6話 兄弟で手はつながないらしい。
翌日は予想していた通り、登校するや否やクラスメイトから質問攻めにあい、親の再婚で俺と颯くんが家族になり、今一緒に住んでいることを正直に話した。
颯くんが「嘘をつくと後々面倒になるから」と、打ち明けることを許してくれたのだ。
それを聞いた女子たちは、ここぞとばかりに手紙や差し入れなどをしこたま押し付けてきたが、颯くんとの事前の打ち合わせ通り「個人的なプレゼントは、事務所から止められているから受け取れない」とお断りして事なきを得た。
――それよりも、この状況の方がヤバいんですが?
放課後に教室まで迎えに来てくれた颯くんと一緒に帰宅した俺は今、リビングで推しに勉強を教えるというイベントの真っ最中だった。
『数学でわからないとこあって……』と部屋を訪ねてこられたら、そんなのもう……。
だけど、俺の部屋はまずい。
万が一クローゼットの中を見られたらこの世の終わりだ。せっかく颯くんが心を許してくれたのに、全てが台無しになってしまうから。でも、推しの部屋もいろんな意味で俺がヤバいのでリビングと相成った。
ローテーブルのコーナーを挟んで座り、分からない箇所を教えているのだけど……。
「……で、ここはこっちの方程式に当てはめるんだけど……って、あの、颯くん……き、聞いてる……?」
颯くんは、説明する俺の長い前髪を指でかき分けて、覗き込むように俺の顔をまじまじと見つめてくるので困っていた。
「聞いてる聞いてる。つづけて」
テーブルに頬杖をついているだけなのに、雑誌のスナップショットみたいに様になってる。
俺はちょいちょい確認するていを装って、そんな颯くんの顔を見てはどきどきと胸をときめかせている。
「あの、あんまり見られるのは……」
「だめ?」
「……だめ……ではないけど……」
――ずるい。
推しのお願いは、ずるい。しかも甘い声で。
「俺の顔なんか見てもつまんないよ」
「俺、尚斗くんの顔、すげー好きだからずっと見てたい」
いやいや、それはこっちのセリフですけど?
「ちょっとなに言ってるかわかんない。説明つづけるよ? それで、つぎはこれを……」
話を逸らした俺を、颯くんは「ふふふ」と笑う。
「あっ、そうだ。尚斗くん、カメラ目線ちょーだい」
「え? あ」
言われるまま颯くんが掲げたスマホを見た瞬間、カシャ――とカメラのシャッター音が小気味よく耳に届いた。
「お、良い感じ。あのさ、この写真リンスタにUPしてもいい? 兄弟ができたこと、ファンの子たちに言いたくて。もちろん、尚斗くんの顔はスタンプで隠すから顔バレの心配はないけど……。尚斗くんが嫌なら全然断ってくれてOK」
そんなプライベートなことをSNSに上げていいのかと驚いたけど、事務所からはすでに許可貰っているらしく……。
いくら顔を隠していても、小心者の俺にはかなり勇気のいることだったけど……。
推しがやりたいことを、ファンの俺に止めることなどできるわけもなく。
俺は二つ返事で承諾した。
「いいの? やった! ありがとう!」
うん。
推しがご機嫌なら、なにも言うまい。
それからも、颯くんの仕事がない日の登下校は必ず一緒だし、漫研の日には部室として使っている生物室の隅っこで部活が終わるのを待ってくれていた。(颯くんが漫研に顔を出していることがバレたら女子たちが押し掛けかねないから、漫研仲間の中でトップシークレット扱い。それに、リアルでイケメンを観察できるなんて、と絵描きからはありがたがられている)
家でも、夕飯の支度を手伝ってくれたり、俺がソファでテレビを見てると隣に座ってきたり、土日が休みの日は買い物や映画に出かけたりと、一緒に過ごす時間がぐんと増えた。
それだけでもいっぱいいっぱいなのに、颯くんはスキンシップがちょっと激しくて困る。
いや、ちょっとどころじゃないな。
料理をしていれば後ろからバックハグよろしく覗き込んでくるし、味見と称して「あーん」を強請ってきたり、ソファでは必ず手を握ったりさすったり……。映画館でも暗闇に乗じてずっと手を繋がれていて、正直映画どころじゃなかった。
俺はその度に心臓がひっくり返りそうになるのを必死に隠しながら、行き過ぎたファンサを享受して、天に召されている。
「ねぇ、早瀬って、弟と手つないだりする?」
「は? するわけないじゃん。あんな生意気な弟となんて考えただけでもキモイわ」
世の兄弟はどうなのかと、二つ違いの弟がいる早瀬に訊いて返ってきた答えは、俺の予想とは真逆のものだった。
「え、そう、なの?」
「仲のいい兄弟もいるだろうけど、手をつなぐのなんてよっぽど年の離れた兄弟くらいじゃね?」
「ふ、ふーん」
そういうものなのか。
まぁ、颯くんも一人っ子だったから、兄弟の距離感がイマイチ掴めてないのかな?
「――というわけで、仲のいい兄弟でも手をつないだりはしないみたいだよ」
仕事から帰宅してソファでくつろぎながら俺の手を握ってきた隣の颯くんに、仕入れた情報を早速教えると、きょとんとした顔を向けられた。
やっぱり颯くんも勘違いしてたんだ!
と思ったのに、
「まぁ、しないだろうね」
と、さもありなんと返されて今度は俺がきょとんとあほ面を晒す番になった。
「あ、知ってた?」
「うん」
――じゃぁ、これはなんでですか?
頭に浮かんできた疑問は声にはならない。
「そ、そっかぁ~、知ってたかぁ」
「尚斗くんは、俺に触られるのやだ?」
「ちがっ! 嫌とかそんなのは全く! むしろ嬉し――」
思わず本音が零れてしまい、慌てて手で口をふさぐも時すでに遅し。
しかし、俺のキモ発言に、颯くんは口元をほころばせた。
――なぜ?
そこは、訝しんだり嫌悪感を露わにするところじゃない?
「うわ、すっげー嬉しい。……そんなこと言われたら俺調子乗っちゃうよ」
推しにされて嫌なことなんて一つもないから、嘘は言ってない。
ただ心臓が持たないだけ。
「だから……、なに言ってんのか、」
わからない。
そう言おうとしたのに、言えなかった。
――だって、推しに抱きしめられたから。
俺の体は、推しの大きな体にすっぽりと包まれ、頬には推しのパジャマのスウェットが押し当てられている。
――あぁ、俺、このまま死んでもいいかも。
なんて、思った。
翌日は予想していた通り、登校するや否やクラスメイトから質問攻めにあい、親の再婚で俺と颯くんが家族になり、今一緒に住んでいることを正直に話した。
颯くんが「嘘をつくと後々面倒になるから」と、打ち明けることを許してくれたのだ。
それを聞いた女子たちは、ここぞとばかりに手紙や差し入れなどをしこたま押し付けてきたが、颯くんとの事前の打ち合わせ通り「個人的なプレゼントは、事務所から止められているから受け取れない」とお断りして事なきを得た。
――それよりも、この状況の方がヤバいんですが?
放課後に教室まで迎えに来てくれた颯くんと一緒に帰宅した俺は今、リビングで推しに勉強を教えるというイベントの真っ最中だった。
『数学でわからないとこあって……』と部屋を訪ねてこられたら、そんなのもう……。
だけど、俺の部屋はまずい。
万が一クローゼットの中を見られたらこの世の終わりだ。せっかく颯くんが心を許してくれたのに、全てが台無しになってしまうから。でも、推しの部屋もいろんな意味で俺がヤバいのでリビングと相成った。
ローテーブルのコーナーを挟んで座り、分からない箇所を教えているのだけど……。
「……で、ここはこっちの方程式に当てはめるんだけど……って、あの、颯くん……き、聞いてる……?」
颯くんは、説明する俺の長い前髪を指でかき分けて、覗き込むように俺の顔をまじまじと見つめてくるので困っていた。
「聞いてる聞いてる。つづけて」
テーブルに頬杖をついているだけなのに、雑誌のスナップショットみたいに様になってる。
俺はちょいちょい確認するていを装って、そんな颯くんの顔を見てはどきどきと胸をときめかせている。
「あの、あんまり見られるのは……」
「だめ?」
「……だめ……ではないけど……」
――ずるい。
推しのお願いは、ずるい。しかも甘い声で。
「俺の顔なんか見てもつまんないよ」
「俺、尚斗くんの顔、すげー好きだからずっと見てたい」
いやいや、それはこっちのセリフですけど?
「ちょっとなに言ってるかわかんない。説明つづけるよ? それで、つぎはこれを……」
話を逸らした俺を、颯くんは「ふふふ」と笑う。
「あっ、そうだ。尚斗くん、カメラ目線ちょーだい」
「え? あ」
言われるまま颯くんが掲げたスマホを見た瞬間、カシャ――とカメラのシャッター音が小気味よく耳に届いた。
「お、良い感じ。あのさ、この写真リンスタにUPしてもいい? 兄弟ができたこと、ファンの子たちに言いたくて。もちろん、尚斗くんの顔はスタンプで隠すから顔バレの心配はないけど……。尚斗くんが嫌なら全然断ってくれてOK」
そんなプライベートなことをSNSに上げていいのかと驚いたけど、事務所からはすでに許可貰っているらしく……。
いくら顔を隠していても、小心者の俺にはかなり勇気のいることだったけど……。
推しがやりたいことを、ファンの俺に止めることなどできるわけもなく。
俺は二つ返事で承諾した。
「いいの? やった! ありがとう!」
うん。
推しがご機嫌なら、なにも言うまい。
それからも、颯くんの仕事がない日の登下校は必ず一緒だし、漫研の日には部室として使っている生物室の隅っこで部活が終わるのを待ってくれていた。(颯くんが漫研に顔を出していることがバレたら女子たちが押し掛けかねないから、漫研仲間の中でトップシークレット扱い。それに、リアルでイケメンを観察できるなんて、と絵描きからはありがたがられている)
家でも、夕飯の支度を手伝ってくれたり、俺がソファでテレビを見てると隣に座ってきたり、土日が休みの日は買い物や映画に出かけたりと、一緒に過ごす時間がぐんと増えた。
それだけでもいっぱいいっぱいなのに、颯くんはスキンシップがちょっと激しくて困る。
いや、ちょっとどころじゃないな。
料理をしていれば後ろからバックハグよろしく覗き込んでくるし、味見と称して「あーん」を強請ってきたり、ソファでは必ず手を握ったりさすったり……。映画館でも暗闇に乗じてずっと手を繋がれていて、正直映画どころじゃなかった。
俺はその度に心臓がひっくり返りそうになるのを必死に隠しながら、行き過ぎたファンサを享受して、天に召されている。
「ねぇ、早瀬って、弟と手つないだりする?」
「は? するわけないじゃん。あんな生意気な弟となんて考えただけでもキモイわ」
世の兄弟はどうなのかと、二つ違いの弟がいる早瀬に訊いて返ってきた答えは、俺の予想とは真逆のものだった。
「え、そう、なの?」
「仲のいい兄弟もいるだろうけど、手をつなぐのなんてよっぽど年の離れた兄弟くらいじゃね?」
「ふ、ふーん」
そういうものなのか。
まぁ、颯くんも一人っ子だったから、兄弟の距離感がイマイチ掴めてないのかな?
「――というわけで、仲のいい兄弟でも手をつないだりはしないみたいだよ」
仕事から帰宅してソファでくつろぎながら俺の手を握ってきた隣の颯くんに、仕入れた情報を早速教えると、きょとんとした顔を向けられた。
やっぱり颯くんも勘違いしてたんだ!
と思ったのに、
「まぁ、しないだろうね」
と、さもありなんと返されて今度は俺がきょとんとあほ面を晒す番になった。
「あ、知ってた?」
「うん」
――じゃぁ、これはなんでですか?
頭に浮かんできた疑問は声にはならない。
「そ、そっかぁ~、知ってたかぁ」
「尚斗くんは、俺に触られるのやだ?」
「ちがっ! 嫌とかそんなのは全く! むしろ嬉し――」
思わず本音が零れてしまい、慌てて手で口をふさぐも時すでに遅し。
しかし、俺のキモ発言に、颯くんは口元をほころばせた。
――なぜ?
そこは、訝しんだり嫌悪感を露わにするところじゃない?
「うわ、すっげー嬉しい。……そんなこと言われたら俺調子乗っちゃうよ」
推しにされて嫌なことなんて一つもないから、嘘は言ってない。
ただ心臓が持たないだけ。
「だから……、なに言ってんのか、」
わからない。
そう言おうとしたのに、言えなかった。
――だって、推しに抱きしめられたから。
俺の体は、推しの大きな体にすっぽりと包まれ、頬には推しのパジャマのスウェットが押し当てられている。
――あぁ、俺、このまま死んでもいいかも。
なんて、思った。



