まれる。しばらく考えてから俺は腰を折って笑い出してしまった。
だって……。
「ちょ、改まってそれ? なんで急に弱腰なのお前。なんかもう……ぷっ」
「仕方ないだろ、両想いだって思ったら緊張しちゃったの!……笑わないでってば!」
顔を真っ赤にして俯く。その彼を見ていたら、だんだん笑えなくなってきた。
むしろ、こちらまで赤くなってしまった。
ああ、もう、どうしよう。可愛い。可愛いし、好きで、たまらない。
「そ、その、さ、人混み苦手だから、よかったら、牽引、して、くれる?」
ほてる頬を持て余しながら呟くと、木杉が伏せていた顔をふうっと上げる。
「……うん」
柔らかな頷きとともに手が伸びてくる。きゅっと握ってくる手の温もりにすごく、ほっとした。
遠く、歓声が聞こえる。祭りにさざめく声。少し前だったら怖くて仕方なかったもの。
でも、今、俺は恐れも、緊張もなく、扉を開けていた。開けて、一歩、踏み出していた。
「俺、ね」
手がするっと俺の肩から離れる。その手で木杉は小さく拳を作る。握られた拳はやっぱり少し震えていた。
「人を好きになれる人間になりたいってずっと思ってた。でも好きになることなんて、これまでなかったんだ。人の前で素になるのすごく怖かったし、素を出してくれる人もいなかったから。でも、先輩は違ったんだよね。先輩は俺を特別扱いしないでただの後輩として扱ってくれた」
「え、そう、かな」
「先輩さ、初めて会ったとき、警戒して毛逆立てた俺に、そんな言い方よくない、って叱ってきたでしょ。人気者なのはわかったけど、なに言っても許されるわけじゃないよって」
「ああ……」
あれは叱るなんてものじゃなく、ただの暴言だ。自分でもどうかと思う最低な言葉だと思う。
「ごめん。あのときは本当にひどいこと言った。あんな言い方、よくなかった」
「うん。正直、めちゃくちゃ腹立った。だから、先輩に決めたって言った。先輩のこと、振り回して困らせてやりたいって思ったから。好きになれるか試したところでまあ失敗だろうけど、この人なら胸も痛まないなとも思ったし。けど、なんかね、だんだん先輩のこと気になるようになっちゃった。だって先輩ってさ、俺以外のものばっかり見てるから」
「そう、だったかな」
あんまり実感はない。首を傾げる俺に木杉はくすっと笑う。
「実はさ、なに言っても許されると思うなとか、調子のんなとか、これまでも結構言われてきてんの、俺。で、そういうこと言う人ってさ、俺のことバリバリ意識してる人が多くて。でも、先輩はそうじゃなかった。どんな作品作ろうかな、とか、アジサイ綺麗だな、とか、ロボット面白いな、とか。俺といても俺そっちのけで、素の顔いっぱい出してきて。しかも先輩ってば、俺の中身を見ようとしてくれるんだもん。それに気付いたらもう、先輩を心から追い出すなんて、無理になってた」
でも、と木杉はそうっと肩を上下させる。
「俺、全然、わかってなかったんだ。人を好きになるってこんなにも独占したくて仕方なくなるものだったなんて。その人が今、なにしてるのか、俺以外の人となに話してたのか。俺とロボット見て爆笑したときみたいに他の人の前でも笑っているんじゃ、とか。もっと俺のほう見てくれたらいいのに、とかね。先輩と一緒にいるうちに、自分の粘着質な部分、どんどん見えてきて……それも怖かった」
「……うん」
わかるよ、と言ってやりたかった。でも今は相槌だけを打った。木杉の言葉をもっと、もっと、聴きたかった。
「俺の中にこんなにねばねばしたものがあるなんてってすごく嫌だった。父さんの恋人達とおんなじだって思えて。汚くなったみたいで。これが好きってことなんだって認めたく、なくて。距離置こうとした。でも先輩が送ってくれたあの夕日の写真見たらさ、会いたくてたまらなくなっちゃって、で」
くっと木杉が唇を噛みしめる。そんなに嚙んだら切れてしまう。心配になってそっと木杉の腕に手をかけると、睫毛の奥で瞳がゆらっと揺れた。
「さっき、先輩がさ、水野先生と一緒にいるとこ見たら、怖いとかどうでもいいくらいかっとなっちゃった。汚くても、怖くても、もういいって。そんなことよりも俺、先輩のこと、渡したくなくて。俺だけのものにしたくて。だって、俺、先輩のこと……」
「うん」
そっと頷きを返すと、木杉が広い肩を波打たせて深呼吸する。ゆっくりと瞼を持ち上げ、まっすぐにこちらを見て木杉は震える唇で言葉を紡いだ。
俺が、ずっとほしかった言葉を、くれた。
「好き、なんだ」
窓から差し込んでくる西日がすっと木杉の茶色の瞳を金色に透けさせる。その目を見ていたら胸がいっぱいでたまらなくなった。
一歩、歩を踏み出してそのまま額を木杉の肩に落とす。零れだしてしまった涙をまとわりつかせたまま、熱い瞼をぎゅっと制服の肩に押し当てると、木杉は一瞬、ぴくりと震えた。それでも俺は離れなかった。離れてなんてやるものかとぐいっと瞼をさらに強く押し付けた。
そうして、俺のこの胸の中の想いが涙と一緒にこいつの中に沁み込んでほしいと願った。
けれど……やっぱり、これだけじゃ足りない。全部の想いを伝えきれるわけなんて、ない。
「なあ」
呼ぶと、なに? と声が近すぎる場所から俺の中へ落ちてくる。体に沁みわたっていく声がとても心地よくて……ますます涙が出る。それでも俺は言葉を紡いだ。すがるみたいに、必死に。
「まだ、だめ?」
「ん?」
「……あの」
自分で切り出したのに問い返されたら口ごもってしまった。その俺の肩が木杉によって掴まれ、沈んでいた胸から体が引き剥がされる。
「なに? 先輩」
声に引っ張られるように眼差しも甘い。どきどきしてしまって、まっすぐになんて見ていられなくて、俺はそっと視線を逸らす。その俺の目尻を長い指が辿る。温かくて優しい手つきで涙を拭われたら……気持ちを押し込めてなんていられなくなってしまった。
「俺、まだ、好きって、言っちゃだめ?」
そう言ったとたんだった。荒っぽい手がぐいっと俺の肩を再び引いた。大きな手が頬にかかり容赦なく顔を上げさせられる。
「いいよ」
熱っぽい声まで落ちてきて、逃げ場はさらになくなった。
「先輩の声で聴きたい。聴かせて。先輩」
「あ……」
顔と顔が触れちゃいそうなこんな距離で見られたら、どうしていいかわからなくて俯きたくなる。けれど、木杉の手は頬に添えられたままで、それも許してくれない。
全部言うまで、離して、くれない。
ああ、本当にもうこいつってば、とことんマイペースで生意気で。こういうところ、むかついてもいたはずなのに。なのに俺はもうなにも隠せない。
いや、違う。
隠したくない。
全部、ちゃんと伝えたい。だから。
「好きだよ。俺ね、お前のこと、すごく、好きなんだ」
言い終えたと同時だった。
頬にかかっていた手によって、かろうじてあった木杉と俺の距離が完全に奪われた。
「…………っ」
唇が唇に塞がれて、くらくらする。
どきどきしてなにも考えられない。触れた熱で心まで溶けちゃいそうだ。こんなの、一度目のキスと、全然、違う。
どうしていいか、わからない。ただ、どうしようもなく、うれしい。
木杉を近くに感じられて、うれしい。
「もう……」
唇を離した木杉が最初に漏らしたのは、頼りなく揺れた声だった。
「俺、ほんと、だめだ」
「え、あの、なにが……」
朦朧としながらなんとか尋ねる。木杉は俺を見ないままに、肩を落としている。
「だめでしょ。いきなりキスするとか」
溜め息をついた木杉が、くしゃっと前髪を掻き上げた。
「なんかもう、抑えらんなくて。完全に野獣。ほんと好きって怖い。こんなの」
「いい」
まだなにかを言おうとする木杉を遮る。ふっと栗色の目がこちらを向く。その彼に向かって俺は微笑んでみた。柔らかく、どこにも拒絶が滲まないように。
大好きだけが見えるように。
「うれしい、から。いい」
すっと木杉が自身の口許を片手で覆う。くぐもった声でなにか言う。よく聞こえなくて、え? と耳を寄せると、木杉は頬を染めて顔を背けた。
「勘弁してよもう」
「木杉?」
なにか気に障ることを言っちゃったろうか。けれど、俺を見た木杉の目は、怒りとは違う感情でしっとりと潤んで見えた。
「どれだけ好きにさせれば気が済むんですか。もう」
「え、あ、あの、ごめん」
ごめん、でいいんだよな、と焦る俺の前で木杉はしばらく黙ってから、ややあって口から手を離した。
「あ、の、よかったら、なんだけど」
「うん」
「俺と一緒に展示、見て、回りません、か?」
……え?
思わぬ提案すぎて頭に空白が生まれる。しばらく考えてから俺は腰を折って笑い出してしまった。
だって……。
「ちょ、改まってそれ? なんで急に弱腰なのお前。なんかもう……ぷっ」
「仕方ないだろ、両想いだって思ったら緊張しちゃったの!……笑わないでってば!」
顔を真っ赤にして俯く。その彼を見ていたら、だんだん笑えなくなってきた。
むしろ、こちらまで赤くなってしまった。
ああ、もう、どうしよう。可愛い。可愛いし、好きで、たまらない。
「そ、その、さ、人混み苦手だから、よかったら、牽引、して、くれる?」
ほてる頬を持て余しながら呟くと、木杉が伏せていた顔をふうっと上げる。
「……うん」
柔らかな頷きとともに手が伸びてくる。きゅっと握ってくる手の温もりにすごく、ほっとした。
遠く、歓声が聞こえる。祭りにさざめく声。少し前だったら怖くて仕方なかったもの。
でも、今、俺は恐れも、緊張もなく、扉を開けていた。開けて、一歩、踏み出していた。



