◯プロローグ(場所・時間指定なし)
ナレ(和國には古くから、民を襲う厄介な存在がいて、それからどのようにして身を守り、安寧を手にするかが繰り返し検討されてきた。その厄介な存在が「妖魔」。妖魔は妖術を使い、時に人間を痛めつけ、時に農作物を枯らし、街中を壊滅状態にして、人間の生活を邪魔してきた。その度、妖術を扱える数少ない人間が妖魔を倒し、平穏を取り戻す。いつしか、妖術使いは権力を手にし、日本における「貴族」として特権階層へと成長した)
◯常盤家物置小屋・朝
花蓮はボロボロの平べったい布団でハッと目を覚ます。見慣れた天井、埃臭い今は使わない日用品や古本の数々。首には封首というチョーカーがきつく巻きつけられ、両の手には封掌という黒い手袋。いつも通りの朝を、淡々と受け入れる。
花蓮モノ(早く掃除を始めなくては、また怒られてしまう)
慌ててボロ着に着替え、物置を飛び出し、外にある手押しポンプの井戸から冷たい水を汲む。徐々に起きてきた他の使用人たちが遠巻きから陰口を言っている。雑巾をしぼり、廊下を磨き始める。
花蓮モノ(皮肉だけれど、封掌のおかげで手荒れしないから、まだよかった)
使用人頭「花蓮様、廊下の掃除が終わりましたら、枯れ葉をはいておいてください」
話すのも嫌というように、用件だけ伝えてそそくさと離れていく使用人頭。そこに、起きたての双子の妹、芙蓉がやってくる。
芙蓉「あら、ごきげんよう、お姉様。今日もきったない雑巾で遊んでいらっしゃるのね。とってもお似合いよ」
花蓮「おはようございます、芙蓉様」
花蓮モノ(今日は朝一発目から罵声ではなくてよかった。機嫌がいいのかしら)
黙々と掃除を続ける。芙蓉がニヤリと笑ったのが見えた。次の瞬間、ドテッと派手に大きな音を立てて、芙蓉が廊下に倒れ込む。物音に驚いた使用人がわらわらと集まってくる。
使用人1「お嬢様! どうかなさいましたか?」
使用人2「きゃあ! 倒れていらっしゃるわ!」
芙蓉「お姉様がきちんと雑巾をしぼらないから、滑ったじゃないの!」
バチンと大きな音で、芙蓉は花蓮に平手打ちをかます。使用人たちは何もせず遠くから見守っているだけ。
花蓮「申し訳ございません」
芙蓉「謝って済むと思わないでちょうだい! わたくしはあんたと違って妖術が使えるの。怪我でもしたらどうするのよ!」
花蓮モノ(機嫌がいいわけではなかったのね……こうなったら、ひたすら謝って耐えるだけ)
花蓮「申し訳ございません」
芙蓉「ほんっと、これだから忌み子は! 何の役にも立たないなんて、家畜以下ね」
芙蓉が花蓮の封首をぐいっと引っ張る。花蓮は息が苦しくなって呻き声を上げる。
花蓮モノ(これが私の日常。緑を操る妖術の名家、常盤家の長女として生まれたのに、妖術が使えない私は、ずっと使用人のように扱われている)
◯回想・常盤家大広間・10年ほど前
大広間には、常盤家の親戚が一堂に会し、当主である父の前には銀色の器が置いてある。器には聖なる酒がなみなみと注がれている。
常盤家当主「これより、常盤花蓮と常盤芙蓉の『見魂の儀』を開始する」
本来、姉の方が立場や能力が上であると考えられるため、儀式を一緒に行うときは年下である芙蓉から。当時5歳の芙蓉は渡されたナイフで指先を切りつけ、真っ赤な血を酒に垂らす。すると、芙蓉の明るい茶髪が風に舞い上がり、ペリドット色の瞳がキラキラと輝いて、酒はみるみるうちに鮮やかな緑色に変わっていった。
当主「おお! 芙蓉は見事、緑の魂脈を開花させた! 妖力も申し分ないだろう。次は、花蓮、お前だ」
芙蓉と花蓮は交代し、同様にナイフで指先を切って血を垂らす。しかし、酒の色は変わらず、その夜空のような髪が広がることも瞳がきらめくこともなかった。当主も二人の母も真っ青になり、大広間にいる親戚も唖然としている。
当主「魂脈が……ないだと? 直系の娘だぞ!?」
母「う、嘘でしょう? 何かの間違いだわ! 無能だなんて、そんなはず」
当主「いや、妖力があれば清酒が反応するはずだ。お前は……常盤家の恥さらしだ……」
現在の花蓮モノ(あれから、芙蓉との待遇の差がだんだんと明らかになっていったのよね)
◯回想②・常盤家庭・10年ほど前、見魂の儀の後
見魂の儀以来、妖術の練習を始めた芙蓉。両親が見ているところで、一輪の花を咲かせるために蕾に妖力を込める。ゆっくりと花弁が開き、美しい赤色を見せた。さらには、その妖力が伝播していって、庭全体に行き渡り、それはそれは美しい花畑を一瞬にして生み出してしまう。
当主「芙蓉! お前は本当に才能に恵まれているな」
母「本当にすごいわ! あなたは花蓮と違って出来がいいのね」
それを縁側から寂しそうに見つめている花蓮。お付きの侍女が心配そうに花蓮の背中に手を置く。
侍女「花蓮様。旦那様や奥様の言うことはお気になさらないで。さあ、せっかくの綺麗なお花畑ですもの。遊びましょう?」
5歳の花蓮「うん……」
しかし、芙蓉への憧れから、花蓮がひとつの花の花弁をさらりと撫でると、突如として花は生気を失い、枯れてしまう。そして、今度は先ほどとは真逆に、どんどんと周りの花々も枯れていく。両親はその様子に絶句してしまう。芙蓉は泣き叫んだ。
5歳の芙蓉「お姉ちゃんがお花枯らした! ひどい! わたしが作ったお庭なのに!」
5歳の花蓮「ごめんなさい、ごめんなさい!」
現在の花蓮モノ(あの出来事が、すべてを決定的なものにした。あれ以来、私は「忌み子」と呼ばれるようになり、呪いを封じる封首と触れたものを枯らさない妖術が施された封掌をつけさせられ、絶対に外すなと言われてしまう。そして、物置部屋に隔離されるようになった)
◯常盤家玄関・現在に戻る、昼
花蓮は玄関先の落ち葉を箒ではいている。ふと、封首と封掌から激痛が走り、思わず手をグッと握ってこられる。そこをちょうど芙蓉に見られてしまう。
芙蓉「ちょっと、何やってんのよ! 早くやんなさい? 忌み子にでもできる仕事をやらせてやってるんだから」
花蓮「申し訳ございません」
チッと芙蓉の舌打ちが聞こえたと思ったら、突如としてパリーン! ドーンという大きな音が鳴り、あたりが闇に包まれる。
芙蓉「きゃあ! どうして屋敷に妖魔が!」
闇の正体は巨大な妖魔の影だった。屋敷の結界が破れている。何事かと屋敷から人がわらわらと出てきて、状況を把握すると、妖術を使える人員が集まってきた。
使用人頭「討伐軍隊に出動要請を!」
芙蓉始め、常盤の家の者で協力して妖魔に妖術をぶつける。地面から生えたツタがみるみるうちに成長していき、妖魔縛りつける。花蓮は少し離れたところでそれを眺めている。
花蓮モノ(緑の魂脈を持つ常盤家の者は、生命力を高める癒しの妖術を得意とする。その分、妖魔の討伐に向いた攻撃力は持っていないことがほとんど。討伐軍隊到着まで持つといいけれど……)
芙蓉たちが出したツタが妖魔の口元まで届くと、妖魔はそれを食べ始める。すると、妖力を糧にしているのか、妖魔がさらに巨大化して芙蓉に襲いかかってきた。
芙蓉「い、嫌!」
咄嗟に花蓮が芙蓉の前に両手を広げて立ちはだかり、妖魔の体当たりを受け止める。
花蓮モノ(ああ、私、死ぬんだ……最後くらい、お役に立てたかしら……)
ぎゅっと目をつむると、封首がパーンと弾け飛び、妖魔に触れた手袋がビリビリに破ける。素手で触れる状態になった途端、花蓮はからだから何かの流れが飛び出していくのを感じて、妖魔は力を失ったようにみるみるうちに小さくなっていった。そこに、ちょうど到着した妖魔討伐軍隊隊長、薄氷一朔が華麗にとどめの一撃を刺す。遠くから氷の妖術を使い、妖魔は凍ったと思ったら、スゥっと消滅した。妖術の発動時、一朔の瞳に氷の結晶のような紋様が浮かび、薄水色にきらめく。白銀の髪はさらさらと風になびき、それはそれは美しくて格好いい。そんな一朔に思わず見惚れる花蓮や芙蓉、そして周りの者たち。
一朔「常盤家の者はいち早く結界の修復に取りかかってくれ。また——討伐軍隊として、現場の調査をさせてもらう。事情を説明できる者は?」
芙蓉がすっと進み出る。
芙蓉「あの子が! あの忌み子が妖魔に何か指示してわたくしを襲わせたのです!」
花蓮は驚いて咄嗟には反論できない。
花蓮モノ(まさか……無能の私が妖魔に指示なんてできるわけないのに……こんなところでも私をおとしめようとするだなんて)
芙蓉「それで得体の知れない呪われた力でわたくしを助けたように見せて、自分の株を上げようとしているのでしょう。本当に、我が家の恥晒しの忌み子が失礼いたしました」
花蓮「ち、違います。私はそのようなことは……」
芙蓉「この期に及んで言い訳するつもり!? 嫌! ちょっと、その穢らわしいからだを晒さないで! 早く封首と封掌をつけなさいよ!」
金切り声を上げて花蓮を罵倒する芙蓉。一朔はその様子を見て不思議そうに首を傾げた。
一朔「違うだろう。そこの令嬢は妖魔の力を弱らせただけのように見えたが。純粋にお前を助けたのではないのか?」
芙蓉「隊長様! 信じてくださらないのですか?」
芙蓉は一朔に縋りつくように両手を伸ばす。だが、一朔はそれを振り払い、その長い足が作り出す大きな歩幅で花蓮の近くへ寄ってくる。花蓮の心臓はバクバクとうるさい。一朔は花蓮の頬をさらりと撫で、剣呑な鋭い目線を向ける。
一朔「お前、妖力の流れが人と真逆だ。本当に人か——?」
ナレ(和國には古くから、民を襲う厄介な存在がいて、それからどのようにして身を守り、安寧を手にするかが繰り返し検討されてきた。その厄介な存在が「妖魔」。妖魔は妖術を使い、時に人間を痛めつけ、時に農作物を枯らし、街中を壊滅状態にして、人間の生活を邪魔してきた。その度、妖術を扱える数少ない人間が妖魔を倒し、平穏を取り戻す。いつしか、妖術使いは権力を手にし、日本における「貴族」として特権階層へと成長した)
◯常盤家物置小屋・朝
花蓮はボロボロの平べったい布団でハッと目を覚ます。見慣れた天井、埃臭い今は使わない日用品や古本の数々。首には封首というチョーカーがきつく巻きつけられ、両の手には封掌という黒い手袋。いつも通りの朝を、淡々と受け入れる。
花蓮モノ(早く掃除を始めなくては、また怒られてしまう)
慌ててボロ着に着替え、物置を飛び出し、外にある手押しポンプの井戸から冷たい水を汲む。徐々に起きてきた他の使用人たちが遠巻きから陰口を言っている。雑巾をしぼり、廊下を磨き始める。
花蓮モノ(皮肉だけれど、封掌のおかげで手荒れしないから、まだよかった)
使用人頭「花蓮様、廊下の掃除が終わりましたら、枯れ葉をはいておいてください」
話すのも嫌というように、用件だけ伝えてそそくさと離れていく使用人頭。そこに、起きたての双子の妹、芙蓉がやってくる。
芙蓉「あら、ごきげんよう、お姉様。今日もきったない雑巾で遊んでいらっしゃるのね。とってもお似合いよ」
花蓮「おはようございます、芙蓉様」
花蓮モノ(今日は朝一発目から罵声ではなくてよかった。機嫌がいいのかしら)
黙々と掃除を続ける。芙蓉がニヤリと笑ったのが見えた。次の瞬間、ドテッと派手に大きな音を立てて、芙蓉が廊下に倒れ込む。物音に驚いた使用人がわらわらと集まってくる。
使用人1「お嬢様! どうかなさいましたか?」
使用人2「きゃあ! 倒れていらっしゃるわ!」
芙蓉「お姉様がきちんと雑巾をしぼらないから、滑ったじゃないの!」
バチンと大きな音で、芙蓉は花蓮に平手打ちをかます。使用人たちは何もせず遠くから見守っているだけ。
花蓮「申し訳ございません」
芙蓉「謝って済むと思わないでちょうだい! わたくしはあんたと違って妖術が使えるの。怪我でもしたらどうするのよ!」
花蓮モノ(機嫌がいいわけではなかったのね……こうなったら、ひたすら謝って耐えるだけ)
花蓮「申し訳ございません」
芙蓉「ほんっと、これだから忌み子は! 何の役にも立たないなんて、家畜以下ね」
芙蓉が花蓮の封首をぐいっと引っ張る。花蓮は息が苦しくなって呻き声を上げる。
花蓮モノ(これが私の日常。緑を操る妖術の名家、常盤家の長女として生まれたのに、妖術が使えない私は、ずっと使用人のように扱われている)
◯回想・常盤家大広間・10年ほど前
大広間には、常盤家の親戚が一堂に会し、当主である父の前には銀色の器が置いてある。器には聖なる酒がなみなみと注がれている。
常盤家当主「これより、常盤花蓮と常盤芙蓉の『見魂の儀』を開始する」
本来、姉の方が立場や能力が上であると考えられるため、儀式を一緒に行うときは年下である芙蓉から。当時5歳の芙蓉は渡されたナイフで指先を切りつけ、真っ赤な血を酒に垂らす。すると、芙蓉の明るい茶髪が風に舞い上がり、ペリドット色の瞳がキラキラと輝いて、酒はみるみるうちに鮮やかな緑色に変わっていった。
当主「おお! 芙蓉は見事、緑の魂脈を開花させた! 妖力も申し分ないだろう。次は、花蓮、お前だ」
芙蓉と花蓮は交代し、同様にナイフで指先を切って血を垂らす。しかし、酒の色は変わらず、その夜空のような髪が広がることも瞳がきらめくこともなかった。当主も二人の母も真っ青になり、大広間にいる親戚も唖然としている。
当主「魂脈が……ないだと? 直系の娘だぞ!?」
母「う、嘘でしょう? 何かの間違いだわ! 無能だなんて、そんなはず」
当主「いや、妖力があれば清酒が反応するはずだ。お前は……常盤家の恥さらしだ……」
現在の花蓮モノ(あれから、芙蓉との待遇の差がだんだんと明らかになっていったのよね)
◯回想②・常盤家庭・10年ほど前、見魂の儀の後
見魂の儀以来、妖術の練習を始めた芙蓉。両親が見ているところで、一輪の花を咲かせるために蕾に妖力を込める。ゆっくりと花弁が開き、美しい赤色を見せた。さらには、その妖力が伝播していって、庭全体に行き渡り、それはそれは美しい花畑を一瞬にして生み出してしまう。
当主「芙蓉! お前は本当に才能に恵まれているな」
母「本当にすごいわ! あなたは花蓮と違って出来がいいのね」
それを縁側から寂しそうに見つめている花蓮。お付きの侍女が心配そうに花蓮の背中に手を置く。
侍女「花蓮様。旦那様や奥様の言うことはお気になさらないで。さあ、せっかくの綺麗なお花畑ですもの。遊びましょう?」
5歳の花蓮「うん……」
しかし、芙蓉への憧れから、花蓮がひとつの花の花弁をさらりと撫でると、突如として花は生気を失い、枯れてしまう。そして、今度は先ほどとは真逆に、どんどんと周りの花々も枯れていく。両親はその様子に絶句してしまう。芙蓉は泣き叫んだ。
5歳の芙蓉「お姉ちゃんがお花枯らした! ひどい! わたしが作ったお庭なのに!」
5歳の花蓮「ごめんなさい、ごめんなさい!」
現在の花蓮モノ(あの出来事が、すべてを決定的なものにした。あれ以来、私は「忌み子」と呼ばれるようになり、呪いを封じる封首と触れたものを枯らさない妖術が施された封掌をつけさせられ、絶対に外すなと言われてしまう。そして、物置部屋に隔離されるようになった)
◯常盤家玄関・現在に戻る、昼
花蓮は玄関先の落ち葉を箒ではいている。ふと、封首と封掌から激痛が走り、思わず手をグッと握ってこられる。そこをちょうど芙蓉に見られてしまう。
芙蓉「ちょっと、何やってんのよ! 早くやんなさい? 忌み子にでもできる仕事をやらせてやってるんだから」
花蓮「申し訳ございません」
チッと芙蓉の舌打ちが聞こえたと思ったら、突如としてパリーン! ドーンという大きな音が鳴り、あたりが闇に包まれる。
芙蓉「きゃあ! どうして屋敷に妖魔が!」
闇の正体は巨大な妖魔の影だった。屋敷の結界が破れている。何事かと屋敷から人がわらわらと出てきて、状況を把握すると、妖術を使える人員が集まってきた。
使用人頭「討伐軍隊に出動要請を!」
芙蓉始め、常盤の家の者で協力して妖魔に妖術をぶつける。地面から生えたツタがみるみるうちに成長していき、妖魔縛りつける。花蓮は少し離れたところでそれを眺めている。
花蓮モノ(緑の魂脈を持つ常盤家の者は、生命力を高める癒しの妖術を得意とする。その分、妖魔の討伐に向いた攻撃力は持っていないことがほとんど。討伐軍隊到着まで持つといいけれど……)
芙蓉たちが出したツタが妖魔の口元まで届くと、妖魔はそれを食べ始める。すると、妖力を糧にしているのか、妖魔がさらに巨大化して芙蓉に襲いかかってきた。
芙蓉「い、嫌!」
咄嗟に花蓮が芙蓉の前に両手を広げて立ちはだかり、妖魔の体当たりを受け止める。
花蓮モノ(ああ、私、死ぬんだ……最後くらい、お役に立てたかしら……)
ぎゅっと目をつむると、封首がパーンと弾け飛び、妖魔に触れた手袋がビリビリに破ける。素手で触れる状態になった途端、花蓮はからだから何かの流れが飛び出していくのを感じて、妖魔は力を失ったようにみるみるうちに小さくなっていった。そこに、ちょうど到着した妖魔討伐軍隊隊長、薄氷一朔が華麗にとどめの一撃を刺す。遠くから氷の妖術を使い、妖魔は凍ったと思ったら、スゥっと消滅した。妖術の発動時、一朔の瞳に氷の結晶のような紋様が浮かび、薄水色にきらめく。白銀の髪はさらさらと風になびき、それはそれは美しくて格好いい。そんな一朔に思わず見惚れる花蓮や芙蓉、そして周りの者たち。
一朔「常盤家の者はいち早く結界の修復に取りかかってくれ。また——討伐軍隊として、現場の調査をさせてもらう。事情を説明できる者は?」
芙蓉がすっと進み出る。
芙蓉「あの子が! あの忌み子が妖魔に何か指示してわたくしを襲わせたのです!」
花蓮は驚いて咄嗟には反論できない。
花蓮モノ(まさか……無能の私が妖魔に指示なんてできるわけないのに……こんなところでも私をおとしめようとするだなんて)
芙蓉「それで得体の知れない呪われた力でわたくしを助けたように見せて、自分の株を上げようとしているのでしょう。本当に、我が家の恥晒しの忌み子が失礼いたしました」
花蓮「ち、違います。私はそのようなことは……」
芙蓉「この期に及んで言い訳するつもり!? 嫌! ちょっと、その穢らわしいからだを晒さないで! 早く封首と封掌をつけなさいよ!」
金切り声を上げて花蓮を罵倒する芙蓉。一朔はその様子を見て不思議そうに首を傾げた。
一朔「違うだろう。そこの令嬢は妖魔の力を弱らせただけのように見えたが。純粋にお前を助けたのではないのか?」
芙蓉「隊長様! 信じてくださらないのですか?」
芙蓉は一朔に縋りつくように両手を伸ばす。だが、一朔はそれを振り払い、その長い足が作り出す大きな歩幅で花蓮の近くへ寄ってくる。花蓮の心臓はバクバクとうるさい。一朔は花蓮の頬をさらりと撫で、剣呑な鋭い目線を向ける。
一朔「お前、妖力の流れが人と真逆だ。本当に人か——?」



