8話 二度目のハグ
「へ、変じゃ、ない……?」
「大丈夫、かっこいいよ」
「あ、ありがとう」
開けた視界が慣れなくて、俺は何度も颯くんにそう確認していた。
昨日、自分の顔や身長をコンプレックスに感じていることを颯くんに包み隠さず伝えたうえで、もう前髪で隠すのを辞めたいと言った俺に、颯くんは嫌な顔一つすることなく、俺のお願い――前髪のセットの仕方をレクチャーしてくれたのだった。
そのおかげで、今日は前髪をセンターパートにセットしての登校となった。
「じゃ、じゃぁ、ここで」
「頑張って」
「うん、ありがとう」
二年生の教室がある二階の階段で別れると、とたんに心もとなさに襲われて顔を俯けてしまう。
自分のコンプレックスをさらけ出すのは、やっぱり怖い。
童顔だと中学生みたいだと言われる度に、傷ついた心に蓋をして笑って流してきた。
――だけど、こんな俺のことを、自慢で大切な家族だと言ってくれる颯くんに、誇れる自分でいたい。
そのためには、変わらなくちゃいけないって、颯くんに気づかされたんだ。
『背が低いとか高いとか、見た目がどうとか本っ当にくだらない』
――そう、本当にくだらない。
そんなくだらないものにこだわってる俺も、くだらない。
くだらない自分は、誇れないから。
俺は、自分のクラスの少し手前で立ち止まって、顔を上げる。
「おはよう」
俯いて顔を隠す自分とは、もうさよならしよう。
颯くんの自慢でありたいから。
「――あ゛ぁ~! つかれたぁ……」
帰宅するなり愚痴を吐く俺を、颯くんは苦笑いしながら「おつかれさま」と労ってくれる。
「前髪あげただけなのに……情けない……」
開けた視界は、確かに見えたる世界が違った。
これまで目を逸らしてたみんなの表情や感情が、ストレートに視界に入り込んできて、いつも以上に神経を使わなくちゃいけなかった。
やっぱり「童顔だなぁ」とか「急にイメチェンかよ」とか心無い言葉も投げられたけど、俺の心は前ほど傷つかなかった。
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、強くなれた自分を、前を向けた自分を誇らしく思えた。
「そんなことない。尚斗くんは、かっこいい。俺が保証する」
「ありがとう……。全部、颯くんのおかげだよ」
そう言えば、「俺は前髪セットしただけ。全部尚斗くんの頑張りだって」って優しい言葉をくれる。
そして、各々鞄を自室に放り投げてからリビングに入ると、颯くんが「はい」と両手を広げて見せる。
その意図を図りかねていると、「もー!」と不満の声を上げながらこちらへと近づいてきて、そのまま俺は抱きしめられた。
少し前に、颯くんに抱きしめられてから、二度目のハグだった。
やっぱり颯くんは、スキンシップ過剰だと思う。
「疲れた頭と体には、ハグがきくんだって」
ぎゅうっと両腕に力がこめられ、隙間がなくなるくらいに颯くんの体と密着する。
暴れるな。
静まれ、俺の心臓。
なんて無理な話で。
どっくどっくと鼓動が鼓膜をたたく。
俺は抗う気力もなくて、颯くんの広い胸に寄り掛かるようにして体を預けた。
そうすれば、どうだろう、確かに疲れた心と体が癒されていく気がした。
「本当だ……、颯くんの腕の中、きもち、いーや……」
「な、尚斗くん……?」
ちょっと困ったような声を最後に、俺の意識は海の底に沈んでいった。
「ちょ……生殺しは勘弁して……」
もちろん、そんな颯くんの声は俺には聞こえなかった。
「へ、変じゃ、ない……?」
「大丈夫、かっこいいよ」
「あ、ありがとう」
開けた視界が慣れなくて、俺は何度も颯くんにそう確認していた。
昨日、自分の顔や身長をコンプレックスに感じていることを颯くんに包み隠さず伝えたうえで、もう前髪で隠すのを辞めたいと言った俺に、颯くんは嫌な顔一つすることなく、俺のお願い――前髪のセットの仕方をレクチャーしてくれたのだった。
そのおかげで、今日は前髪をセンターパートにセットしての登校となった。
「じゃ、じゃぁ、ここで」
「頑張って」
「うん、ありがとう」
二年生の教室がある二階の階段で別れると、とたんに心もとなさに襲われて顔を俯けてしまう。
自分のコンプレックスをさらけ出すのは、やっぱり怖い。
童顔だと中学生みたいだと言われる度に、傷ついた心に蓋をして笑って流してきた。
――だけど、こんな俺のことを、自慢で大切な家族だと言ってくれる颯くんに、誇れる自分でいたい。
そのためには、変わらなくちゃいけないって、颯くんに気づかされたんだ。
『背が低いとか高いとか、見た目がどうとか本っ当にくだらない』
――そう、本当にくだらない。
そんなくだらないものにこだわってる俺も、くだらない。
くだらない自分は、誇れないから。
俺は、自分のクラスの少し手前で立ち止まって、顔を上げる。
「おはよう」
俯いて顔を隠す自分とは、もうさよならしよう。
颯くんの自慢でありたいから。
「――あ゛ぁ~! つかれたぁ……」
帰宅するなり愚痴を吐く俺を、颯くんは苦笑いしながら「おつかれさま」と労ってくれる。
「前髪あげただけなのに……情けない……」
開けた視界は、確かに見えたる世界が違った。
これまで目を逸らしてたみんなの表情や感情が、ストレートに視界に入り込んできて、いつも以上に神経を使わなくちゃいけなかった。
やっぱり「童顔だなぁ」とか「急にイメチェンかよ」とか心無い言葉も投げられたけど、俺の心は前ほど傷つかなかった。
ちょっとだけ。
ほんのちょっとだけ、強くなれた自分を、前を向けた自分を誇らしく思えた。
「そんなことない。尚斗くんは、かっこいい。俺が保証する」
「ありがとう……。全部、颯くんのおかげだよ」
そう言えば、「俺は前髪セットしただけ。全部尚斗くんの頑張りだって」って優しい言葉をくれる。
そして、各々鞄を自室に放り投げてからリビングに入ると、颯くんが「はい」と両手を広げて見せる。
その意図を図りかねていると、「もー!」と不満の声を上げながらこちらへと近づいてきて、そのまま俺は抱きしめられた。
少し前に、颯くんに抱きしめられてから、二度目のハグだった。
やっぱり颯くんは、スキンシップ過剰だと思う。
「疲れた頭と体には、ハグがきくんだって」
ぎゅうっと両腕に力がこめられ、隙間がなくなるくらいに颯くんの体と密着する。
暴れるな。
静まれ、俺の心臓。
なんて無理な話で。
どっくどっくと鼓動が鼓膜をたたく。
俺は抗う気力もなくて、颯くんの広い胸に寄り掛かるようにして体を預けた。
そうすれば、どうだろう、確かに疲れた心と体が癒されていく気がした。
「本当だ……、颯くんの腕の中、きもち、いーや……」
「な、尚斗くん……?」
ちょっと困ったような声を最後に、俺の意識は海の底に沈んでいった。
「ちょ……生殺しは勘弁して……」
もちろん、そんな颯くんの声は俺には聞こえなかった。



