5話 尚斗くんのこともっと知りたい
悲しいかな、推しからのお願いを無視できるはずもなく。
俺は今、推しと下校している。
「なんで竹内?」
「そういえば、颯くんも竹内じゃなかった?」
「え、もしか親戚?」
生徒の視線を一身に浴びながら教室を出る中、そんな憶測がそこかしこでざわついていた。
――あぁ、女子じゃなくてよかった……。俺が女子だったら視線だけで殺されてるところだった。女子怖い。
震えあがりながら視線から逃れるように颯くんと学校を後にしたは良いが、廊下でも昇降口でもどこでも颯くんは注目の的で、当然その隣にいる俺にまで視線が向けられていたたまれなかった。
颯くんは、毎日こんな視線に晒されているのか……。
有名人て大変だ。
今はマスクと伊達メガネをかけて、変装モードだからそこまで注目はされていないけれど。それでも、イケメンオーラは隠しきれていない。
――それにしても……
引っ越し初日の宣言通り、この二週間、自分から俺に話しかけることは一切なかった彼が、なぜ急に俺に話しかけてきた?
しかもわざわざ目立つように、クラスにまで押しかけて?
家でならいくらでも二人で話す機会はあるはずなのに。
なにか急ぎで話さなくちゃいけないことでもできたとか?
いや、そんな急ぎの用事なんてある?
いくら考えたって、俺に推しの思考が読めるはずもなく。
俺はただひたすら、推しの隣で「待て」していた。
話しかけるなって言われたし……我慢!
「お腹、空いてない?」
「え? あ……、寄る?」
足を止めた颯くんにつられて立ち止まったところは、ハンバーガーショップの前。
育ちざかりだからきっとお腹が空くんだろう。
よし、ここは年上の俺がごちそうしてあげよう。
そう意気込んで列に並ぼうとしたのだが、颯くんに止められる。
「なに食べる? こっちで頼んだ方が早いから」
こっちとは、颯くんが手にしているスマホ。
なるほど、モバイルオーダーってやつか。
「じゃぁ、ポテトのMとコーラで」
「それだけ? ナゲットとかあれば食べる?」
「え、あ、う、うん、颯くんが食べたいもの頼んで? お金はあとで俺が出すから」
週末だけだけど、ファミレスでバイトもしているからモックなら余裕だ。
席を取っておいてと言われたので、俺は隅っこの二人用テーブル席に陣取った。
――うわぁ、俺、推しと放課後モックきちゃったよー!
これからなにを言われるのか、ちょっと怖さもあるけれど、今のシチュに胸のわくわくが止まらない。
「おまたせ」
「ありがとう」
ここでも、早速颯くんのイケメンオーラを察知した女性客が、俺の推しを見てきゃっきゃと浮足立っている。
そして、テーブルに置かれたトレーには、俺の注文にプラスしてバーガーセットと大容量のナゲットが乗っていて、そのボリュームに唖然としてしまった。
マジか、こんな食べるのか。
「もしかして、お弁当の量少ない?」
「ううん、足りなければ購買でなんか買って食うから大丈夫」
いや、それは足りてないってことだよな?
颯くんのお弁当は俺よりも量を増やしてるけど、それでも足りなかったようだ。
体もこんだけ大きいんだから、燃料必要だよな。
よし、明日からもう少し大きいお弁当箱にしよう、と勝手に決意する。推しを空腹にさせるなんて言語道断だから。
「あ、お金。えっと、これで足りるかな」
注文内容から概算を出して千円札を三枚テーブルの上に置く。
「いらない。俺のおごり」
「だめだめ、俺が出す」
「俺、結構稼いでるし」
――知ってますー。雑誌は全部買ってますので。
とは言えないけど。
「そういう話しじゃなくて」
「じゃぁ、お礼ってことで」
「なんの」
「弁当とかノートとか……いろいろ」
「そんなのお礼の必要ないんだけど」
どっちも俺の負担にはなっていないんだから。
なのに、颯くんはテーブルのお金をこちらにずい、と押し返す。
「お礼くらいさせてよ。じゃないともう弁当食えない」
痛いところを引き合いに出され、俺は「うぅ」と唸った。
推しに毎日購買の菓子パンを食べさせるわけにはいかない俺は、渋々三千円をお財布に仕舞ったのだった。
「じゃぁ、お言葉に甘えてごちそうになります」
「うん、ナゲットも食べて」
マイナス10℃くらい冷たかった推しが今は体温よりも温かくて、その優しさに涙が滲みそうになる。
差し出されたナゲットをひとつつまみ、マスタードソースを付けて口に運ぶ。
推しの奢りだと思うと、チェーン店のナゲットが高級レストランのフリッターに思えてくるから不思議。
俺が食べだしたのを見て、颯くんも食べ始めた。
ザ・高校生男子の食べっぷりに惚れ惚れしてしまう。
がつがつ食べてるのに、汚くないのなんで?
最後には、ズズズズズズと音を立ててドリンクを飲み干して、あっという間に食べきってしまった。
バーガーの包装紙もちゃんと畳んで、トレーに戻して「ごちそうさまでした」と言う礼儀正しさよ。
さすが推し。
ちまちまと食べていた俺は、ポテトをつまむスピードを上げる。
「……食べながらでいいから聞いてほしいんだけど」
「う、うん」
いよいよ本題か、と俺は居住まいを正して顔を上げる。
真正面すぎて直視できずにいた颯くんの目は、真っ直ぐに俺を捉えていた。
黒い瞳は黒曜石のように輝いていて綺麗だ。
ずっと見てられる。
目に入れても痛くないってこういうこというのかな。
「前言ったこと、撤回させてほしくて……」
「前、っていうのは、構うなってやつ?」
颯くんに言われたことといえば、それくらいしか思い浮かばなかった。
「そう。……それと、年上に見えないって……、酷いこと言ってごめん」
「それは全然……気にしてないし、颯くんも気にしなくていいよ」
今回の颯くんとの出会いは、俺にとっては願ってもない幸運だったけど、颯くんにとっては名前も知らない他人でしかなかったんだから。颯くんのあの態度はごくごく当たり前だと思う。中学生みたいっていうのも、事実だし。
それでも、飼い主に怒られた犬みたいに、しゅんとしてる颯くんが可愛すぎた。
撤回ってことは、これからはもう少し仲良くしてくれるってことかな?
どういう心境の変化があったのかはわからないけど……、一緒に暮らしている以上、仲がいいに越したことはないだろう。
「俺、一人っ子だったから、兄弟できるの夢だったんだ。でも、兄弟とか家族とか急に言われても受け入れられないと思うから、颯くんには、友だちみたいな感じで仲良くしてもらえたら嬉しい」
これもなにかの縁だし。と付け加えて俺の気持ちを伝えると、颯くんの表情がぱぁっと明るくなった。
「ありがとう。やっぱり尚斗くんは優しいな……」
うんうん、俺の推しは笑ってた方が百倍かわいくてかっこいい。
その顔が見られるなら、俺はなんだってできる気がする。
推しの笑顔をおかずにようやく残りのポテトを食べ終えた俺は、ごみをトレイの上に片づける。
すると、その手を引っ込めるよりも早く、大きな手に捕らえられた。
状況を理解する間もなく、颯くんは両手で包み込むようにして俺の手を握りしめたのだった。
――え?
一体なにが起きている?
どういうこと?
周囲から女性の悲鳴じみた声が聞こえてきたが、俺はそれどころではない。
紙ナプキンで拭いたとはいえ、ポテトをつまんだ指なんですよ、それ。
申し訳なくてぐいと手を引いたが、それよりも強い力で阻まれ失敗。
「尚斗くん」
「は、はいぃ」
頭が処理できなくて、声が裏返ってしまった。
そんな俺を笑うことなく、颯くんは俺を真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「俺、尚斗くんのこともっと知りたい」
「なっ……!」
――なんっ……つー口説き文句を……!
大好きな推しに、至近距離で見つめられながらそんな台詞を吐くなんて、俺の息の根を止めるつもりか……!
ま、まぁ、まぁ、落ち着こうか、俺。
颯くんは、俺がファンだなんて知らないんだから致し方ない。
家族になったし、一緒に暮らしてる以上、お互いのことを知るのは大切だよね。
俺はそう自分に言い聞かせて、なんとか平静を装うのに精いっぱいだというのに、颯くんは握った俺の手を両手の親指ですりすりと擦ってくる。
これも俺を知るために必要なことなのかな?
ちょっとよくわからないけど……。
「だからこれからは、家でも学校でも俺と仲良くして?」
「う、うん……、こちらこそ、お願いします」
俺の返事に満足したらしく、「約束だからね」と満面の笑みを浮かべた。
急転直下の今、わかっていることはただ一つ。
――推しが、最高に可愛いということ。
悲しいかな、推しからのお願いを無視できるはずもなく。
俺は今、推しと下校している。
「なんで竹内?」
「そういえば、颯くんも竹内じゃなかった?」
「え、もしか親戚?」
生徒の視線を一身に浴びながら教室を出る中、そんな憶測がそこかしこでざわついていた。
――あぁ、女子じゃなくてよかった……。俺が女子だったら視線だけで殺されてるところだった。女子怖い。
震えあがりながら視線から逃れるように颯くんと学校を後にしたは良いが、廊下でも昇降口でもどこでも颯くんは注目の的で、当然その隣にいる俺にまで視線が向けられていたたまれなかった。
颯くんは、毎日こんな視線に晒されているのか……。
有名人て大変だ。
今はマスクと伊達メガネをかけて、変装モードだからそこまで注目はされていないけれど。それでも、イケメンオーラは隠しきれていない。
――それにしても……
引っ越し初日の宣言通り、この二週間、自分から俺に話しかけることは一切なかった彼が、なぜ急に俺に話しかけてきた?
しかもわざわざ目立つように、クラスにまで押しかけて?
家でならいくらでも二人で話す機会はあるはずなのに。
なにか急ぎで話さなくちゃいけないことでもできたとか?
いや、そんな急ぎの用事なんてある?
いくら考えたって、俺に推しの思考が読めるはずもなく。
俺はただひたすら、推しの隣で「待て」していた。
話しかけるなって言われたし……我慢!
「お腹、空いてない?」
「え? あ……、寄る?」
足を止めた颯くんにつられて立ち止まったところは、ハンバーガーショップの前。
育ちざかりだからきっとお腹が空くんだろう。
よし、ここは年上の俺がごちそうしてあげよう。
そう意気込んで列に並ぼうとしたのだが、颯くんに止められる。
「なに食べる? こっちで頼んだ方が早いから」
こっちとは、颯くんが手にしているスマホ。
なるほど、モバイルオーダーってやつか。
「じゃぁ、ポテトのMとコーラで」
「それだけ? ナゲットとかあれば食べる?」
「え、あ、う、うん、颯くんが食べたいもの頼んで? お金はあとで俺が出すから」
週末だけだけど、ファミレスでバイトもしているからモックなら余裕だ。
席を取っておいてと言われたので、俺は隅っこの二人用テーブル席に陣取った。
――うわぁ、俺、推しと放課後モックきちゃったよー!
これからなにを言われるのか、ちょっと怖さもあるけれど、今のシチュに胸のわくわくが止まらない。
「おまたせ」
「ありがとう」
ここでも、早速颯くんのイケメンオーラを察知した女性客が、俺の推しを見てきゃっきゃと浮足立っている。
そして、テーブルに置かれたトレーには、俺の注文にプラスしてバーガーセットと大容量のナゲットが乗っていて、そのボリュームに唖然としてしまった。
マジか、こんな食べるのか。
「もしかして、お弁当の量少ない?」
「ううん、足りなければ購買でなんか買って食うから大丈夫」
いや、それは足りてないってことだよな?
颯くんのお弁当は俺よりも量を増やしてるけど、それでも足りなかったようだ。
体もこんだけ大きいんだから、燃料必要だよな。
よし、明日からもう少し大きいお弁当箱にしよう、と勝手に決意する。推しを空腹にさせるなんて言語道断だから。
「あ、お金。えっと、これで足りるかな」
注文内容から概算を出して千円札を三枚テーブルの上に置く。
「いらない。俺のおごり」
「だめだめ、俺が出す」
「俺、結構稼いでるし」
――知ってますー。雑誌は全部買ってますので。
とは言えないけど。
「そういう話しじゃなくて」
「じゃぁ、お礼ってことで」
「なんの」
「弁当とかノートとか……いろいろ」
「そんなのお礼の必要ないんだけど」
どっちも俺の負担にはなっていないんだから。
なのに、颯くんはテーブルのお金をこちらにずい、と押し返す。
「お礼くらいさせてよ。じゃないともう弁当食えない」
痛いところを引き合いに出され、俺は「うぅ」と唸った。
推しに毎日購買の菓子パンを食べさせるわけにはいかない俺は、渋々三千円をお財布に仕舞ったのだった。
「じゃぁ、お言葉に甘えてごちそうになります」
「うん、ナゲットも食べて」
マイナス10℃くらい冷たかった推しが今は体温よりも温かくて、その優しさに涙が滲みそうになる。
差し出されたナゲットをひとつつまみ、マスタードソースを付けて口に運ぶ。
推しの奢りだと思うと、チェーン店のナゲットが高級レストランのフリッターに思えてくるから不思議。
俺が食べだしたのを見て、颯くんも食べ始めた。
ザ・高校生男子の食べっぷりに惚れ惚れしてしまう。
がつがつ食べてるのに、汚くないのなんで?
最後には、ズズズズズズと音を立ててドリンクを飲み干して、あっという間に食べきってしまった。
バーガーの包装紙もちゃんと畳んで、トレーに戻して「ごちそうさまでした」と言う礼儀正しさよ。
さすが推し。
ちまちまと食べていた俺は、ポテトをつまむスピードを上げる。
「……食べながらでいいから聞いてほしいんだけど」
「う、うん」
いよいよ本題か、と俺は居住まいを正して顔を上げる。
真正面すぎて直視できずにいた颯くんの目は、真っ直ぐに俺を捉えていた。
黒い瞳は黒曜石のように輝いていて綺麗だ。
ずっと見てられる。
目に入れても痛くないってこういうこというのかな。
「前言ったこと、撤回させてほしくて……」
「前、っていうのは、構うなってやつ?」
颯くんに言われたことといえば、それくらいしか思い浮かばなかった。
「そう。……それと、年上に見えないって……、酷いこと言ってごめん」
「それは全然……気にしてないし、颯くんも気にしなくていいよ」
今回の颯くんとの出会いは、俺にとっては願ってもない幸運だったけど、颯くんにとっては名前も知らない他人でしかなかったんだから。颯くんのあの態度はごくごく当たり前だと思う。中学生みたいっていうのも、事実だし。
それでも、飼い主に怒られた犬みたいに、しゅんとしてる颯くんが可愛すぎた。
撤回ってことは、これからはもう少し仲良くしてくれるってことかな?
どういう心境の変化があったのかはわからないけど……、一緒に暮らしている以上、仲がいいに越したことはないだろう。
「俺、一人っ子だったから、兄弟できるの夢だったんだ。でも、兄弟とか家族とか急に言われても受け入れられないと思うから、颯くんには、友だちみたいな感じで仲良くしてもらえたら嬉しい」
これもなにかの縁だし。と付け加えて俺の気持ちを伝えると、颯くんの表情がぱぁっと明るくなった。
「ありがとう。やっぱり尚斗くんは優しいな……」
うんうん、俺の推しは笑ってた方が百倍かわいくてかっこいい。
その顔が見られるなら、俺はなんだってできる気がする。
推しの笑顔をおかずにようやく残りのポテトを食べ終えた俺は、ごみをトレイの上に片づける。
すると、その手を引っ込めるよりも早く、大きな手に捕らえられた。
状況を理解する間もなく、颯くんは両手で包み込むようにして俺の手を握りしめたのだった。
――え?
一体なにが起きている?
どういうこと?
周囲から女性の悲鳴じみた声が聞こえてきたが、俺はそれどころではない。
紙ナプキンで拭いたとはいえ、ポテトをつまんだ指なんですよ、それ。
申し訳なくてぐいと手を引いたが、それよりも強い力で阻まれ失敗。
「尚斗くん」
「は、はいぃ」
頭が処理できなくて、声が裏返ってしまった。
そんな俺を笑うことなく、颯くんは俺を真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「俺、尚斗くんのこともっと知りたい」
「なっ……!」
――なんっ……つー口説き文句を……!
大好きな推しに、至近距離で見つめられながらそんな台詞を吐くなんて、俺の息の根を止めるつもりか……!
ま、まぁ、まぁ、落ち着こうか、俺。
颯くんは、俺がファンだなんて知らないんだから致し方ない。
家族になったし、一緒に暮らしてる以上、お互いのことを知るのは大切だよね。
俺はそう自分に言い聞かせて、なんとか平静を装うのに精いっぱいだというのに、颯くんは握った俺の手を両手の親指ですりすりと擦ってくる。
これも俺を知るために必要なことなのかな?
ちょっとよくわからないけど……。
「だからこれからは、家でも学校でも俺と仲良くして?」
「う、うん……、こちらこそ、お願いします」
俺の返事に満足したらしく、「約束だからね」と満面の笑みを浮かべた。
急転直下の今、わかっていることはただ一つ。
――推しが、最高に可愛いということ。



