――吐く息の色が一段と濃くなった、12月1日。
 3年近く見慣れたこの通学路の景色を、俺はこの目に焼き付けていた。
 遠くの山には雪が被り、途中の商店街は開店準備に追われている。
 毎朝一緒に登校している三島の顔も、そろそろ見納めに。

「実は、来月の初旬にニューヨークへ行く」

 ボソッと呟くと、三島は俺の肩を引いた。

「なんだよ、それ! 聞いてない」

 不安そうに見つめている瞳に、胸が痛む。 

「言うのが遅くなってごめん。夏にはもう決まっていたんだ」

 小さく息を吐いて、胸のざわめきを落ち着かせた。
 三島には、夏頃から受験すると嘘をついていた。
 その分、驚きが半端ないだろう。

「どうして。……まさか、おまえ」

 俺は軽くまぶたを伏せて、静かに息を呑んだ。
 いつも通りの道が、今日はなぜか薄暗く沈んで見えた。

「自分から逃げるつもり?」

 一瞬、息が詰まった。
 留学を決めたときはそのつもりだった。
 過去を背負い続けることに、もう疲れていた。
 静かに首を振る。

「じゃあ、どうして里宇ちゃんとつきあったの?」
「……っ、おまえには関係ない」

 俺の言葉に、三島は眉をひそめた。

「”人を信じてみたい”って言ったのはお前だろ? なのに、裏切る気かよ」

 言い返す言葉がなかった。
 人を信じてみたいと思ったとき、信じられる人が傍にいなかったから。

 だけど、終わりが決まっていた分、気持ちは少し楽だった。
 これ以上傷ついても、最低4年は日本を離れられる。
 家族と過ごし、新生活に追われれば、辛い過去も少しずつ薄れていくだろう。
 元々、綾梨への想いを断ち切ってから、ニューヨークへ行こうと考えていた。

 でも、里宇と出会ってから、その予定が少し狂い始めている。
 まるで、自分の心を映す鏡を覗き込んでいるようだった。
 里宇に対して特別な感情が芽生えたのかもしれない。

「裏切らないよ。契約期間を終えるまでは」

 それまでは、里宇を一人の人間として信じてみたい。

「じゃあ、その後はどうするんだよ」
「まだ、わからない……」

 元々、1ヶ月間の契約だった。
 この期間を乗り越えるまでは気持ちを整理するつもりだ。

 だから、多分、いまの答えで正解。
 1ヶ月と割りきって付き合えば、日本に思い残すことはない。
 綾梨も、俺が忘れてくれることを願っている。

 ――そう思っていたのに、胸の奥に冷たい痛みが残るのはなぜだろう。

 空を見上げたら、冷たい風が喉の奥に流れ込んでいった。
 そろそろ雪が降るかもしれない。