翌日、さぶが部室を訪れるようになって四日目。
 またさぶは首元にメモ用紙をかけて部室に来たが、今日のメモはいつもと少しだけ違った。いや、違うというか逆に同じだった。


『私の夕ご飯はどこですか? ヒント:この大学の学生が食事をする場所の真ん中』


「このメモ帳、一日目と同じじゃん」

 一日目と同じにも関わらず、わざわざもう一度新しい紙に同じことを書いている。その状況が不思議で、怖いのに……どこかさらに真相が気に始めている自分がいた。

「にゃあ」

 今日もさぶは呑気に鳴き声をあげて、伸びをしている。

「ねぇ、さぶ。貴方にこのメモ帳をつけたのは誰?」
「に……」
「に?」
「にゃああああ!」
「だと思ったよ! にゃあ以外言うはずないよね!? 何でちょっと言葉を溜めたの!?」

 いつも通りの会話。まだ出会って四日なのに、いつも通りという言葉が相応しいくらいに、さぶとの生活に慣れていた。

「はぁ……本当に誰なんだろう?」
「にゃぁ……」
「心配してくれるの?」
「……」
「してないんかい!」

 そんな会話をして、いつも通りメモ用紙に書かれた内容に従う。一日目と同じ大学の食堂に向かって、一日目と同じ机の下を覗く。

「え、ない……」

 1日目と違って、その場所にさぶのご飯がないことで一気に恐怖が心に浮かび上がって来てしまう。
 少しだけ心の奥が冷え始めるような恐怖心を味わっていると、突然後ろから声をかけられた。

「もう食堂は閉まっているわよ?」
「きゃあああああ!!!」

 怖い気持ちを抱えている時に突然後ろから話しかけられたので、驚いて大きな声で叫び声をあげてしまう。
 私の叫び声に相手まで驚いて「きゃ!」と声を上げたのが分かった。咄嗟に振り返ると、そこには食堂のおばちゃんが立っている。

「急に叫んでどうしたの!? びっくりしたじゃない!」
「すみません……!」
「もう食堂は閉まったけれど」
「ちょっと探し物をしていて……」
「あ、もしかして、これかしら?」

 食堂のおばちゃんが厨房の裏に一度戻ると、すぐに一日目と同じお皿に入ったさぶの夕ご飯を持って来てくれる。

「さっき見つけて、何か分からないから回収しておいたの」
「ありがとうございます!」
「にしても変わった落とし物ね……」
「あはは……」

 見知らぬ食堂のおばちゃんに説明するのも変化と思うと同時に、誤魔化す言葉も上手く出てこず、変な笑いで誤魔化してしまう。そのまま部室にささっと戻ろうとすると、食堂のおばちゃんに呼び止められた。

「その格好のまま帰るの? 今日は寒いから気をつけなさいね」

 「なんて優しい人」と心の中で一気におばちゃんに親近感が湧いたのが分かる。

「大丈夫です。部室に戻るだけなので。ありがとうございます」
「部室? サークルに入っているの?」
「私は和楽器サークルで……」

 私の言葉におばちゃんが驚いた顔に変わる。

「お琴の子?」
「え?」
「ああ、ごめんなさいね。ここからお手洗いに行く時にたまに和楽器サークルの部室の前を通るのだけれど、綺麗なお琴の音が聞こえることがあって……」

 そのおばちゃんの言葉の言い方は嫌悪感でも、ただの事実でもなく……少しだけ嬉しそうだった。

「私もむかしお琴を習っていたの。だから貴方の部室の前を通るたびに懐かしくて、たまに聴き入っちゃうの」
「ありがとうございます……」

 突然褒められて、小さな声でお礼を言うことしか出来ない。

「呼び止めてごめんなさいね。早く部室に戻りなさい」

 おばちゃんに(うなが)されるまま、食堂を(あと)にする。どこかふわふわとした感覚のまま部室に戻ると、さぶが私を出迎えるように「にゃあ」と鳴いてくれる。
 その声でやっとハッと我に返るように自分の感情が分かった。

「ねぇ、さぶ。私の琴を聞いてくれる人もいたんだね」
「にゃあ」
「なんか結構嬉しかったかも」



 次の瞬間、聞こえたのは……






「やっと気づいたかにゃ」






「え!?」






 一瞬さぶが人間の言葉を話したのかと思ったが、ひょこっと部室の窓から顔を出したのは……葉乃だった。

「葉乃!? 何でここにいるの!?」

 私の問いに返事をせずに、葉乃は慣れた手つきでさぶを持ち上げる。




「さっきぶりだね、『サブレ』」


「サブレ!?!?」




「美花がサブレのことをさぶって呼んでいるのを聞いた時は、何かのギャグかと思ったよ」




 そう言った葉乃はあまりに優しい笑顔を私に向けていた。





「さて、種明かししますか」

 


 今、謎が解けようとしている。