欲しいものがあるわけじゃないけど……コンビニに欲しいものを探しに行く。
ベリーベリーヨーグルトスムージーと皮むきリンゴを買い、隣りの公園のベンチに腰かける。
「はぁ……眠れないな」
部屋に閉じこもりっぱなし。セロトニンが足りないからオキシトシンも足りなくなるのか。
ヘッドホンを被ってアプリを押そうとしたら。
「そんな難しいこと考えてたら、寝れないに決まってるじゃん」
足元から声が。見下ろすと、青銀の毛並みを持つ一匹の猫がまとわりついてきた。月に照らされ……かっこつけて表現すると、ミッドナイトブルー。長いシッポがくすぐったキモチいい。
「あなた、どこから来たの? 迷い猫?」
「迷っているのは君の方じゃないかな?」
私、猫と話せてる? ヘッドホン効果?……でもだな、出会って早々失礼な指摘をするヤツ。
その子はベンチにトンと上がり、皮むきリンゴの袋をクンクンしている。
「欲しいの?」
「べ、べつに……」
あ、我慢してる。
封を開け、ベンチの上に置いてあげた。
一瞬ためらったあと、子猫はシャクシャクと食べ始める。
「ありがとう」
平らげると律儀にお礼を述べた。お腹空いてたんだ。
「僕はね、BlueScat……ブルーでいいよ」
「そう、私は瞳。BluesCat?……ブルースを歌う猫?」
「うーん、近いけど、ちょっと違うな……それよっか、せっかく眠れないんなら、冒険に出かけよう」
「え、どうやって?」
「BlueScatっていう名のごとく。ボクのスキャットが、冒険への扉を開くのさ」
子猫はスゥっと息を吸い込み、スキャットをささやく。
♪ ニャニャナナニャーアーナアーー ンナナニャーナア ニャーオー…… ♪
ジョン・コルトレーン Round Midnight
私たち、蒼闇色の空飛ぶ絨毯?に乗り、夜空を舞っている!?
「さあ瞳! 君が見たい夢を探しに行くんだ」
「夢を探す?」
「君は、夢を見ることに迷いがあるのさ」
絨毯が高度を落とし降り立ったのは、ニューヨークのダウンタウン?
街灯は暗く、道端の排水溝から湯気があがり、その向うからサックスの音色。
「孤独、憂い。それを楽しむことも、心の癒し」
「君、子猫のくせに達観してるね」
「茶化すなよ」
猫パンチを軽く食らったのと同時に絨毯が私たちを拾い上げた。
ブルーは口ずさむ。
♪ ニャニカーヲ ナナナーナ ムーンニャンヲニャーニナー …… ♪
米津玄師 月を見ていた
降り立った場所、
空には青い満月。誰もいない廃校の校庭。佇み、空を見上げていたのは、幼馴染みの女の子。すごく大事な友だち。大切な思い出。
「忘れていた。でも確かにそこにある、心のアルバム……夢」
ブルーは、ほんとキザな猫だ。だけどそうかも知れないとも思う。
♪ ナッナナナー ナッニナャナー ニャニナッナーニャゴニャッーオー ……♪
セロニアス・モンク Blue Monk
スキャットが私達を送り込んだのは真四角な部屋。何と天井には、逆さまになったピアノと黒人ピアニスト! 陽気なメロディを奏でながら、ソフト帽を脱いで挨拶した。ホンキートンクにあわせてブルーは踊る。
「こんなヘンテコな世界だって楽しめるんだから!」
私の体も動き出す。
絨毯に運ばれたのは、帆船の上。
♪ ニャケナイニョルニ ニャゴゴゴ ニャミダモー フフフナゴガゴニャオーオーウーン!
YOASOBI 夜に駆ける
大きな胴体を揺らしながら夜の海を進む木造船の甲板を私とブルーは駆け、マストによじ登り、ロープを使ってもう一本のマストに飛び移る。
手を滑らせ落下! このまま死のう、死にたい……その誘惑に駆られたとき、猫のシッポが私を絡めとり、絨毯に乗せた。
「生と死の疑似体験。君は何を感じたかニャ?」
「ニャ?」
♪ ミヤーオー ナナナー クルルルール プルルー ♪
ドビュッシー 月の光
静かな月夜の湖畔。ブルーに誘われ、白い教会に向かう。
小さな聖堂はガランとしていて、部屋の真ん中でピアノが自動演奏を奏でている。
その脇で月明かりに浮かんだのは……ベッド? 棺? どちらにも見える。
どっちでもいい。
とにかくそこに横たわりたかった。
気づくと、自分の部屋のベッドの中にいた。
蒼闇色のブランケットを一緒に被っているブルー。月光が彼の青銀の毛並みを照らす。
子猫はささやく。
さて。
そろそろ眠くなってきたかな?
ボクのこと、ちょっと話しておくね。
ボクはね、つかの間の安息と、永遠の安息を与える猫。
君はどっちの安息も選べるんだ。
今日のおしまいに、
あるいは、
人生のおしまいに、
全身を包んでくれる、
音楽を選ぶとしたら、
あるいは、
その音楽に選ばれるとしたら、
どんな曲を望む?
でもね、ほうら。
♪ ミャーーオー クルル ナーオー グルル ナーア ……♪
(アドリブ)
君のささやくような口ずさみが、
君だけのメロディーを
君だけの物語を
紡ぎ始めたよ。
生まれてから耳にしてきた音楽と……僕のスキャットが溶け合い、ひとつのメロディーに。
さあ、優しい蒼闇に包まれて、眠れ。
夜明けまでの。
つかの間で、
永遠なる休息を。
……おやすみ。
(了)
ベリーベリーヨーグルトスムージーと皮むきリンゴを買い、隣りの公園のベンチに腰かける。
「はぁ……眠れないな」
部屋に閉じこもりっぱなし。セロトニンが足りないからオキシトシンも足りなくなるのか。
ヘッドホンを被ってアプリを押そうとしたら。
「そんな難しいこと考えてたら、寝れないに決まってるじゃん」
足元から声が。見下ろすと、青銀の毛並みを持つ一匹の猫がまとわりついてきた。月に照らされ……かっこつけて表現すると、ミッドナイトブルー。長いシッポがくすぐったキモチいい。
「あなた、どこから来たの? 迷い猫?」
「迷っているのは君の方じゃないかな?」
私、猫と話せてる? ヘッドホン効果?……でもだな、出会って早々失礼な指摘をするヤツ。
その子はベンチにトンと上がり、皮むきリンゴの袋をクンクンしている。
「欲しいの?」
「べ、べつに……」
あ、我慢してる。
封を開け、ベンチの上に置いてあげた。
一瞬ためらったあと、子猫はシャクシャクと食べ始める。
「ありがとう」
平らげると律儀にお礼を述べた。お腹空いてたんだ。
「僕はね、BlueScat……ブルーでいいよ」
「そう、私は瞳。BluesCat?……ブルースを歌う猫?」
「うーん、近いけど、ちょっと違うな……それよっか、せっかく眠れないんなら、冒険に出かけよう」
「え、どうやって?」
「BlueScatっていう名のごとく。ボクのスキャットが、冒険への扉を開くのさ」
子猫はスゥっと息を吸い込み、スキャットをささやく。
♪ ニャニャナナニャーアーナアーー ンナナニャーナア ニャーオー…… ♪
ジョン・コルトレーン Round Midnight
私たち、蒼闇色の空飛ぶ絨毯?に乗り、夜空を舞っている!?
「さあ瞳! 君が見たい夢を探しに行くんだ」
「夢を探す?」
「君は、夢を見ることに迷いがあるのさ」
絨毯が高度を落とし降り立ったのは、ニューヨークのダウンタウン?
街灯は暗く、道端の排水溝から湯気があがり、その向うからサックスの音色。
「孤独、憂い。それを楽しむことも、心の癒し」
「君、子猫のくせに達観してるね」
「茶化すなよ」
猫パンチを軽く食らったのと同時に絨毯が私たちを拾い上げた。
ブルーは口ずさむ。
♪ ニャニカーヲ ナナナーナ ムーンニャンヲニャーニナー …… ♪
米津玄師 月を見ていた
降り立った場所、
空には青い満月。誰もいない廃校の校庭。佇み、空を見上げていたのは、幼馴染みの女の子。すごく大事な友だち。大切な思い出。
「忘れていた。でも確かにそこにある、心のアルバム……夢」
ブルーは、ほんとキザな猫だ。だけどそうかも知れないとも思う。
♪ ナッナナナー ナッニナャナー ニャニナッナーニャゴニャッーオー ……♪
セロニアス・モンク Blue Monk
スキャットが私達を送り込んだのは真四角な部屋。何と天井には、逆さまになったピアノと黒人ピアニスト! 陽気なメロディを奏でながら、ソフト帽を脱いで挨拶した。ホンキートンクにあわせてブルーは踊る。
「こんなヘンテコな世界だって楽しめるんだから!」
私の体も動き出す。
絨毯に運ばれたのは、帆船の上。
♪ ニャケナイニョルニ ニャゴゴゴ ニャミダモー フフフナゴガゴニャオーオーウーン!
YOASOBI 夜に駆ける
大きな胴体を揺らしながら夜の海を進む木造船の甲板を私とブルーは駆け、マストによじ登り、ロープを使ってもう一本のマストに飛び移る。
手を滑らせ落下! このまま死のう、死にたい……その誘惑に駆られたとき、猫のシッポが私を絡めとり、絨毯に乗せた。
「生と死の疑似体験。君は何を感じたかニャ?」
「ニャ?」
♪ ミヤーオー ナナナー クルルルール プルルー ♪
ドビュッシー 月の光
静かな月夜の湖畔。ブルーに誘われ、白い教会に向かう。
小さな聖堂はガランとしていて、部屋の真ん中でピアノが自動演奏を奏でている。
その脇で月明かりに浮かんだのは……ベッド? 棺? どちらにも見える。
どっちでもいい。
とにかくそこに横たわりたかった。
気づくと、自分の部屋のベッドの中にいた。
蒼闇色のブランケットを一緒に被っているブルー。月光が彼の青銀の毛並みを照らす。
子猫はささやく。
さて。
そろそろ眠くなってきたかな?
ボクのこと、ちょっと話しておくね。
ボクはね、つかの間の安息と、永遠の安息を与える猫。
君はどっちの安息も選べるんだ。
今日のおしまいに、
あるいは、
人生のおしまいに、
全身を包んでくれる、
音楽を選ぶとしたら、
あるいは、
その音楽に選ばれるとしたら、
どんな曲を望む?
でもね、ほうら。
♪ ミャーーオー クルル ナーオー グルル ナーア ……♪
(アドリブ)
君のささやくような口ずさみが、
君だけのメロディーを
君だけの物語を
紡ぎ始めたよ。
生まれてから耳にしてきた音楽と……僕のスキャットが溶け合い、ひとつのメロディーに。
さあ、優しい蒼闇に包まれて、眠れ。
夜明けまでの。
つかの間で、
永遠なる休息を。
……おやすみ。
(了)



