〇冒頭・解説N
【――六道家】
【翼両守護家 右翼・妖人側の筆頭華族に名を連ねる一族】
【天都を中心に天照国の地を"狭間のモノ"から守護と統治を担う他家とは異なり】
【六道家が治めるのは天都に属する妖怪が住まう離島・妖怪島】※六道家の家紋、妖怪島のシルエット。
【妖怪とは、かつて妖人と共に暮らしていた種族であり、人間との共生が始まるにつれて迫害された存在である】
※人間、妖人から追われる妖怪のシルエット。
【――その姿、人に在らず、物の怪なり】
【当時、人姿を保てない妖怪は恐れられ、淘汰され、必死の思いで六道家の治める島へと逃げ込んだ】
【そんな彼らを六道家当主は快く迎え入れたのだった】
全体的に紙芝居のようにわかりやすい絵で描写。
【多くの民は"狭間のモノ"とさほど変わりないとして妖怪に畏怖の感情を抱いている】
【やはり淘汰すべきではという声も】
【しかしながら六道家の統治下にいることが、民を納得させる理由となった】
【なぜなら六道家とは――"特別な御業"により民はおろか、天帝すらむやみに手出しできない家紋として一目を置かれているからだ】
〇天都・帝室庭園(昼)
縁『――それよりも君、俺の伴侶にならないか』
一同、驚愕のあまり沈黙。
騒動を聞きつけた人々がさらに遅れて駆けつける。
徳紀「珠紀!」
徳紀、血相を変えて珠紀に駆け寄る。
珠紀「お父、様」※顔を強ばらせながら
徳紀の背後には風間家臣下、水多月実弦の姿がある。※実弦、長髪で温和な見た目の麗人
実弦「珠紀さん、無事ですか!」
徳紀「いったい何があったのだ。それにこの者は?」
徳紀、珠紀を抱えたままの縁を訝しげに見る。
珠紀「あ……」
徳紀と実弦を目にし、珠紀の心臓がドクンと跳ねる。※死に戻り前のトラウマ
途端に珠紀の肩が小刻みに震える。
縁「……」
珠紀の小さな異変に気づいた縁、ぴくりと眉を動く。
そのまま意識を失う珠紀。
〇(回想)水多月家・実弦の部屋(夜)
広い和室。西洋風の調度品が置かれている。
――パシッ!と、効果音。
珠紀「え……実弦、様?」
畳に座り込む珠紀。実弦に叩かれた頬が赤く腫れている。
実弦、珠紀を冷たく見下ろし嘲笑。
実弦「どこまでも馬鹿な君に教えてあげるよ。僕ははなから君など愛していない」
珠紀「なにを、言って……じゃあ、この婚姻は……!」
実弦「もちろん、君を利用するためさ」
実弦、その場にしゃがみ込み、珠紀の顎を鷲掴む。
実弦「僕がほしいのは、器量も能力も君とは比べ物にならない姉の華瑠だ」
珠紀「!」
実弦「もっと早くに分かっていれば君ではなく華瑠に縁談状を送ったというのに、失敗したよ」
珠紀「うそ……なにを言っているの、実弦様。だって、だって……ずっと私を気にかけてくれて、たくさんの贈り物だってくれたじゃない」※強ばった笑み
実弦「安い女だね。それだけで僕が好意を寄せていると勘違いするなんて」
珠紀「勘、違い……?」
実弦「ああ、でも心配はいらない。華瑠が正妻となっても、君は妾として置いてあげるから。だから君は今日から、ずっと僕に従って生きるんだ」
珠紀「いや、やめて――!」
無理やり手篭めにされた珠紀。絶望と華瑠に対する憎しみの表情。※表現は過激にならず控えめに察せる程度で。
〇風間家・門前(昼)
珠紀「お父様、話を聞いて!」
徳紀「見苦しいぞ珠紀。お前は水多月に嫁いだ身。夫の実弦に尽くせ」
縋り付く珠紀に対し、徳紀は冷ややかな目。雑にあしらう。
珠紀、ハッと察する。
珠紀「まさか、お父様も初めからそのつもりで……」
徳紀「……」
徳紀、無言のまま去っていく。
徳紀「……チッ、あそこまで使えない娘だったとはな。母娘揃って欠落品か」
徳紀の呟きを聞き、さらに絶望の淵へと落ちていく珠紀。
珠紀M「――こんなはずじゃなかった」「私はただ、愛されていたかった」(回想終わり)
〇天都・東御所・客間(夕)
天室御所内にある東御所。
天室庭園の景観が一望できる洋室客間。
珠紀「ん……」
ベッドに寝かされていた珠紀が目を開ける。
徳紀の顔が視界に入り込む。
徳紀「目が覚めたか」
珠紀「っ!」
慌てて起き上がる珠紀。
徳紀「まだあまり動かないほうがいい。それにしても災難だったな。"狭間のモノ"と遭遇するとは」
珠紀("狭間のモノ"……ああ、そうだわ)
珠紀「……あのあとすぐに気を失って」
言いながら珠紀は縁の顔を思い出す。
珠紀(あの人、私の怪我に気がついて抱えてくれたようだけど)
"狭間のモノ"にやられた足首の怪我を確認する珠紀。手当済みで包帯が巻かれている。
それから徳紀に視線を向ける。目覚める前の夢(回想)が脳裏にチラつき、苦々しい顔。
珠紀「お父様、私はどれほど眠っていたのですか」
徳紀「なんだ? その言葉遣いは」
珠紀「え……」
徳紀「やはり怪我の具合が良くないのか、それともどこか頭を打ったのか」
珠紀、ハッとする。
珠紀(死ぬ前の私はこんなふうに話していなかったわね)
珠紀M「黄泉の世をさ迷い続け、気が遠くなる時を過ごしたせいか、元の私の振る舞いを完全に忘れていた」
珠紀は訝しむ徳紀にニコッと笑いかける。※張り付けたような無理やりの笑み。
珠紀「お父様の言う通り、まだ調子が良くないみたい。だからあまり気にしないで」
徳紀「そうか。いや、それより珠紀。お前を抱えていた男……天狐の宿主に縁談を申し込まれたというのは本当か?」
珠紀、目をほんのり見開く。
珠紀「伴侶にならないかと言われたけれど……本当にあの人が天狐の宿主の、六道縁様なの?」
徳紀「ああ、間違いない」
珠紀M「天狐の宿主・六道縁――かつて天照国に存在した四大妖怪のうち『天狐』をその身に封じた初代を祖先とし、現当主の座に君臨している」
珠紀(死ぬ前を含めても初めて顔を見たわ)
珠紀M「妖怪島を治める天狐の宿主が公の場に現れることはほとんどなかった。それなのに突然現れたかと思えば、伴侶にならないか、だなんて――」
珠紀、縁の姿を思い出す。
珠紀(あの人、なんだか……)
縁に対して思うところがある様子の珠紀。
徳紀「ゴホン」
徳紀、大袈裟に咳払い。
徳紀「婚約中の娘になんという戯言を。気にする必要はないぞ珠紀。お前の婚約者は次期水多月家当主の実弦殿と決まっているのだからな」
それを聞いて珠紀は肩をピクッと反応させる。
死ぬ前に実弦から受けた仕打ち、言動が思い出され、じわじわと拒否反応が沸き起こる。
珠紀「あの、お父様……」
ごくりと唾を飲み込む珠紀。恐る恐る口を開く。
珠紀「実弦様との婚約を解消したいと言ったら、許してくれる……?」
徳紀「――は?」※とてつもなく低い声。
瞬間、珠紀の頬が思い切り叩かれる。
目の前がチカチカと点滅し、状況を呑み込めない珠紀。
珠紀(……痛い)
ようやく気づいて呆然と瞬き。
徳紀「滅多なことを口にするな」
怖い顔で諌める徳紀。
珠紀「お父様、私は」
徳紀「何も言うな。やはり傷を受けた影響で気が動転しているらしい。でなければ実弦殿に心底惚れているお前が婚約解消などと言うはずがない」
徳紀、珠紀に背を向ける。
徳紀「春季会も今回の件で延期になったが、天帝のご厚意で部屋を一晩借りられることになった。今日はここで体を休め、明日には屋敷に戻るぞ」
珠紀「待っ……」
珠紀、ベッドを降りて徳紀を追いかけようとする。
しかし怪我した足首が痛みその場に崩れ落ちる。
徳紀「いいか珠紀、二度と血迷ったことは言うんじゃないぞ」
珠紀の言葉を一切聞く気のない徳紀は部屋を出ていく。
静まり返る部屋。
珠紀、立ち上がろうと近くの飾り棚に手を乗せる。
――ガシャン!
うまく力が入らず上にあった手鏡を落として割る。
鏡の破片に珠紀の顔が映る。
珠紀「……ふ」※乾いた笑い。
珠紀M「まるであのときのよう」
惨めに床に崩れ落ち頬を叩かれた自分。珠紀の頭に実弦と徳紀(回想)からの扱いが思い起こされる。
珠紀M「分かっていた……ううん、知っていたじゃない。あの人たちが私を駒としか見ていないって」「大切にされているのだと錯覚していただけ」
珠紀「私は初めから……誰にも愛されていなかった」
俯いた珠紀、目を大きく開いて無表情。
それからクスッと嘲笑。
珠紀「血迷った、ね。その通りだわ」
珠紀M「散々人を虐げ貶めたというのに、婚約解消を望んで救われようとした」
珠紀「この期に及んでなんて意地汚いッ……!」
声を張上げる珠紀。自分に対する憤怒と失望、絶望が入り交じった顔。
珠紀M「罪の意識さえ命尽きるまで感じなかった」「そんな私が死に戻ったことになんの意味があるというの」
珠紀、ふと考える。
珠紀M「――それよりも今ここで自分の命に手をかけるほうが、少しは償いになるのかもしれない」
珠紀(悪女と呼ばれる私なんて、いなくなった方が誰のためにもなるわ)
鏡の破片を手に取った珠紀。強く握った手から血が滴り落ちる。そのまま鏡の破片を首筋に沿わせる。
縁「生者でありながら黄泉逝きを望むなら、その身を貰い受けても良いということだな」
珠紀「……!?」
縁、珠紀の背後に現れる。
〇同・(夜)
縁、鏡の破片ごと珠紀の手を包み込んでいる。珠紀と縁、両方の手から血が流れている。
縁「大した握力だ。ハッタリではなく本気で命を絶とうとしていたな」
珠紀「あなたは……!」
珠紀(六道縁! いったいどうやって部屋に入ったのっ?)
縁、珠紀が動揺している隙に鏡の破片を優しく取り上げる。
縁「これ以上自ら傷を負うことは許さない」
珠紀「……あなたには、関係のないことです」
平静を保って縁を見据える珠紀。
縁「いいや、ある。君は俺が妻にと望む人だ」
珠紀「天狐の宿主が、この私を? そんな冗談を真に受けるとお思いで?」
縁「ふふ、冗談や戯れは俺の趣味ではある。だがこの件に関しては本気だ」
縁、真剣な眼差しを珠紀に向ける。
たじろぐ珠紀。
珠紀「どうして、私を」
珠紀M「わけが分からない。こんなこと死に戻る前は起こらなかったのに」
縁「それは――」
縁と珠紀、揃って"狭間のモノ"の気配を察知。
珠紀(……なに? この嫌な感じ)
珠紀、窓外に視線を向けて顔を顰める。
縁「やはり君は気づいているな」
珠紀「え……?」
縁「共においで。そちらの方が話は早い」
珠紀「なっ、ちょ……!」
縁、問答無用で珠紀を抱え、窓から飛び降りる。
〇天都・天室庭園(夜)
庭園の一角にある池のほとり。
数名の男たちが人目を阻んで話している。
男1「おい、どうするんだ」
男2「どうするって、処分するしかないだろう」
男3「まさか本物の呪物だとは思わなかった」
男1「ああ、早く回収しないと、また"狭間のモノ"が現れて――」
その時、ぶくぶくと水面が泡立ち、新たな"狭間のモノ"が出現する。※海坊主のような見た目
男1「うわあああ!」
男2「まずい、早く逃げっ」
男3「ひいいい」
"狭間のモノ"の邪気にあてられ、気絶する男たち。
縁「――呪い穢れた魂よ、鎮まれ」
縁、珠紀を抱えて現れる。
珠紀を下ろし、刀を用いて"狭間のモノ"を斬る。
"狭間のモノ"、息の根が止まり地面に転がる
珠紀「どうしてまた"狭間のモノ"が……」
縁「呪物だ。この者たちが池に落とし、そこから湧いて出たのだろう」
縁、池の中に手を入れる。呪物を引き寄せ手に取る。※藁人形のような見た目
珠紀「じゅ、じゅぶつ? それが?」
珠紀(ずっと感じていた嫌な気配……そこからしていたのね)
縁「どこから入手したかは分からないが、人の手には余る代物だ」
縁、手に持った呪物を浄化し祓う。
呪物全体が根を張り、花を咲かせ、最後に花びらが散って消える。
縁「呪物には呪魂が宿る。それが強力であればあるほど出現する"狭間のモノ"は手強い」
珠紀「"狭間のモノ"が、物に宿る……?」
珠紀M「"狭間のモノ"とは元来、現世と黄泉の狭間から生まれてくるバケモノで、物に宿るなんて聞いたことがない」
珠紀(でも、さっきの呪物という物から発せられていたのは、あきらかに呪い穢れた魂の匂いだった)
縁「君は」
縁、考え込む珠紀のそばに寄る。
縁「今も、昼間のときも"狭間のモノ"から発する呪魂の気配や匂いを感じ取っていたな」
珠紀「……!」
縁「そもそも"狭間のモノ"や呪魂は死の領域。我が血族以外の者が死臭を嗅ぎ分けるのは並大抵のことではない。なぜ君はそれが分かる?」
縁、珠紀に詰め寄る。
珠紀M「死臭なら嫌というほど嗅いできた。"狭間のモノ"の気配も、呪魂も。黄泉の世をさ迷う間にいくらでも」
珠紀「……」
縁「言いたくはない、か。それならそれで構わない。しかしそんな君だからこそ俺は伴侶に迎えたい」
珠紀「お言葉ですが、私が天都でなんと言われているかご存知ないのですか。妖怪島を統治する貴方様の耳には入っていないのかも知れませんが、私は」
縁「悪女、だろう。うん、我が伴侶に迎えるにはなお良い二つ名だ」
珠紀「……は?」
縁「俺の妻になれば君の住まいは妖怪島になる。血気盛んな妖怪が多いあの場所に居座るには、悪女と呼ばれるくらい気丈で高慢、我が強い者でなければやってはいけないだろう」
珠紀「本気ですか……?」
頬に冷や汗をかきながら戸惑いを隠せない珠紀。
縁「ああ」
縁、一歩前に出て珠紀との距離を詰める。
縁「永らく求めていたんだ」
縁、美しい顔で笑みを深める。蠱惑的な表情。
縁「君のような――悪女を」※含みのある言い方
驚く珠紀。身を後ろに引こうと動く。
下に目を向けると、地面に転がる"狭間のモノ"の下から小さく鮮やかな花々が根を張り絡みつく。
瞬く間にきらきらと浄化され花びらを散らし消滅する。
珠紀M「呪い穢れた魂――呪魂。それもここまで強力な呪魂をいとも簡単に浄化し祓ってしまった」
目の前の縁を見つめる珠紀。
珠紀(この人は間違いなく、天狐の宿主。それも歴代のどの宿主をも凌ぐと云われているほどの人。そんな人が私に……)
視線を受け、縁は微笑んで口を開く。
縁「天都一と名高い悪女殿、どうか俺の伴侶になっておくれ」※少し不敵な笑み
珠紀、すんと鼻を嗅ぐ。
珠紀(昼間も、今も。密かに気になっていた……この香り)
風が吹いて花びらが舞うなど、ドラマチックな描写。
珠紀M「"狭間のモノ"や、呪魂とも違う」「死に戻ってから初めて会ったはずなのに、なぜか彼からは懐かしい香りがした」「桜や梅とも違う――泣きたくなるような優しい花の香り」



