*シェリーサイド

「お久しぶりでございます、国王陛下」
 その声に、引きずられていたシェリーはハッと顔をあげる。
 ヴェールを外し露わになったその顔に、シェリーは驚きを隠せなかった。
(エレイン……!? どうして? 死んだはずじゃなかったの!)
 シェリーたちは、形見だと大事にしていた指輪が手に入ったことがなによりの証拠だと、エレインの死について確認はしなかった。
 それに、指輪の力を手に入れたことで、王太子も父もエレインについて言及する様子がなかったため、生きていようがどうでもいいとすら思っていた。
(それが、まさか生きていたなんて……)
 シェリーは歯をぎりぎりと噛みしめた。
(どこまでも私の邪魔をして……!)
 怒りや憎悪が、黒々と渦巻いて膨れ上がっていく。
 爪が食い込むほど強く握りしめた手からは、血が滲んでいた。
(どうして! どうして、こんな女に邪魔されなくちゃいけないの! ずっとずっと! 私は世間から白い目で見られてきたの! それなのにどうして!)
 エレインの母が病でこの世を去るまでの十年間、シェリーは「愛人の娘」「成り上がりの男爵家」というレッテルを貼られ、周りから後ろ指を指されて生きてきた。
 シェリーの母・マチルダもそうだ。
 父と出会い、お互いに惹かれあっていたのに、政略結婚に阻まれ、一人でシェリーを生まなければいけなかった。
 父は自分たちの家に入り浸ってはいたが、所詮愛人であり、本妻ではない母の世間的な立場は弱く、どこへ行っても蔑むような目で見られた。
 それがやっと、エレインの母が死んだことで正式な「本妻」として屋敷で暮らせることになったのだ。
 それなのに、世間の風当たりは強く、母もシェリーも肩身の狭い思いを強いられてきた。
 その鬱憤をエレインにぶつけることで心の均等を保っていたのに、エレインが王太子の婚約者に選ばれたのだ。しかも、シェリーが選ばれなかった理由も、母が成り上がりの男爵家の出だからというもの。
 到底受け入れられるはずもないその状況を、やっとのことでエレインから婚約者の座を奪い、ようやくこの日を迎えたというのに。
(なんで死んでないのよ!)
 目の前のエレインは、見るからに質のよいシルクで、彼女のために仕立てられたことがわかるペールブルーのドレスを着て、身に着ける宝飾品はどれも最上級の逸品ばかり。
 それだけじゃない。シェリーは、パーティーが始まってからずっと、会場でひと際目を惹く、長身で見目麗しい隣国の王子アランが気になっていた。
 そして、彼がパーティーの間中、連れの女性を大事そうにエスコートしている姿を見ては、その女性が羨ましいと嫉妬の目を向けていたのだ。
 それが、まさかエレインだったなんて。
「おぉ、エレイン、無事でなによりだった。あのような形でそなたを追い出し、終いには危険な目にあわせてしまい、なんと詫びればよいか……」
「お詫びなど、とんでもないことでございます。私は、母の形見の指輪さえ返していただければ、それ以上は望みません」
(許せない……! 邪魔するだけじゃなくて私より幸せになるなんて、許せない! ――っ! そうだわ!)
 と、シェリーは少し前の出来事を思い出す。
 数週間前、とうとう始まった妃教育の講師があまりにも自分を見下した態度で気に入らず、イライラしていた時のことだ。
 心の中で(こんなヤツ、苦しんで死ねばいいのに)と悪態をついた瞬間、黒いモヤのようなものが講師を覆ったかと思うと、胸を抑えて苦しみだしたのだ。
 あまりにも突然の出来事に驚き、人を呼んで救護していたら容態が落ち着いて事なきを得た。黒いモヤもいつの間にか消えていた。
 あのときは、もしかして自分がそう思ったから起こったのでは?と恐怖すら感じたが……。
(もし本当にこの力で人を殺せるなら……、今度こそあの女を殺せる……!)
 思いついた名案に、シェリーはすぐさまありったけの憎しみを込めて心の中で念じた。
(今すぐこの女を、殺す――!)