*王太子サイド

 馬車から出てきたエレインを見て、ダミアンは目を見開いた。
 シンプルながらも質のよいドレスにエプロンを纏っただけの簡素な姿なのに、見違えるほど堂々とした出で立ちに息を呑む。
 ダミアンの記憶の中のエレインは、いつだって俯いて自信なさげな雰囲気をしていた。
 それが、一体どういうことだろうか。
 一目見ただけで、品位が感じられ、自信に満ちているのがわかった。
(あれは本当にエレインか?)
 そう疑ってしまうほどに、彼女は見違えていた。
 地味だと思っていたブラウンの髪は艶やかで、陽に反射して光の輪を作っているし、肌は絹のように滑らかで、頬はほんのりと染まって健康的な美しさを宿している。
 大人びた顔のエレインは、表情に乏しかったことも相まって冷たい印象しかなかったが、今はふんわりとした温かさすら感じて、ダミアンは見惚れていた。
「お久しぶりでございます、王太子殿下」
「……あ、あぁ、久しぶりだな」
 ダミアンの少し前まで来たエレインが、腰を落として礼を取る。
 そこで初めて、エレインが顔を上げてダミアンを見た。
 陽の光に照らされた彼女の瞳が、まるでオパールのように虹色に輝いて見えて目を疑う。
(な、なんだ……?)
 いつも無表情で俯いたままのエレインしか記憶になかったダミアンは、その美しさに息をするのも忘れて見入ってしまう。
(こんなに、美しかったのか、この女は)
 隣国であるここ、カムリセラ国に来るまでの長い道中、エレインに会ったらなんて言って連れ戻そうかと考えていたというのに、頭が真っ白になって言葉が出なかった。
 しばしの沈黙に、エレインが気まずそうに声をあげる。
「それで、ご用件というのは……」
 話を促され、ダミアンは咳払いを一つ。
「担当直入に言おう。エレイン、俺の元に戻ってきてくれ。俺にはお前が必要だ」
 しかし、エレインの表情が曇ったのがわかり、慌てて言葉を続ける。
「婚約破棄したことを、後悔している。もう一度、俺とやり直してほしい。側妃が嫌ならお前を王太子妃にしてもいい」
 可愛いだけしか取り柄のないシェリーよりも今はエレインの手が必要だし、なによりこの美しい女を自分の手中に収めたいと、ダミアンの心がそう渇望していた。
「……申し訳ございませんが、そのお申し出はお受けできかねます。それに、私が戻ったところで殿下のお役には立てないかと」
(しらばっくれて……。誰のせいで草が枯れたかわかっているんだぞ……!)
 ダミアンは拳を握りしめ、沸々と沸き起こってくる怒りをやり過ごす。
 ここで怒りを露わにしては、エレインは手に入らない。
 ぎりぎりと爪が手に食い込むが、痛みなど感じなかった。
「そんなことはない! 俺は、お前がそばにいてくれるだけでいいんだ! 前みたく、好きに草を育てればいいし、お前の願いならなんだって叶えよう」
(これでどうだ、ここまで下手に出てやれば文句などないだろう)
 自信満々に言い放ったが、エレインはそれをいとも容易く破り捨てた。
「……私には、ここでやるべきことがございますので、申し訳ございません」
「国王の孫の治療を頼まれてここに来たのは知っている。だがその孫はもう回復したと聞いた。それならお前はもう用済み(・・・)だろう?」