「よろしくお願いします、浦野征仁(うらのゆきひと)先輩」

色素の薄そうな髪色に光るような茶色の瞳。
外に出たことないんじゃないかってぐらい白い肌。
どこを取っても艶めかしくて俗にいう美少年って奴だと思う。
今目の前にいる、天音泉(あまねいずみ)って奴は。

「え…?今なんて言いました…?」
「だからな、天音が次の追試不合格だったら留年なんだよ」

プリントを出しに行った職員室で呼び止められた、これは去年の担任だった本郷(ほんごう)先生。ガッチガチの筋肉は日々鍛えてる自慢の肉体で、国語の教師なことを疑いたくなる。

「いやいやいや、だからってなんで僕なんですか!?意味わからないんですけど!しかも後輩の、1年の勉強見ろってっ」
「1年前にやってるんだから過去問だろ?」
「そうゆうことじゃないですよ!どうして僕が…!?」

そんなことをしなきゃいけないのかって話で。
留年しようがしまいが俺には関係ないし、てゆーか天音のこと今知ったし今紹介されただけだし何の思い入れもなっ

「だって浦野、学年トップだろ?」

……。
それ言えば、いいと思ってません???
そうなんですけど、それはそうなんですけど勉強くらいしか取り柄がありませんからね、美少年でも何でもない凡人なんで。

「だから頼んだよ、去年の担任のよしみでさ」
「あのっ」
「可愛い後輩1人救うと思ってな!」
「だからっ」

別に親しみ持ってない担任と特に付き合いもない後輩の手助けをする義理なんかないと思うんだけど、立ち上がったついでにポンッと肩を叩かれ話が勝手に終わったから。
…え、本当に?まだやるとも言ってないんだけど…?
チラッと横を見れば無駄にキラキラした天音が無表情でこっちを見ていて。

「よろしくお願いします」
「いや…っ」
「浦野征仁先輩」
「…っ」

1ミリも表情を崩さない姿に、やたら圧力を感じて脅されてるのかと思って断り切れず頷いてしまった。

「………はい」

こんなにキラキラオーラ放ってるのに表情は一切動かず、それが異様に怖かった。一点をじっと見つめるみたいな視線がとにかく怖くて…
大丈夫か?教えられる?不安しかないけど…
あと俺より身長高くてマジでスペック高過ぎる。


****


「追試は数学でいいんだよね?」
「はい」

断れないのでそのまま、自習室へやって来た。
仕切りの付いた机は閉塞感があって勉強しやすいのと、狭いけど2人くらいぎゅぅっとすればどうにかなるかなって。だから自習室の隅っこ、なるべく邪魔にならないところに座った。

「じゃあテスト範囲のここからやっていこうと思うんだけど」
「はい」
「まずここね、ここはこの数式の基礎で…」
「はい」

…返事はいい、言ったことすべてに返事をしてくれるから聞いてはくれてるんだと思う。

「この数字はここから出た数字を使って解く、ここが間違えやすくてこれがこの数式のポイントなんだけど」
「はい」
「…わかった?」
「はい」

…本当に?
説明はちゃんと聞いてくれるし、返事もしてくれる。
だけど全然伝わってる気がしない。さっきからまったくもって表情が変わらないから。

「あの、本当に伝わってる?」

ピクリともしない表情に不安を覚えるぐらい、しかもじーっと見られてちょっとやりづらい。

「わからないとこあったら言ってね、ちゃんと説明するから」
「わかります」
「そう?ならいいんだけど」
「浦野征仁先輩の説明わかりやすくて助かります」

そんな素振り一切感じないけど、まるで台本を呼んでるかのような言い方をするから。それは表情だけじゃない、話し方も淡々として…

「ってフルネームはやめてくれないかな!?それは恥ずかしい!」
「そうですか?本郷先生からそう紹介されたので」
「だとしてもあんまりそのまま呼ぶ人いないよ!」
「そうですか…」

教科書の次のページをめくる。
フルネームじゃなかったら苗字とか、名前とか、何でもあるだろと思いながら次の問題に取り掛かろうと思った。

「じゃあなんて呼べばいいですか?」
「……。」

思ったのに、そう切り返されると思わなくて。わざわざそんな質問をされるとは思ってなくてペースが乱される。

「…何でもいいよ」
「でも浦野征仁先輩じゃダメなんですよね?」
「だからそれは苗字とか名前とか…」
「普段は何て呼ばれてるんですか?」
「普段?友達にはゆき、が多いかな」

2文字ぐらいが呼びやすいんだと思う、昔からそう呼ばれることが多くって結構慣れ親しんだあだ名だ。
だからそれで呼ばれるなら全然、フルネームで呼ばれるよりかは全然…

「ゆき先輩」

圧っ!!!!!
くすりともしないその表情で言われるのは正直、怖かった。
真顔で名前呼ばれるのってこんな怖いんだ、やばいゾクッって背筋凍った。
あとすごいこっち見てくるのどうにかならない?その視線も怖いんだけど。

「じゃあ…次はここね」
「はい」

と、とりあえず勉強を進めよう。
呼び方とかどうでもいいんだ実際、仲良くなろうとか考えてるわけじゃないしまずは勉強を教えることだから追試までの期間だけなんだから。

「ここはさっきの数式の応用ね、ちょっとやってみて」
「はい」

天音がシャーペンを持ってノートに式を書いていく、教えた通り問題を解こうとして…手がわりと序盤で止まった。

「……。」
「…。」
「……。」
「天音?」
「わかりません」

表情、無!!!
わかりましたって言う時もわかりませんって言う時も同じ顔してるんだけど。
いや、わかる。気持ちはわかる。
俺だって天音の立場だったらそうだ、初対面の先輩にいきなり勉強教えられるってそれは…

「あの…天音、もうちょっと何か反応してくれない?」
「反応?」

だけど、俺だって同じだからね。初対面の後輩に勉強教えてるんだから。

「嫌々勉強させられてるのはわかるんだけど、そこはもう少し…」
「嫌じゃないですよ」
「え?」
「すごくありがたく思ってます」

…そうは全く見えないんだけど?
天音は人より瞬きも少なくて口の動きが乏しい。抑揚のない声は聞きやすいのが余計に冷ややかに感じて。

「すみません…僕苦手なんです、感情を表に出すの」

真っ直ぐ目を見るから、それがさらに威圧感を与えるみたいに思えて…

「だからすみません」

……。
やっぱり無表情で何を考えてるのか読めない顔をしていた。
怒ってるのかも悲しんでるのかもよくわからない表情で謝られるのって…俺もどう返していいのかわからん。じっと見つめられて、じりじりと追い詰められてるみたいな。

「いや、それは…ごめん」

とりあえずは俺も謝っておこう、俺もよくなかったと思うし勝手に天音のこと決めつけてたし。ほら人には得意不得意があるんだ、だからそうゆうことだきっと。

「すみません」
「…うん」

あんまり謝られてる気にもならないけど、その顔だと。
もういいや、今は勉強!さっさと終わらせればいいか!

「追試は来週だよね?」
「はい」
「ならまだ時間はあるし、基礎をも少し丁寧にやってもいいか」

追試まで約1週間、放課後1時間半勉強を教えるだけ。
そう考えればそんな長い拘束時間でもないし、勉強するのは嫌いじゃないし、だから…

「ゆき先輩こそ嫌々やらされてるのにすごいですね」

そんな無で言われるとね?
にこっと笑って見せてはいるけど、せっかく折り合いつけた気持ちがちょーっと飛び出しそうになっちゃうっていうか。

「…流れとは言え1回引き受けたことはやり遂げないと失礼でしょ」
「真面目なんですね」
「……。」

表情もだけど、表情だけじゃない。
言い方も、声のトーンも、ついでにその視線も。
ちょうど刺してくるんだ、言われたくないとこを狙ってくるみたいに。

「悪かったね、それしか出来ないんだよ」

俺だってこんな言い方になって、大人ぶって笑って見せてた表情が歪んで眉間にしわが寄る。なるべく抑えてたつもりなのに声に力が入って、これで言い合いになったりしたらどうしよなんて…

「褒めてるんですよ!」

って、思ったのに急に感情のこもった声が返って来た。相変わらず表情は無だったけど。

「褒めてます、すみません」
「いや、謝らなくても…」
「褒めてます、ゆき先輩のこと」
「うん、それはありがとう…」
「褒めてます」
「……。」

じっと見られ続けて最後は何も言えなくなって、言い合いになるどころかすーっと吸収されていった。
まだ話して30分、たった30分と言えばそうなんだけど…
つかみどころのない天音を理解出来る日は来るのか???
前途多難過ぎるだろ!


****


やっぱり引き受けるんじゃなかったかな、でも断り切れなかったっていうか…半ば押し付けられた感じもするけど。
今日も放課後は勉強を教える予定だ、会話詰まったりしないかな?別に勉強するんだからわざわざ話さなくてもいいのか?
いや、でも全く話さないって言うのも態度悪く見られたらなぁ…ってなんで俺の方がこんなに悩んでるんだ。頼まれただけなのに、天音が留年しても俺には何の関係もっ

「お前調子乗ってんなよっ!」

教科書をスクールバッグに詰めていると廊下から怒鳴る声が聞こえた。この声は知ってる、クラスの奴だ。
放課後早々何があったんだ?そんなケンカすること…

「天音っ!」

何気なく覗いてみたら廊下の壁に追い詰められて無表情で立たされていた。

「天音、何してんだ…っ」
「ゆき先輩…」

きっと状況はよくない、俺の声で振り返ったクラスメイトの眉は吊り上がっていたから。

「何こいつ、ゆきの知り合い?」
「あ、うん…そう!」

うんうんと頷いた。何をしたか知らないけど、どうにかこうにか俺の知り合いってことで丸く収められないかなって。

「悪い、何かあった!?」
「すげぇ睨んで来たから、真顔で煽ってきて舐めてんのかと思って」
「…ごめん」

その気持ちはわからなくもない、俺もそんなこと思ってたし。あとなんか俺が謝っちゃったし。

「無駄にキレイな顔してんのもむかつくんだよ」
「……。」

たぶんそれはひがみ、無表情なのが邪魔をするけども少し愛想よくしたら可愛いんじゃないかと思う。せっかく顔がいいんだからもったいないよなって。

「俺から言っとくから、ここはあの~…っ」

騒ぎになる前に食い止めようと思って、なっと謝って見せる。なんで俺が謝らなきゃいけないんだって感じだけど、ここで揉め事も困るし。
つーか天音もう見るな!じっと見てんな、圧感じて怖いんだってば!

「わかったよ、ゆきの知り合いならまぁいいわ」
「ありがと!しっかり言って聞かせておくよ!」
「マジそれな」

うんっと大きく頷いて、なんとかクラスメイトを教室に戻した。よかった、一応はどうにかなった。
はぁっと大きく息を吐いて、今度はぐるんっと天音の方を見る。

「天音、大丈夫?何かあった…」
「……。」

いつも表情固定だから、それが天音なんだろうなってなんとなく思ってはいたんだけど。

「…ゆき先輩、心配してくれるんですか?」

その声は少しだけくぐもった音をしていて。

「え…、まぁ何もしてないのに絡まれて可哀そうだなとは…」

たぶんね、たぶん。この無表情前にしたらそうなるだろうなって予想は出来る。

「今日も自習室でいいのかなってゆき先輩に確認しようと思って来たんですけど…」
「あ、ごめん!言ってなかったけ!?」
「教室の前で待ってたら何見てんだよって怒鳴られて、調子乗ってんなよって怒られました」
「…。」
「調子乗ってないのに」
「……。」

その顔は調子乗ってるように見られる顔なんだよな、今無表情はそんな風に取られる顔なんだよ。
でも天音からしたら違うんだろ?
その顔はどんな顔なんだよ、教えてくれよ。
これはどんなテンションで話されてるんだ?嫌だった話?むかついた話?それとも…

「だからゆき先輩にも怒られるかと思いました」

一瞬、目を伏せた。すっごいわかりづらいけど初めて動きが見えたように思えて。

「助けてくれてありがとうございます」

伏せた目が俺を見て、微かに口角が上がった気がした。
その瞬間、わかっちゃったんだ。聞かなくても伝わってしまった。
天音泉はこーゆう奴だってこと。

「ふっ」
「なんですか?」
「ふふっ」
「どうかしました?」
「ははははっ」
「急に何かありました?」

慌ててるように見えてずっと同じ顔してるし。

「ゆき先輩???」

そんな天音を見てたらもっと笑えてきちゃって。

「天音って自覚ないんだ」
「自覚?何のですか?」

めっちゃ無だ、めっちゃ無で俺を見てる。これが責められてるように感じるんだけど、きっと実際はそんなこと思ってない。

「怒らせてる自覚、ないの?」
「…ないですけど、怒らせてる気もないです」

天音からしたら普通に喋ってて普通に相手を見てるつもりで。

「でもいつも怒られます、なぜかわからないですけど」

今も無の状態で喋ってるから、直立不動でじっと一点を見つめるようにして。怒らせる気もないし、まさか相手が怒ってるとも思わない…なんかちょっと不憫な奴だなって。

「…ゆき先輩はなぜ笑ってるんですか?」
「え?だっておもしろいから」
「おもしろいことなんてありました?」
「あったよ!」

なんだ、そーゆう奴なんだな。天音泉は。

「そうですか、でも怒ってるより笑ってる方がいいですよね」
「じゃあ天音も笑いなよ」
「笑ってます」
「どこが!?」
「今すごい笑ってます」
「全然笑ってないけど!?」

これを本気で言ってるのがすごい。
じっと見て来る瞳は睨みを利かせて怖く感じるけど…これはたぶん、目を合わせようとしてるだけ。純粋に相手を見ようとしてるだけ。…ってことに気付いた。

「あのさ、天音」
「何ですか?」

天音の頬をぐっと掴んだ。

「笑うっていうのはこうゆうことだよ!」

歯が見えるよう頬を上げて、少しでも笑ってるように見えるように。
天音はちょっと驚いた顔をしていたけど、ほんのちょっとね?たぶん、驚いてた…と思う、たぶん。
でもそれを見て思ったんだ、天音のことが理解できたように思えた。
感情を表に出すのが苦手なだけで嫌な奴じゃないって。


****


「すごい!昨日言ったとこ全部出来てる!」
「……。」
「…。」
「…あ、喜んでます笑ってます」
「笑ってはないけどな」

両手でくいっと頬を上げた。さっき俺がしたことをマネるみたいに、笑ってますって見せてくる。

「そこまでしなくていいよ」
「そうですか?」

スッと腕を戻したらサッとリフトアップした頬が秒で返ってきて形状記憶は全くなかった。別に笑ってほしいとか思ってないからそれは本当にいいんだけど。

「教えたことはちゃんと出来るんだね」
「ゆき先輩に丁寧に教えてもらったんで」
「やればできるじゃん、これなら追試大丈夫なんじゃないの?」

まだ全然序盤だけど、テスト範囲考えたらまだあるし応用出来るようになるためにはもっと勉強が必要だけど…試験でいい点を取るのが目標じゃなくて追試をパスするのが目標なら、たぶんイケる。

「他の教科は追試じゃなかったんだよね?」
「はい、ギリギリのもありましたけど」
「何がギリだったの?」
「国語です」
「あぁー…」

なんかそれはわかる気がする、見るからに苦手そうだもん。

「国語もよかったら教えられるけど」
「本当ですか?宿題のプリント今週までなんですけど悩んでて」
「いいよ、教えるよ」

自習室の時計を見ればそろそろ下校時間になる、今からじゃさすがに時間がないから続きは明日にすることにした。
また明日自習室で、ってそう決めたんだけどー…


****


「開いてなかったです、自習室」
「マジで!?」

教室を出たところ、の少し離れたところで無表情の天音に言われた。先に行って見て来てくれたらしいが満席で使えそうにないらしい。
テストも終わったし、そんなに込まないかなぁって思ってたんだけど自習室は使い勝手がいいから勉強以外でも使う奴がいるんだよな~…

「仕方ない、適当にどっか空いてる教室探すか」

放課後使ってない教室はいくらでもある、だからその辺の空いてるところを使うことにした。誰もいなくてむしろこっちの方が静かでいいし。

「じゃあ昨日言ってた国語からやる?」
「はい、持ってきました」
「えっと、どこ?どこがわからなくて悩んでるの?」
「ここです、この筆者の気持ちを答えなさいって…」

あぁ、これか。これは自分の意見を述べてる文章だから、言い切ってる言い回しを探して…

「筆者の気持ちになってみてもわかりませんでした」
「そうやって答えるものじゃないけど!?」

プリントを見てたから下を向いてたけど思わず顔を上げてしまった、向き合って座る天音の方を見たら相変わらずの無表情で本気なのかふざけてるのかわからないけど…たぶんこれは本気だ。

「天音、これは国語の勉強だから想像力を鍛える授業じゃないんだよ」
「はい」
「国語だからね、文章を読み取る力なんだよ。この文を読んでどう感じるかじゃなくて、どう理解するかだから」
「はい」
「…わかってる?」
「はい」

本当かよっ!
さっきからずーっと同じ顔してるんだけど、本当にわかってるのか…いくらこれが天音だとしても意思疎通出来てるかは不安になる。

「国語はだいたい問題に答え書いてあって抜き取るだけなんだよ、いくつも答えがありそうに見えて案外1つしかないし」

プリントに書かれた文章を読みながら線を引く、これを書いた作者の癖を見付けて意図を汲み取れば答えは近くにある。

「これだとここ、3行目のここ!いつからだろう、ってとこから。読んでいくとわかるんだけど、最後は他の文章と違う終わり方になってるだろ?」
「そうやって解くんですね」
「逆に今までどうやってたの?」
「筆者になりきって考えてました」
「…想像力は豊かなんだな、天音は」

これでよく追試ギリ待逃れたな、数学より問題ありそうだけど。漢字の読み書きとかで点数稼いでるのかな、キレイな字してるし。

「少しわかった気がします、筆者になりきるのは難しいなと思ってたんで」
「…それは俺も難しいと思うよ」
「人の気持ちって難しいなって思ってたんで…」

シャーペンを持っていた手が止まった。表情はいつも通りだったけど、なんとなくいつもと違う雰囲気を感じたから。

「どうかした?」
「…僕、感情を表に出すのが苦手なんですけど」
「うん、それは知ってる」
「そもそも感情も人より乏しくて」
「…うん、そうだな」
「……。」

え、急な無言?
2人だけの空き教室で急な静けさはどうしようか迷う、俺なんかまずいこと言った!?頷いちゃいけなかった!?
そのままを言っただけだったんだけど…っ

「どうしたら人を好きになるんだろうって、思うんですよね」

窓から入って来た風で髪が揺れていた、色素の薄い茶色の髪は太陽の光に反射して光って見えた。
キレイだなぁって見入ってしまうほどに絵になるから。
窓の外を見ながら机に頬杖をつく姿が、映える。

「え、なんて???」

映画のワンシンーンぐらいキレイだったから全然頭に入って来なかった。アンニュイな雰囲気を出すのが上手過ぎる、こんな美少年が言うセリフなのかそれは。

「人を好きになる気持ちがわからないんですよね」
「……。」
「みんな恋人いて楽しそうだなぁとは思いますけど」
「…そうなんだ」

これ言ってる顔は全部無なんだけど、全然楽しそうって思ってなさそうなんだけど。でも天音でもそんなこと思うことあるんだ、そうゆうの考えるんだ。

「よくドキドキするって言うじゃないですか」
「あぁー、手繋いだ時にドキドキしたみたいな?」
「そうなんですか?ゆき先輩もドキドキしましたか?やっぱり好きな人って…っ」

ぐいぐいと詰め寄ってくる、表情は無なのに身を乗り出すように近付くからじっとロックオンされたみたいにある意味ドキドキしちゃいそうな。だからバッと開いた両手を前に出した。

「知らない、知らないよ!?俺もそんな相手いたことないから詳しくは説明出来ない!」
「……。」
「…。」
「……。」
「ゆき先輩絶対モテるのに」
「なめてんのか?」

めちゃくちゃ溜められた間がすっげぇ腹立った。絶対そんなこと思ってないだろ、可哀そうと思って言っただろ。

「モテるのは天音だろ」
「なんでですか?」
「なんでってそうだろどう考えても」
「考えてもゆき先輩ですよ」
「は、本気で言ってる?」

何言ってんだよって天音の顔を見た、だけどじぃっと俺を見つめてたから。

「ゆき先輩優しいですから」

睨みつけてる目じゃない、純粋で素直な眼差しで。

「先生に言われただけなのに丁寧に勉強教えてくれるし、怖い先輩に絡まれてたら助けてくれるし、僕と喋ってても怒らないし、すごい優しくて、今まで出会った人中でもすごく優しくて、本当にいいところしかないです」

圧が、強い…!!!
一定のリズムでここまで喋れるのがすごい、モールス信号でもう少し乱れてるだろ。この表情と声からは全く感情は伝わってこないんだけど…

「ありがと天音」

気持ちは十分伝わった。今のは本気だったって十分伝わった。

「でもちょっと近い、かな」
「すみません」

スンッと戻っていくのも無過ぎて、表情や声には出ないけど体にはまだ出やすいらしい。あくまで当社比だけど、微動だにしないことも多いし。
でも天音のことは少しずつわかってきたから。

「でも天音のが絶対モテると思うよ、その顔よく鏡で見てみなよ」
「よく怖いって言われます」
「…そっか」

それを言われたら俺も最初はそう思ってたっけ?
眉ひとつピクリとさせない表情が何を考えてるのかわからなくて怖いからなぁ、顔はいいんだけどなんか損してるっていうか生かしきれてないっていうか…

「でも意外とおもしろいと思うよ、天音は」
「そんなこと初めて言われました」
「不憫でおもしろいなって」
「不憫でおもしろい…?全く意味がわからないんですが」
「いい意味だよ、いい意味で!」
「不憫にいい意味ってあるんですか?」

表情は変えないけど不満そうにしてるのはわかった。
わかりにくい奴って思ってたけど案外見てたらわかるかも、それに気付き出した自分もいて無言の圧をかけてくる天音にも笑いそうになった。

「笑う練習してみれば?そしたらモテるよ、簡単に」
「別にモテたわけではないです」
「そうなの?」
「恋に憧れてるだけです」

全然そんな顔してないけど憧れてるんだ、それを淡々という姿さえも今やおもしろくなってきてる。
ふって声が漏れちゃって、俺の方が笑ってしまった。

「でも天音が笑ったらすぐ恋に落ちるよ、いとも簡単に恋が始まるよ」

悪い奴じゃないしね、良い奴だから天音は。
恋だってすぐ出来るよ。


****


あれから毎日勉強に付き合って、1週間。いよいよ明日は追試の日だ。

「たぶん天音なら大丈夫じゃないかな」

今日の勉強会を終え、下駄箱に向かって階段を下りていた。天音の解答用紙を見ながら間違えそうなとこはどこか最終チェックをして、明日の追試に備えてアドバイス出来ることはあるかなって考えながら。

「うん、いいと思う!ずっと同じとこでミスしてたとこも出来るようになったし」
「そこ不安なんです、いつも数字引っ張ってくるとこ間違えてしまって」
「もう癖ついてるんだよなー、勝手にそう覚えちゃってるから」

トンッと最後の階段を下りて、そのまま少し振り返って解答用紙を返した。

「不安になったら1回深呼吸して考えてみるといいよ、落ち着いて考えられるから」
「わかりました、やってみます」

階段を下りて右に曲がれば下駄箱はすぐそこで。
2年の下駄箱は1年の下駄箱を通り過ぎたずっと向こう、1年の天音とはここで別れてスタスタと歩いて先にある2年の下駄箱の方へ。
1週間教え切ったし、俺的にも励んだつもりだから受かってくれるといい。知らない後輩の留年とかどうでもいいと思ってたけど、さすがにもうそんな風には思えないしちゃんと進級出来たら…いいと思う。
それで無表情で笑ってくれたら、文章の意味わからないけど笑ってくれたら。
天音が笑ってくれたらー…

「ゆき先輩…!」

手を掴まれた、グイッと引っ張られて引き戻される。わっとバランスを崩しそうになりながら振り返って天音の顔を見て目を合わせた。
さらにぎゅっと手を握られる、その瞬間天音の温度が伝わってくるみたいで。

「ありがとうございました、ゆき先輩」

にこっと微笑んだ、俺に向かってやわらかい表情で笑った。
それは初めてみる表情で、体中に衝撃が駆け巡るみたいにチカチカした。

「あ、人の手って温かいんですね」

天音がチカチカしてる。星が降るみたいに眩しくて。

「ゆき先輩の手、温かいです」

ドキッと、心臓が震えた。まるでスイッチが入ったみたいに急に動き出したから。
いや、待ってなんだこれは?なんでこんなに心臓がうるさいんだ?
天音の笑った顔を見て何かを抑えきれなくなった心臓が動き始めたみたいに、ドキドキしてー…

“手繋いだ時にドキドキしたみたいな?”

は、なんで俺が!?
どうして天音に触れられてこんな…
自分でもわからない、止め方もわからない、それなのになり続けるから。
わけがわからなくて見上げる、天音の顔をもう一を見て。

「ゆき先輩、明日がんばります」

にこりと笑うから、さらに加速して止められなくなる。
なんでだ?何が起きてるんだ?
どうしてこんなに、ドキドキしてるんだ?
これは、なんで…

“でも天音が笑ったらすぐ恋に落ちるよ、いとも簡単に恋が始まるよ”

は?はぁぁぁぁぁぁ!!?