*シェリーサイド

「シェリーこれをご覧なさい」
 母マチルダの私室に呼ばれたシェリーは、母親の手に光るそれを見て顔を輝かせた。
「お母さま! 成功したのですね!」
 駆け寄ってそれを奪い、まじまじと見る。
 くすんだ金色のシグネットリングには、植物の彫刻が刻まれているだけで、なんの宝飾もない。
 エレインが唯一身に着けていたアクセサリーに間違いなかった。
「じゃぁ、エレインはもう」
「一口でも飲んだら死ぬという強力な毒だもの、もうこの世にはいないわ。大金をはたいたんだから死んでもらわないと」
「そうよ! 殿下からもらったピンクダイヤまで手放したんだから……!」
 父と王太子がエレインを呼び戻そうと聞いたとき、怒りと共に湧いたのは恐怖だった。
 もし、エレインが戻ったら、自分は捨てられるかもしれない。
 王太子は、婚約者だったエレインをあぁもあっさりと切り捨てたのだから。
 きっと、自分よりもエレインに価値を見出したなら、彼はためらいもせず自分を切り捨てるだろう。
 せっかく手に入れた地位が、エレインによって脅かされるなど到底許せないシェリーは、すぐさまそのことを母に話し、エレインを暗殺すべく大金で暗殺を生業にしている者を雇ったのだった。
「大丈夫よ、王太子妃になればピンクダイヤだろうがイエローダイヤだろうが好きなだけ買えるわ」
(これで、王太子妃の座は私のものよ!)
 王太子との結婚パーティーを二か月後に控え、準備も着々と進んでいるというのに、この数週間生きた心地がしなかった。
 シェリーの未来を阻む者はもういない。
 ずっと腹の底に溜まっていた重石が消えてなくなり、心が澄み渡っていく。
「ふふふ、ふふっ……ふふ、あはははは! やったわお母さま!」
「さぁ、その指輪は捨てるか売るかしてしまいましょう。あの小娘を思い出して忌々しいわ」
 渡すよう言われ、シェリーは指輪をまじまじと見つめる。
 エレインがずっと身に着けて大事にしていた指輪が、なぜか特別な存在に感じられたのだ。
(そういえば、エレインに特別な力があるって殿下とお父さまが……)
 エレインがいなくなった途端にハーブが枯れ始め、エレインを取り戻そうと必死になっていた父たち。
 つまり、エレインにしかできないなにか(・・・)があったのだ。
(もしかして、この指輪が関係している? 肌身離さず身に着けていたし。……実は魔女の指輪だったりして)
 自分でも馬鹿らしい考えだと思うが、このときのシェリーは喜びのあまり気分が良かったのもあり、その指輪を自分の指にはめてみた。
「ちょっとシェリー、そんな地味な指輪あなたには似合わないわ」
 母が顰め面を向けてくるのも気にせず、シェリーはテーブルの上に飾られた生け花に向かって手を向ける。
「花よ咲きなさい! ――なぁんて」
(おとぎ話じゃあるまいし)
 と自嘲したシェリーだったが、
「「!?」」
 まだ咲いていないつぼみが、見る間にぱあっと花開いたのだった。
 目を疑う出来事に、二人は顔を見合わせる。
「お、お母さま、い、今の……っ」
「花が、咲いたわ! シェリー! 一体なにが起こったの!?」
(やっぱりエレインのハーブの秘密はこの指輪だった! あの女……まさかこんな秘密を隠し持っていたなんてやってくれるじゃない!)
「この指輪よお母さま。これがあれば、私でもハーブを栽培できるわ!」
(そしたら、王太子殿下は私を手放せなくなる!)
 開けた未来に、シェリーは目を輝かせた。