◯薄氷家食堂・デートの数日後朝
花蓮は朝にふさわしい和食の朝食を、一朔と向かい合って取っている。横には使用人が控えていて、給仕をしてくれる。豪華な食事と温かい待遇には少しずつ慣れてきてはいるけれど、その朝、花蓮はなんだか浮かない顔をしていた。
花蓮「い、一朔様!」
一朔「どうした」
一朔は表情を変えずに皿から顔を上げる。
花蓮「ええと、その……」
花蓮モノ(勢いで声をかけてしまったけれど、どうすればいいのでしょう? このまま話して大丈夫かしら……)
一朔「ゆっくりでいい。話してみろ」
一朔は少し笑い、優しくそう言う。
花蓮「私はこれまで、貴族教育なるものを受けてきておりません。ご存知の通り、家では忌み子として隔離され、使用人同等の扱いを受けていたものですから。それで、このままでは薄氷家次期当主である一朔様に嫁ぐ身として、ふさわしくないと思うのです」
ゆっくり、自分の考えをまとめながら説明する花蓮。ぎこちないが、一朔はそれを止めることなく、黙って聞いてくれている。
花蓮「ですが、白苑京の中にある、女性も通えるような妖術訓練校は、その……」
一朔「ああ、無理に言わなくていい。あの女が通っているからだろう? お前の妹の……すまない、名前を忘れてしまった」
花蓮はポカンとする。
花蓮モノ(私が説明しようとしているときは静かに聞いてくださるのに、言いたくないところは代弁してくださる……名前を忘れたふりまで……なんとお優しいのでしょう)
花蓮「そうなのです。そこで、その、相談なのですが……」
一朔「ああ、家庭教師を雇えばいいだろう」
花蓮「そ、そのために、何かお仕事をさせていただけないでしょうか」
今度は一朔がポカンとする。しばらくの沈黙ののち、一朔がもしや、という感じで口を開いた。
一朔「経済面を心配している、のか……?」
花蓮「服や食事など、すでにたくさんのものをいただいているので、流石に家庭教師まで雇っていただくのは」
一朔「そんなこと気にする必要はない。お前は私の隣に立つにふさわしい令嬢になろうとしてくれているのだろう? それは感謝こそすれ、お前が気に病むことではないだろう」
◯薄氷家一室・数日後の昼
一朔が連絡して来てくれることになった、薄氷家お付きのマナー講師が尋ねてくる。薄氷家の分家のさらに分家の出だそう。薄氷の血筋を感じさせる白銀の透き通るような長髪に、切れ長の瞳は地獄の底まで見通しそうだ。
マナー講師「お初にお目にかかります。わたくしは花蓮様のマナー講師を担当することになりました、氷室花澄と申します。花蓮様と同じ『花』がつく名前です。よろしくお願いいたします」
花澄は優雅に礼をする。冷ややかな第一印象とは打って変わって、柔らかい口調に遊びを入れた自己紹介。花蓮は緊張しながらも、花澄の自己紹介に少し安堵し、できるだけゆったりとした動きを意識しながら礼をする。
花蓮「初めまして、今日は薄氷家にお越しくださり、ありがとうございます。常盤花蓮と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします……」
花澄「では早速——」
花澄はスッと目を細め、あたりの酸素を吸い込んだ。
花澄「まず、『初めまして』の前に一拍置きなさい。あまりに急いでいて、言葉が転がっています。貴族令嬢は余裕を持って言葉を紡ぐものです」
花蓮「は、はい!」
花澄「それから、語尾をすぼめましたね? 優美さというものは、語尾まではっきり言うことで決まると言っても過言ではありません。自信がなくても、堂々と見せるようにしましょう。最後までしっかりと話すのです」
花蓮「すみません……」
花澄「それと、いまのお辞儀。腰から折られていました。それではまるで下働きです」
怒涛の指摘に、花蓮は思わず謝罪を述べてしまう。
花蓮「っ……す、すみませんっ!」
花澄「謝罪は必要ありません。直しなさい。貴い家の女性は、頭を深く下げてはならないのです。顎を引き、背骨をまっすぐ、はい、わたくしがよしと言うまで腰を折ってみてください」
花蓮「は、はいぃ!」
花蓮は少しずつ頭を下げていく。言われた通り、顎を引いて背骨をまっすぐ伸ばして。
花澄「よしっ!」
花蓮モノ(あれ、こんなに浅くていいのかしら?)
花澄「そうです、その姿勢を保つのです。ふわりと柔らかく頭を下げる、それが貴族令嬢の礼ですよ。では、最初から」
それから、厳しい厳しいマナー教室が始まったのは、言うまでもない。
◯薄氷家花蓮の部屋・同日午後
花蓮モノ(ふう……マナーの勉強はとても大変だったわ。私ってば本当に何も知らないのね。さて、今日習ったことの復習をしましょう——)
すると、部屋の扉がノックされる。
専属使用人「花蓮様、お客様がお見えです」
花蓮「え?」
◯薄氷家一室・すぐ後
客として部屋に通されていたのは、頭の真ん中から左右で髪色が白と黒に分かれている、おかっぱの男性だった。目の色の左右で異なり、片方は薄い水色、もう片方は真っ黒である。中華っぽい服装を見に纏い、袖に両手を隠して胸の前に置き、怪しい雰囲気を醸し出している。花蓮が困惑していると、男は恭しく礼をして話し出した。
男「お初にお目にかかります。僕はあなたの妖術訓練を担当することになっています、氷貝玄凛です。氷貝家は代々薄氷家に仕えて妖術研究をしてきた家。僕も研究者の端くれです」
花蓮「妖術、訓練……?」
玄凛「あれ? 聞いていませんか? まったく、一朔様はいつもながら重要な情報すら話しませんね」
花蓮「申し訳ありません、何も知らず……私は常盤花蓮と申します。これからよろしくお願いいたします」
花蓮は先ほど花澄に教わったようにふわりと柔らかく礼をする。玄凛は目を細めて頷く。
玄凛「今日は初日ですから、まずはあなたの現状の実力を測りましょう。そうでもしなければ、何を訓練すればいいかわかりませんからね」
玄凛と向かい合うように座り、渡された筆記テストに取り組むことに。だが、うんうんと唸っても、貴族教育を受けたことのない花蓮には、筆記テストの答えはわかるはずもなく。ほとんど書けないまま提出することになってしまった。その後、実技テストということで、妖術を使ってみてと言われる。玄凛はどこからか蕾の状態の花を取り出した。
玄凛「常盤家のご令嬢ってことは、緑の妖術の血筋なんですよね? 妖術が使えないとは聞いていますが、一応見せていただきましょう。何かわかるかもしれませんし」
花蓮は茎を持って妖力らしきものを込めてみる。
花蓮モノ(一朔様をお助けしたときのように、妖力を流し込めばいいのよね……)
しかし、蕾はうんともすんとも言わない。花蓮はがっかりと肩を落とした。一方、玄凛は顎に手を当てて興味深そうにこちらを見ている。
玄凛「なるほど……これが逆潮ですか。興味深いですね。では——」
次に、またどこからともなく白い皿を取り出した玄凛は、その上に妖術で氷を生み出した。
玄凛「これを溶かしてみてください。とりあえず、なんでもいいので、それっぽく〜」
花蓮はどうしたものかと思うが、とりあえず力を突き出すような形で手をかざしてみる。しかし、氷はぴくりとも動かない。玄凛は考え込むように顔をしかめる。
玄凛「指で触ってみてください。直接触れるのが条件かもしれません」
花蓮は言われた通り、氷に人差し指を触れてみる。すると、ピリッと妖力が流れ出す感覚が起こり、花蓮の顔がパアッと晴れる。氷はみるみるうちに解けていった。
玄凛「おおっ! なるほど、つまり普通の妖術とは違い、術を繰り出すのではなく、直接妖力を流し込むことで施された妖術を消し去ることができるということなのですね」
玄凛はブツブツと何かを唱えているが、花蓮は何ひとつ理解できない。
玄凛「他の妖術でも試してみましょう! 例えばこれ。光の妖術の名家、日向家の分家が出している、光を灯す妖術具です」
玄凛は袖から取り出した妖術具の突起をカチッと動かす。すると、光が灯る。持ち運べるライト、すなわち懐中電灯の妖術バージョンだ。花蓮がおそるおそるその光の粒子を辿るようにして触れると、ひとつ消え、またひとつ消え……連動して光がどんどん消えていき、妖術具はスイッチを入れる前に戻った。玄凛は感嘆のため息を漏らしている。
花蓮モノ(そういえば、以前もこんなことがあったような……)
◯花蓮回想・見魂の儀以前の常盤家・かまどの近く
新しい妖術具を買ってきたとかで、使用人が複数人騒いでいるのを聞きつけて、花蓮と芙蓉が台所に見に来ていた。
使用人「火の妖術の家系が商売を始めたらしくてだな、風呂を沸かすときやらかまどやらにこれを使えば、すぐに火を起こすことができるらしいんだ!」
使用人たちはその妖術具の出来を見ようと身を乗り出して息を呑んで見守っている。使用人がかちりと突起を押し出すと、ボッと火がついた。おお! と歓声が上がる。花蓮と芙蓉も目を輝かせてそれを見ていた。使用人が火を薪に移し、果たして、妖術具を使ってかまどに火を起こすことができたのだった。ゆらめく火がどうにも気になって、花蓮はじっと眺めている。
使用人「花蓮様も薪を焚べてみますか?」
花蓮「やりたい……!」
使用人が花蓮の小さな手に自らの手を添えるようにして、一緒に薪を焚べてくれる。すると、花蓮の手が軽く火に触れてしまったのだろうか、ふっと火は消えてしまったのだ。
使用人「あら、妖術具では火が弱いのかもしれませんね。それか、風向きが悪かったのかしら」
◯回想終了・現在に戻る
花蓮モノ(あれはきっと、私の逆潮のせいだったのだわ)
そんなことを考えていると、突然、玄凛に両手を包まれる。まるで女性のように白い指は、でもやはり骨張っていて、男性であることも感じさせる。
玄凛「あなたの逆潮はとても、とても貴重なものです! ぜひ、これから一緒に研究しながら、利用方法を考えて参りましょう!」
玄凛の勢いに、花蓮は戸惑ってしまう。でも、決して悪い気はしなかった。そのとき、ガチャリと扉が開き、一朔が部屋に入ってくる。玄凛は慌てて花蓮から距離を取る。
花蓮「い、一朔様!」
一朔「ほう、私の婚約者が貴重で大切なのは言うまでもないだろう。それとも、なんだ? お前は私にクビにされたいのか? 玄凛貴様」
鋭い瞳で、一朔は玄凛を睨みつける。玄凛は縮み上がってパッと頭を下げる。
玄凛「めめめ滅相もございません〜!」
だが、なんだか言葉が軽く、怪しさは消えない。一朔は呆れたように玄凛を一瞥して、ため息をつく。
花蓮モノ(貴重で大切だなんて……どう受け取っていいのかわからないくらい、ありがたいお言葉だわ)
玄凛「それで、どうしてここに一朔様が?」
一朔「ああ、そうだ。今度の週末、私の両親に婚約挨拶に行くことになりそうなのだが、大丈夫だろうか。もしよければ、すぐに予定を組もうと思ってだな」
花蓮「こ、婚約挨拶……? ということは、私は薄氷家の現当主ご夫妻にご挨拶をしなければならないということ……」
一朔「大丈夫だ、心配ない。私の両親は気さくも気さくだからな」
花蓮「ですが……」
一朔「ちょうどいいではないか。午前中は花澄にしごかれたのだろう? 成果の見せ所だ」
花蓮モノ(ああ、ここに来て本当に幸せなのですが、どうしてこうも目まぐるしい毎日なのでしょうか……!)
花蓮は朝にふさわしい和食の朝食を、一朔と向かい合って取っている。横には使用人が控えていて、給仕をしてくれる。豪華な食事と温かい待遇には少しずつ慣れてきてはいるけれど、その朝、花蓮はなんだか浮かない顔をしていた。
花蓮「い、一朔様!」
一朔「どうした」
一朔は表情を変えずに皿から顔を上げる。
花蓮「ええと、その……」
花蓮モノ(勢いで声をかけてしまったけれど、どうすればいいのでしょう? このまま話して大丈夫かしら……)
一朔「ゆっくりでいい。話してみろ」
一朔は少し笑い、優しくそう言う。
花蓮「私はこれまで、貴族教育なるものを受けてきておりません。ご存知の通り、家では忌み子として隔離され、使用人同等の扱いを受けていたものですから。それで、このままでは薄氷家次期当主である一朔様に嫁ぐ身として、ふさわしくないと思うのです」
ゆっくり、自分の考えをまとめながら説明する花蓮。ぎこちないが、一朔はそれを止めることなく、黙って聞いてくれている。
花蓮「ですが、白苑京の中にある、女性も通えるような妖術訓練校は、その……」
一朔「ああ、無理に言わなくていい。あの女が通っているからだろう? お前の妹の……すまない、名前を忘れてしまった」
花蓮はポカンとする。
花蓮モノ(私が説明しようとしているときは静かに聞いてくださるのに、言いたくないところは代弁してくださる……名前を忘れたふりまで……なんとお優しいのでしょう)
花蓮「そうなのです。そこで、その、相談なのですが……」
一朔「ああ、家庭教師を雇えばいいだろう」
花蓮「そ、そのために、何かお仕事をさせていただけないでしょうか」
今度は一朔がポカンとする。しばらくの沈黙ののち、一朔がもしや、という感じで口を開いた。
一朔「経済面を心配している、のか……?」
花蓮「服や食事など、すでにたくさんのものをいただいているので、流石に家庭教師まで雇っていただくのは」
一朔「そんなこと気にする必要はない。お前は私の隣に立つにふさわしい令嬢になろうとしてくれているのだろう? それは感謝こそすれ、お前が気に病むことではないだろう」
◯薄氷家一室・数日後の昼
一朔が連絡して来てくれることになった、薄氷家お付きのマナー講師が尋ねてくる。薄氷家の分家のさらに分家の出だそう。薄氷の血筋を感じさせる白銀の透き通るような長髪に、切れ長の瞳は地獄の底まで見通しそうだ。
マナー講師「お初にお目にかかります。わたくしは花蓮様のマナー講師を担当することになりました、氷室花澄と申します。花蓮様と同じ『花』がつく名前です。よろしくお願いいたします」
花澄は優雅に礼をする。冷ややかな第一印象とは打って変わって、柔らかい口調に遊びを入れた自己紹介。花蓮は緊張しながらも、花澄の自己紹介に少し安堵し、できるだけゆったりとした動きを意識しながら礼をする。
花蓮「初めまして、今日は薄氷家にお越しくださり、ありがとうございます。常盤花蓮と申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします……」
花澄「では早速——」
花澄はスッと目を細め、あたりの酸素を吸い込んだ。
花澄「まず、『初めまして』の前に一拍置きなさい。あまりに急いでいて、言葉が転がっています。貴族令嬢は余裕を持って言葉を紡ぐものです」
花蓮「は、はい!」
花澄「それから、語尾をすぼめましたね? 優美さというものは、語尾まではっきり言うことで決まると言っても過言ではありません。自信がなくても、堂々と見せるようにしましょう。最後までしっかりと話すのです」
花蓮「すみません……」
花澄「それと、いまのお辞儀。腰から折られていました。それではまるで下働きです」
怒涛の指摘に、花蓮は思わず謝罪を述べてしまう。
花蓮「っ……す、すみませんっ!」
花澄「謝罪は必要ありません。直しなさい。貴い家の女性は、頭を深く下げてはならないのです。顎を引き、背骨をまっすぐ、はい、わたくしがよしと言うまで腰を折ってみてください」
花蓮「は、はいぃ!」
花蓮は少しずつ頭を下げていく。言われた通り、顎を引いて背骨をまっすぐ伸ばして。
花澄「よしっ!」
花蓮モノ(あれ、こんなに浅くていいのかしら?)
花澄「そうです、その姿勢を保つのです。ふわりと柔らかく頭を下げる、それが貴族令嬢の礼ですよ。では、最初から」
それから、厳しい厳しいマナー教室が始まったのは、言うまでもない。
◯薄氷家花蓮の部屋・同日午後
花蓮モノ(ふう……マナーの勉強はとても大変だったわ。私ってば本当に何も知らないのね。さて、今日習ったことの復習をしましょう——)
すると、部屋の扉がノックされる。
専属使用人「花蓮様、お客様がお見えです」
花蓮「え?」
◯薄氷家一室・すぐ後
客として部屋に通されていたのは、頭の真ん中から左右で髪色が白と黒に分かれている、おかっぱの男性だった。目の色の左右で異なり、片方は薄い水色、もう片方は真っ黒である。中華っぽい服装を見に纏い、袖に両手を隠して胸の前に置き、怪しい雰囲気を醸し出している。花蓮が困惑していると、男は恭しく礼をして話し出した。
男「お初にお目にかかります。僕はあなたの妖術訓練を担当することになっています、氷貝玄凛です。氷貝家は代々薄氷家に仕えて妖術研究をしてきた家。僕も研究者の端くれです」
花蓮「妖術、訓練……?」
玄凛「あれ? 聞いていませんか? まったく、一朔様はいつもながら重要な情報すら話しませんね」
花蓮「申し訳ありません、何も知らず……私は常盤花蓮と申します。これからよろしくお願いいたします」
花蓮は先ほど花澄に教わったようにふわりと柔らかく礼をする。玄凛は目を細めて頷く。
玄凛「今日は初日ですから、まずはあなたの現状の実力を測りましょう。そうでもしなければ、何を訓練すればいいかわかりませんからね」
玄凛と向かい合うように座り、渡された筆記テストに取り組むことに。だが、うんうんと唸っても、貴族教育を受けたことのない花蓮には、筆記テストの答えはわかるはずもなく。ほとんど書けないまま提出することになってしまった。その後、実技テストということで、妖術を使ってみてと言われる。玄凛はどこからか蕾の状態の花を取り出した。
玄凛「常盤家のご令嬢ってことは、緑の妖術の血筋なんですよね? 妖術が使えないとは聞いていますが、一応見せていただきましょう。何かわかるかもしれませんし」
花蓮は茎を持って妖力らしきものを込めてみる。
花蓮モノ(一朔様をお助けしたときのように、妖力を流し込めばいいのよね……)
しかし、蕾はうんともすんとも言わない。花蓮はがっかりと肩を落とした。一方、玄凛は顎に手を当てて興味深そうにこちらを見ている。
玄凛「なるほど……これが逆潮ですか。興味深いですね。では——」
次に、またどこからともなく白い皿を取り出した玄凛は、その上に妖術で氷を生み出した。
玄凛「これを溶かしてみてください。とりあえず、なんでもいいので、それっぽく〜」
花蓮はどうしたものかと思うが、とりあえず力を突き出すような形で手をかざしてみる。しかし、氷はぴくりとも動かない。玄凛は考え込むように顔をしかめる。
玄凛「指で触ってみてください。直接触れるのが条件かもしれません」
花蓮は言われた通り、氷に人差し指を触れてみる。すると、ピリッと妖力が流れ出す感覚が起こり、花蓮の顔がパアッと晴れる。氷はみるみるうちに解けていった。
玄凛「おおっ! なるほど、つまり普通の妖術とは違い、術を繰り出すのではなく、直接妖力を流し込むことで施された妖術を消し去ることができるということなのですね」
玄凛はブツブツと何かを唱えているが、花蓮は何ひとつ理解できない。
玄凛「他の妖術でも試してみましょう! 例えばこれ。光の妖術の名家、日向家の分家が出している、光を灯す妖術具です」
玄凛は袖から取り出した妖術具の突起をカチッと動かす。すると、光が灯る。持ち運べるライト、すなわち懐中電灯の妖術バージョンだ。花蓮がおそるおそるその光の粒子を辿るようにして触れると、ひとつ消え、またひとつ消え……連動して光がどんどん消えていき、妖術具はスイッチを入れる前に戻った。玄凛は感嘆のため息を漏らしている。
花蓮モノ(そういえば、以前もこんなことがあったような……)
◯花蓮回想・見魂の儀以前の常盤家・かまどの近く
新しい妖術具を買ってきたとかで、使用人が複数人騒いでいるのを聞きつけて、花蓮と芙蓉が台所に見に来ていた。
使用人「火の妖術の家系が商売を始めたらしくてだな、風呂を沸かすときやらかまどやらにこれを使えば、すぐに火を起こすことができるらしいんだ!」
使用人たちはその妖術具の出来を見ようと身を乗り出して息を呑んで見守っている。使用人がかちりと突起を押し出すと、ボッと火がついた。おお! と歓声が上がる。花蓮と芙蓉も目を輝かせてそれを見ていた。使用人が火を薪に移し、果たして、妖術具を使ってかまどに火を起こすことができたのだった。ゆらめく火がどうにも気になって、花蓮はじっと眺めている。
使用人「花蓮様も薪を焚べてみますか?」
花蓮「やりたい……!」
使用人が花蓮の小さな手に自らの手を添えるようにして、一緒に薪を焚べてくれる。すると、花蓮の手が軽く火に触れてしまったのだろうか、ふっと火は消えてしまったのだ。
使用人「あら、妖術具では火が弱いのかもしれませんね。それか、風向きが悪かったのかしら」
◯回想終了・現在に戻る
花蓮モノ(あれはきっと、私の逆潮のせいだったのだわ)
そんなことを考えていると、突然、玄凛に両手を包まれる。まるで女性のように白い指は、でもやはり骨張っていて、男性であることも感じさせる。
玄凛「あなたの逆潮はとても、とても貴重なものです! ぜひ、これから一緒に研究しながら、利用方法を考えて参りましょう!」
玄凛の勢いに、花蓮は戸惑ってしまう。でも、決して悪い気はしなかった。そのとき、ガチャリと扉が開き、一朔が部屋に入ってくる。玄凛は慌てて花蓮から距離を取る。
花蓮「い、一朔様!」
一朔「ほう、私の婚約者が貴重で大切なのは言うまでもないだろう。それとも、なんだ? お前は私にクビにされたいのか? 玄凛貴様」
鋭い瞳で、一朔は玄凛を睨みつける。玄凛は縮み上がってパッと頭を下げる。
玄凛「めめめ滅相もございません〜!」
だが、なんだか言葉が軽く、怪しさは消えない。一朔は呆れたように玄凛を一瞥して、ため息をつく。
花蓮モノ(貴重で大切だなんて……どう受け取っていいのかわからないくらい、ありがたいお言葉だわ)
玄凛「それで、どうしてここに一朔様が?」
一朔「ああ、そうだ。今度の週末、私の両親に婚約挨拶に行くことになりそうなのだが、大丈夫だろうか。もしよければ、すぐに予定を組もうと思ってだな」
花蓮「こ、婚約挨拶……? ということは、私は薄氷家の現当主ご夫妻にご挨拶をしなければならないということ……」
一朔「大丈夫だ、心配ない。私の両親は気さくも気さくだからな」
花蓮「ですが……」
一朔「ちょうどいいではないか。午前中は花澄にしごかれたのだろう? 成果の見せ所だ」
花蓮モノ(ああ、ここに来て本当に幸せなのですが、どうしてこうも目まぐるしい毎日なのでしょうか……!)



