――今、僕達はそれぞれの道に向かって一歩を踏み出します。
 ――共に歩いてきた友達に、毎日笑顔で送り出してくれた母に、未熟な僕達を導いてくれた先生方に心から感謝を……。
 壇上から俺はそっと彼を見る。誰にも気付かれないように密やかに、別れを瞳に刻んで。
 いつも通り凪いだ瞳で彼もこちらを見てくれる。その瞳を見たら、涙が出そうになった。
 でも、俺は、泣かない。泣かずに前に進む。
 彼が示してくれた、俺の道を。
 ふうっと息を吸い込み、締めくくろうとしたそのときだった。
 ――上原くーん、高校でも頑張ってくださーい、菊工、上原くんにぴったりだと思いまーす。いろいろと。
 居並ぶ卒業生達の間から声が轟いた。笑いの中に蔑みがびっしりと絡みついた声だった。
 壇の下からこちらを見上げて来る無数の顔。それが黒い波みたいに蠢くのをただ茫然と見つめ続けることしかできぬまま、俺は壇上で立ち尽くした。
 中学の卒業式。あの日のあの声によって、晴れやかだった俺の道はどっしりと重たい靄に包まれたのだ。