〇天都・天室庭園(昼)
前話の続きから
珠紀、ハッとして華瑠の着物を注視。
珠紀(その小桜の着物は、確か三年前の春季会で見たものだわ)
珠紀M「同じ桜模様にも関わらず、あの頃の私は自分より出来の良い着物を着たお姉様に苛立っていた」
当時の記憶を思い出す珠紀。
珠紀(そうよ、三年前の記憶よ。なのに、これは一体どういう状況なの)
周囲の人間を窺う珠紀。隣には珠紀の実家で側仕えとしていた透子。さらに自分の取り巻きだった令嬢たち。
珠紀M「皆、心なしか雰囲気が違う」「少し若いような」
ハッとする珠紀。
珠紀(若返っているんじゃなくて、時が……戻っている……?)(まさか、そんな……)
華瑠「珠紀、さん……?」
心配げな華瑠の声。おそるおそる視線を向ける珠紀。
珠紀「華瑠、お姉様」
珠紀M(――お姉様が目の前にいる。あのとき、唯一私を助けようと手を伸ばしてくれた、お姉様が、目の前に)
珠紀は眩しそうに華瑠を見つめる。
突き動かされるように立ち上がり、足を前に踏み出す。
珠紀M「夢でも、幻覚でも、黄泉の世の続きでも構わない」「傷つけてごめんなさい」「酷いことばかりしてごめんなさい」「命が尽きた瞬間から、私の心を占めていたのは償いの気持ちばかりだった」
珠紀「ご……」
謝罪を口にしようとした瞬間、珠紀に悪寒が走り嫌な気配を感じる。
珠紀(あ……)
同時に脳裏には記憶の断片がとめどなく流れ込んでくる。
三年前の春季会。池のほとりに華瑠を呼び出した珠紀。
多くの取り巻きを引き連れ、貴宝院家で好待遇を受けているらしい華瑠に罵詈雑言をぶつける。そんな珠紀たちの前に突然現れる"狭間のモノ"。
珠紀(そうよ、このあとお姉様が……間に合って!)
華瑠「きゃっ……!?」
珠紀、目の前の華瑠を力の限り突き飛ばす。
左鬼「華瑠様っ!」
右鬼「貴様、なにをする!」
地面に体を打ち付けられた華瑠。守るように現れたのは額から一本角をそれぞれ生やした妖人・鬼の双子。
近くの池の水面がブクブクと激しく泡立ち、黒々とした蔦が一斉に姿を現す。
取り巻き「きゃああああっ!」「"狭間のモノ"よ!」
「どうしてこんなところに!」「早く逃げろ!」
表面に細かい棘を生やす蔦の形をした"狭間のモノ"。
予測不可能な動きをしながら逃げ惑う人々を獲物だと認識する。
"狭間のモノ"は珠紀に狙いを定める。
※死に戻り前は華瑠が襲われていた場面。
珠紀(風で軌道を逸らせば……!)
珠紀、特異力の風を操る。代わりに自分の足首に蔦が絡まり傷を負う。
〇同・縁視点
縁「……」
騒ぎを遠目から確認する和装姿の縁。
※この時はまだ顔全体を見せず口元ぐらいの描写。
必死な珠紀の様子をじっと見つめている。
縁「鎮まれ」
縁、四本指を揃えて動かし妖術を発動。
"狭間のモノ"の動きが鈍くなる。
〇同・珠紀視点
縁の妖術の直後、駆けつけた西洋の制服姿の真人。
真人「はっ!」
真人、刀を抜き"狭間のモノ"に斬り込む。
急所を突かれ事切れる"狭間のモノ"。
取り巻き「……た、助かった?」「あの方は」「貴宝院家の……」
真人「皆、無事か」
刀を納める真人。地面に座り込んだ華瑠の元へ近づく。
真人「華瑠、怪我はしていないか」
華瑠「は、はい。大丈夫で……」
左鬼「嘘! 手も足も擦りむいてるぞ!」
右鬼「あの子が乱暴に突き飛ばしたのよ!」
真人「……お前は」
珠紀に目を向け、さらに周囲の人々を順番に確認する真人。
真人「お前たちは、こんな人気のない場所で一体何をしていた」
真人の冷ややかな空気に感化され、取り巻きたちが口々に声をあげる。
取り巻き「わ、私たちは珠紀様に言われてここに来ただけです!」「まさか"狭間のモノ"が出るだなんて思わなかったんです」「そうよ。まるで狙ったみたいに、こんな」
空気が変わる。
珠紀がこれを狙って華瑠を呼びつけ、"狭間のモノ"に襲わせようとしたのではないか、という空気。
疑惑を含んだ視線が珠紀に集まる。
珠紀(……足首が)
着物の裾の下、隠れた足首から大量の血を流す珠紀。
珠紀M「私の記憶では華瑠お姉様が怪我をした」「それからすぐに駆けつけた貴宝院真人に抱えられてこの場を去っていたけれど」
珠紀(あの時みたいにひどい怪我はしていない)※華瑠の安否を確認しほっとする
珠紀M「……これも全部、夢なのかしら」
珠紀M「"狭間のモノ"に追われた地獄のような黄泉の世で」「もしも叶うならすべて償いたいと」「死んでからしか気づけなかった愚か者の都合の良い夢」
未だに足首から流れ続ける血。
珠紀(だけど、夢にしてはあまりにも現実味がある)
痛みに歪む珠紀の顔。
取り巻き「本当に"狭間のモノ"のことは知らないんです!」「自分たちは少し痛い目を見せろと珠紀さんに命令されただけで……」
真人「痛い目とは……誰に、見せろと?」
取り巻きたちの視線が華瑠へと移る。
真人、左右鬼、さらにやってきた真人の部下の鬼たちが珠紀を冷ややかに見つめる。
珠紀、視線を真正面から受ける。
珠紀「皆さんの言う通りです。私が姉をここに来させるように命じました。それについては本当に申し訳ございません」
珠紀の謝罪に一同凍りつく。※高慢ちきな悪女として知られている珠紀の謝罪に皆して驚いている。
あとからやってきた真人の部下の鬼が口を開く。
部下鬼「つまり"狭間のモノ"で奥様を襲わせようとしたってことじゃないか!!」「なんたる悪女だ!」「我が主の伴侶である華瑠様に危害を加えようとは!」
静かに非難を受けている珠紀。
珠紀M「なにを言われても仕方がない」
「昔から人を貶めることしかしてこなかった」
「もしかしてここは、犯した罪を罰するための夢なのかしら」
その時、珠紀の体勢が崩れてふらりと後ろに重心がいく。
珠紀(あっ……)
珠紀の肩を背後から現れた縁が支える。
縁「これはこれは一人の人間に寄って集って」「あまりにも一方的な聴取だな、破鬼の宿主」
真人「貴様は……!」
縁「鬼血族の流儀とは、手負いの女性を放置して感情的になることだったか?」
珠紀「……っ!?」
珠紀、縁に抱えられ声にならない悲鳴をあげる。
上を向くと縁の顔が間近に迫る。
珠紀M「目が醒めるような美しさ」「透けた白銀の髪」「淡い光芒の色に染まる瞳」「他者とは風格が異なる佇まい」
一同、その美貌に息を呑む。※真人と華瑠以外
縁、珠紀の視線に気がついてふわりと目を細める。
珠紀(この人は、いったい――)
縁「俺の名は、六道縁。天狐をこの身に宿す者」
珠紀「天、狐……?」
縁「それよりも君、俺の伴侶にならないか」
高貴な雰囲気から一変、にっこり笑みを浮かべる縁。



