――放課後。
 私と敦生先輩は、肩を並べて校門を出た。
 通学路に吹き付ける風が冷たくて、マフラーに顔を埋めるように巻き直した。
 その延長線上で、敦生先輩をチラッと見つめる。

「あの……さ。敦生先輩」
「ん?」

 彼は横目で私を見た。
 ここ数日間、私たちの関係がギスギスしているせいか、その目線だけでも胸の奥がぎゅっとなる。

「偽彼女、私じゃない方がよかったんじゃない? たとえば……綾梨さんとか」

 しどろもどろな口調で言った。
 頭の中は、綾梨さんのことで目一杯だった。

「どうしておまえが綾梨の名前を?」

 彼は目をハッとさせた。
 思わず気まずくなって俯く。

「まっ、繭花さんから聞いて……。だって、好きなんでしょ?」

 手が震えたので、マフラーをギュッと握った。
 ここまで言うつもりはなかったけど、私が偽彼女でいることにズレを感じていたから。
 余計なことだと、わかっているけど。

「そうだけど……。できない」
「どうして?」

 彼は空を見上げて白い息を吐いた。
 空に浮かんでいる雲と繋いでいるかのように。

「そんなに、偽彼女やりたくないの?」

 その言葉が、喉の奥を締めつける。
 
「あたりまえでしょ? 敦生先輩と関わってから、散々な目に遭ってるし」
「あははっ、俺が嫌なんじゃなくて」

 風で髪が揺れ、心を揺さぶる。

「そっ、それは先に言うつもりだったの!」

 私ったら、なに言い訳してるのよ。
 意識……してるみたいじゃない。

「じゃあ、今度のマラソン大会で50位以内に入ったら、偽恋人を解消してあげる」
「え、ホントに?」
「まぁ、普通に考えても無理だろうな。その貧弱な足じゃ」

 彼の目線は滑るように私のふくらはぎへ。
 私は手でさっと覆う。

「なによ! やってやるわよ。50位以内くらい!」
「へぇ〜、マラソンに自信あるんだ」
「なっ、ないけど。私だって本気出せば」

 ムキになって言い返すと、ブレザーのポケットを触っている彼の顔が急に青ざめた。

「……イヤホンが、ない」

 彼は両ポケットをガサガサと漁るが、見つからない。

「ポケットに入れてたんじゃなくて?」
「どこかで落としたのかも」
「じゃあ、学校に戻ってみよう」

 私たちは来た道をUターンして、校舎へ向かった。
 二人で教室内を探すが、見つからない。

「もしかして、体育とかあった?」
「五時間目に。あぁ〜、更衣室に落としたのかも」
「じゃあ更衣室を見てきたら? 私、その間に別のところを探してくる」

 私たちは教室で別れて、それぞれ別の場所を探すことにした。
 廊下や職員室。周りの人たちに聞いたけれど、見つからなかった。

「はぁ……。このまえカフェで落としていたから、また落としちゃうんじゃないかと心配してたけど、やっぱり」

 肩を落とし、窓の外を見ると、ごみ集積所が目に入った。
 そこは、全学年のゴミが全て集まっている。
 もしかしたらと思い、踵を返した。

 集積所に着き、冷たい風に煽られながらゴミ袋を開け、手を突っ込んだ。
 生ゴミの香りに加え、近くに集る虫。
 手で追い払いながら探すが、出てくるのは紙やティッシュやお菓子の袋ばかり。

「はぁ〜、どこに行っちゃったんだろう……」

 同じ場所で探していたせいか、汗や寒さで手がかじかんだ。
 途中、ゴミ袋が破れ、食べ物の汁で手がベタベタに。

 残り十袋くらいのところで、ビニール越しに小さな白い物体を見つけた。
 開けてみると、壊れ具合から敦生先輩のものと確認した。

「あっ、あったぁー! ようやく見つかったぁ」

 なぜこんなところに、と思う前に、見つかった喜びの方が勝っていた。

 笑顔のまま動いたら、キラキラとホコリが舞い、軽くむせた。
 敦生先輩、きっと喜ぶだろうな。

 すかさずLINEを打った。
 5分もしないうちに、はぁはぁと息を切らしながら到着した彼。
 ゴミまみれの私を見て、驚いている様子。

「敦生先輩〜! イヤホンあったよ。このゴミ袋の中から見つかったよ」

 ゴミ山の前で立って、笑顔で両手にイヤホンを掲げた。
 敦生先輩は信じられないといったような表情で私に近づき、私の髪についたゴミを払い始めた。

「……こんなゴミ山の中から探してくれたの?」
「うん、そう。掃除のときに紛れちゃったのかな。ふとしたタイミングで、イヤホン落としちゃったのかもしれないね」

 私はイヤホンを渡すと、彼は突然片手で私の頭をおさえ、自分の胸に押し付けた。
 彼の香りが、喉の奥に流れ込む。

「バカ……。こんなところまで探すなよ」

 震えている体で小さく呟く彼。
 思わず胸がぎゅっと締めつけられる。
 普段の自分なら突き放していた。
 けれど、いまにも泣きそうな声に胸が詰まる。

「だって、このイヤホン、敦生先輩にとって大切なものだったんでしょ」

 私は知ってる。
 イヤホンは、誰にも触れられてほしくない特別なものだと。
 だから、どうしても見つけてあげたかった。

 耳元に彼の鼓動が響いた。

「大切だよ。……命の次くらいにね」

 彼はそれ以上なにも言わなかった。
 指先の力が強くなり、私の鼓動と繋がっていく。
 普段向いてる方向は別々なはずなのに、いま心の中は同じ方向を向いている。

 ふと顔を傾けると、校舎の渡り廊下の窓から繭花さんが私を睨みつけていた。
 思わず心臓が跳ねる。

 もしかして、私たちのことをずっと見ていたのかな。
 『好きな人がいる人に近づくのは間違ってるよね』と言った言葉が、重くのしかかる。
 彼女はフイッと目を逸らし、静かに去った。