*父サイド
手紙を読み終えたジャンは、その場に膝をついた。
「なんということだ……」
首を長くして待っていたエレインからの手紙には、フォントネル家に帰るつもりは一切なく、ジャンの期待には応えられない旨が淡々と記されているのみ。
――資金繰りが厳しいとおっしゃるのなら、お義母さまやシェリーの支出から見直されることをお勧めいたします。
という憎たらしい言葉で締めくくられたそれを、ジャンは力任せに握りつぶし床に叩きつけた。
「エレインのヤツ……、この恩知らずが!」
これまで従順だったエレインの予想外の裏切りに、ジャンは込み上げる怒りで体が震えるのを押さえられない。
それと同時に、最後の頼みの綱が断ち切られ、愕然とした恐怖にも襲われる。
事業の拡大で新しく買い付けた土地に、受けた融資と、返す当てがなくなり途方に暮れるしかない。
(せめてシェリーが王太子妃になるまでは、どうにか持ちこたえねば……)
結婚パーティーまであと少し。
それまでに借金返済が滞れば、反王太子派が嗅ぎつけてここぞとばかりに悪評を広げ、最悪の場合婚約すら白紙だ。それだけは避けたかった。
(仕方ない、金貸しを頼るしかないか)
悪手だとは分かっているが、今のジャンに残された手段はそれしかなかった。
「お父さま? どうされたんですの?!」
書斎のドアからシェリーが現れる。
ノックをしろと言っているのに、いつまで経っても直らないなと、内心で溜息をつきながらジャンはやれやれと立ち上がる。
さっきまでのあれこれも、馬鹿だが可愛い娘の登場に毒気が抜かれた。
「まっ、お姉さまったら酷いのね」
ジャンが投げ捨てた手紙を、いつの間にか読んだシェリーが眉を顰める。
「でも、お姉さまが戻ったところで事業が上手くいく確証はないんでしょう?」
「まぁそうだが……、殿下はエレインには特別な力があるのではないかとおっしゃっていた」
「特別な力ですって……? なによそれ、おとぎ話の魔法使いじゃあるまいし。まったく、お父さまもダミアンさまも、お姉さまを連れ戻そうだなんて馬鹿げてるわ」
「そうは言ってもなぁ」
今さらながら、王太子に乗せられて勘当などするのではなかったと後悔は後を絶たない。
「こんな薄情なお姉さまなんてもう放っておきましょうよ。私が王太子妃になれば、黙ってても後ろ盾になりたい貴族が向こうからすり寄ってくるわ。それにもしかしたら、国王陛下がお父さまにもっと素敵な爵位を授けてくださるかもしれないし!」
「うむ……、確かにシェリーの言う通りだな。王太子妃どころか次期王妃の父になるのだからな、侯爵のままなわけがないだろうなぁ」
「そうよ、私がいるんだから大丈夫よお父さま!」
(まぁ、シェリーが王太子妃になりさえすればどうにでもなるか)
ね!と、腕に巻きついてくる可愛い娘の頭を撫でながら、ジャンはそんな風に考え始める。さっきまでの怒りや恐怖はいつの間にか消えてなくなっている。
「お姉さまなんて、もういらないのよ」
シェリーのつぶやきは、当面の金策に頭を悩ませるジャンの耳には届かなかった。
手紙を読み終えたジャンは、その場に膝をついた。
「なんということだ……」
首を長くして待っていたエレインからの手紙には、フォントネル家に帰るつもりは一切なく、ジャンの期待には応えられない旨が淡々と記されているのみ。
――資金繰りが厳しいとおっしゃるのなら、お義母さまやシェリーの支出から見直されることをお勧めいたします。
という憎たらしい言葉で締めくくられたそれを、ジャンは力任せに握りつぶし床に叩きつけた。
「エレインのヤツ……、この恩知らずが!」
これまで従順だったエレインの予想外の裏切りに、ジャンは込み上げる怒りで体が震えるのを押さえられない。
それと同時に、最後の頼みの綱が断ち切られ、愕然とした恐怖にも襲われる。
事業の拡大で新しく買い付けた土地に、受けた融資と、返す当てがなくなり途方に暮れるしかない。
(せめてシェリーが王太子妃になるまでは、どうにか持ちこたえねば……)
結婚パーティーまであと少し。
それまでに借金返済が滞れば、反王太子派が嗅ぎつけてここぞとばかりに悪評を広げ、最悪の場合婚約すら白紙だ。それだけは避けたかった。
(仕方ない、金貸しを頼るしかないか)
悪手だとは分かっているが、今のジャンに残された手段はそれしかなかった。
「お父さま? どうされたんですの?!」
書斎のドアからシェリーが現れる。
ノックをしろと言っているのに、いつまで経っても直らないなと、内心で溜息をつきながらジャンはやれやれと立ち上がる。
さっきまでのあれこれも、馬鹿だが可愛い娘の登場に毒気が抜かれた。
「まっ、お姉さまったら酷いのね」
ジャンが投げ捨てた手紙を、いつの間にか読んだシェリーが眉を顰める。
「でも、お姉さまが戻ったところで事業が上手くいく確証はないんでしょう?」
「まぁそうだが……、殿下はエレインには特別な力があるのではないかとおっしゃっていた」
「特別な力ですって……? なによそれ、おとぎ話の魔法使いじゃあるまいし。まったく、お父さまもダミアンさまも、お姉さまを連れ戻そうだなんて馬鹿げてるわ」
「そうは言ってもなぁ」
今さらながら、王太子に乗せられて勘当などするのではなかったと後悔は後を絶たない。
「こんな薄情なお姉さまなんてもう放っておきましょうよ。私が王太子妃になれば、黙ってても後ろ盾になりたい貴族が向こうからすり寄ってくるわ。それにもしかしたら、国王陛下がお父さまにもっと素敵な爵位を授けてくださるかもしれないし!」
「うむ……、確かにシェリーの言う通りだな。王太子妃どころか次期王妃の父になるのだからな、侯爵のままなわけがないだろうなぁ」
「そうよ、私がいるんだから大丈夫よお父さま!」
(まぁ、シェリーが王太子妃になりさえすればどうにでもなるか)
ね!と、腕に巻きついてくる可愛い娘の頭を撫でながら、ジャンはそんな風に考え始める。さっきまでの怒りや恐怖はいつの間にか消えてなくなっている。
「お姉さまなんて、もういらないのよ」
シェリーのつぶやきは、当面の金策に頭を悩ませるジャンの耳には届かなかった。



