〇天都・天室庭園(夜)
※前話の続きから
珠紀「どうか私に愛は求めないでください」
縁「……なぜ?」
珠紀「私には必要のないものだからです」
頑なに意志を貫く珠紀。
縁、肩を竦める。
縁「ひとまず、分かった。君からの愛は求めない」
それを聞いてほっとする珠紀。
縁「だが、俺が妻をどのように扱い愛するかはべつの話だ」
縁、珠紀の後頭部に手を添えて距離を縮める。
珠紀(……!)
珠紀、伴侶の契りでの口付けを思い出し体が強ばる。
縁「俺はな、珠紀。自分の妻になった者に愛情をかけないなどという薄情さは持ち合わせていない。だから勝手に愛されていればいい」
珠紀「な、なんなんですかそれはっ」
珠紀M「まだ出会って間もないのに、この揺るぎなさはなんだというの――?」
縁「その話はともかく、まずはここから君を攫うとしよう。いや? すでに契りを交わしたのなら人攫いではないか?」
珠紀「いったいなんの話ですか」
縁「天都にいれば君の父親や"元婚約者"が黙ってはいないだろう。だから、しばらく君を囲い込もうと思ってな」
珠紀「なっ――」
縁「案内しよう。俺が治める、妖怪島へ」
途端に大きな狐の姿に変化する縁。
〇妖怪島・中央街のはずれ・高台(夜)
妖艶な雰囲気に包まれる妖怪島の中央街。
天狐姿の縁の背に乗る珠紀。
縁「到着だ。人の姿に戻る。一度降りてくれるか」
珠紀「……」
珠紀、言われるがままに降りる。
珠紀「ここが、妖怪島……」
高台から街を見渡す珠紀。呆然とする。
縁「夜闇に栄える灯りが美しいだろう。気に入ってくれればいいのだが」
縁、ゴソゴソと服を着替えている。
まだ半裸の状態。
珠紀「……」
縁「なんだ?」
珠紀「…………さっきの姿は、天狐、ですよね」
縁「ふ、ああそうだ。変化を見るのは初めてか?」
珠紀「変化?」
縁「天狐の宿主は自在に天狐に変化できるのだが知らないか? いわゆる妖術の一種だ。他にも女型や少年、小狐にも変化できる。あとでいくらでも見せてやろう」
珠紀("妖返り"が自在にできるの……?)
珠紀M「妖力のある妖人が理性を失って起こるという暴走現象が妖返り。力が強い天狐・破鬼・大蛇・古烏を宿した宿主に稀に起こる現象であり、ゆえに伴侶の契りを交わすことが抑止力にもなっていた」
珠紀(……変化といい、天狐の宿主について知らないことばかりだわ)
縁、着替えを済ませて珠紀に手を差し出す。
縁「おいで、珠紀。少し歩けば街の入り口だ」
珠紀(……もうここは妖怪島のようだし、今は素直に従ったほうが良さそう)
珠紀、恐る恐るその手を握る。
〇妖怪島・中央街・街中(夜)
妖怪1「天狐様だ!」
妖怪2「おや珍しい天狐様が街まで下りてくるなんて」
妖怪3「隣の娘は誰?」
街中、多くの妖怪が行き交っている。
皆が縁と珠紀に興味津々。
人とは違う異形の姿。
妖怪4「ヘッ、人間の娘じゃないか。オレたちを見て恐れを成すんじゃねぇか」
妖怪5「違いねぇ! 人ってのは皆してひ弱だからなァ〜!!!」
侮辱の言葉が飛んでくる。
それを耳にした珠紀。そちらに目をやる。
珠紀「……」※すんとした顔。
妖怪4「!」
妖怪5「な、なんだよ、全然怖がってねぇぞ」
珠紀(妖怪は初めて見たけれど、大したことないわ)
珠紀M「黄泉で"狭間のモノ"に追われていたときに比べれば、どうってことない。むしろ可愛げすら感じる」
縁「ふ」
珠紀の毅然とした態度に面白げな顔の縁。
縁「それでこそ、俺の伴侶だ」
声を大にして言った縁。
周りの妖怪たちの動きが止まる。
妖怪「「伴侶だって〜〜!?!?」」
妖怪島に轟く驚愕の声。
〇天都・東御所・客間(夜)
徳紀「どういうことだ!!」
もぬけの殻となった客間。
徳紀が憤慨し、隣にいた実弦が冷や汗をかいている。
実弦「珠紀さんが妖怪島に連れ去られたとは、本当かい?」
実弦の式神がこくこくと頷く。
実弦(どういうことだ。天狐の宿主はなぜそこまで珠紀に執着している!?なによりも僕のモノが奪われるなんて、なんたる屈辱だ!)
実弦、平静を装って。
実弦「すぐに捜索隊を出しましょう」
実弦(珠紀……僕の便利な駒、待っていろ)



