「失礼……、名乗るのを失念していました、私は、」
「ここでは名乗る必要はございません」
男性はエレインをじっと見つめ、静かにうなずいた後、質問に答え出した。
「――……なるほど、三歳の甥御さんが不眠ですか……、それはなかなか深刻ですね……」
「医者に出してもらった薬は症状の改善が見られないどころか、副作用のせいか機嫌は悪くなるばかりでして。困り果てていたところ、偶然こちらのブレンドハーブが不眠に効くと知り、薬局や売っていそうな店を回ったのですが、どこに行っても手に入らなくて……。あちこち聞き回ってやっとここにたどり着いたところだったんです」
(余程切羽詰まっていらっしゃるのね……)
ぱっと見落ち着いて見える男性だが、余裕のない話し方や疲労の滲んだ顔をエレインは見逃さなかった。
――コンコン
ノックの後、信徒の一人でエレインの教え子がティーポットとカップを二つ乗せたトレイを運んできてくれた。ここに来る前にエレインが指示しておいたハーブティーだ。
彼にはエレインのハーブの知識を叩き込んでいるため、エレインの指示も難なくこなしてくれて助かっている。
「ありがとう。あとは私がやります」
信徒が出ていったのを確認して、エレインはポットを手に取り、カップに注いでいく。
やわらかな香りが湯気と一緒に立ち上り、鼻孔をくすぐる。それだけで、エレインの心は真綿に包まれたような心地になった。
「いい香りだ」
男性も同じように感じたのか、息を深く吸って香りを堪能する。
「これは、ラベンダーやレモンバームなど、心を落ち着かせる作用のあるハーブを中心にブレンドしています。――どうぞ」
「ありがとう。……とても美味しい。ハーブティというのは、どれも薬のような味がして苦手だったのですが……これは飲みやすくて美味しい」
男性は一気にハーブティを飲み干した。
「きっと、あなたさまのお身体が欲しているのでしょう」
「これがフォントネル産ハーブの力ですか」
「話しを戻しますが、不眠に効くハーブブレンドをお渡ししたところで、三歳の子が飲めるとは思えません。ですので、今回はこちらをお渡しいたします」
エレインは立ち上がると、壁一面の棚の中から手のひらサイズの瓶を取った。濃紺のそれは、外からではなにが入っているのかはわからない。
「これは、コーディアルシロップです。本来なら、本人の症状に合わせたものをお作りするのが一番なのですが、今は十分な材料がないので、まずはこちらで試してみていただけますか? 寝る前にこのキャップ一杯を飲ませてください。甘いのでそのまま飲んでくれるとは思いますが、もしダメでしたら果実のジュースやゼリーなどにかけて服用させても問題ありません」
エレインは聞いた症状に合うブレンドを紙に書いて男性の前に差し出す。
「このシロップがなくなったら、うちのハーブでなくても問題ありませんので、このブレンドでコーディアルを作ってもらってください。それと……」
と、そのほかに調合室の棚の引き出しを開け、在庫のある入浴剤やオイル、ポプリなどを取り出しテーブルの上に置いた。それぞれの使い方を説明しながら紙に書いていく。
「今出せるものは、これだけですが、どうぞお受け取りください」
「い、いいのですか? こんなに……」
「えぇ。――ただ、今あなたさまが身に着けていらっしゃるものの中で、一番高価なものと交換してくださるのなら、ですが」
表情を変えず、エレインは男性を見据えて静かに言った。
本来なら、貧しい人を相手にしているため、対価も雀の涙ほどしかもらわない。
貴族が身に着けているものなど、どれをとっても高価で、しかもその中で一番となると、平民の一年、いや数年の生活費にも匹敵するかもしれない。
(それでも、きっとこの方は躊躇いなく差し出すでしょうね)
わかっていて、エレインは言い放った。
「ここでは名乗る必要はございません」
男性はエレインをじっと見つめ、静かにうなずいた後、質問に答え出した。
「――……なるほど、三歳の甥御さんが不眠ですか……、それはなかなか深刻ですね……」
「医者に出してもらった薬は症状の改善が見られないどころか、副作用のせいか機嫌は悪くなるばかりでして。困り果てていたところ、偶然こちらのブレンドハーブが不眠に効くと知り、薬局や売っていそうな店を回ったのですが、どこに行っても手に入らなくて……。あちこち聞き回ってやっとここにたどり着いたところだったんです」
(余程切羽詰まっていらっしゃるのね……)
ぱっと見落ち着いて見える男性だが、余裕のない話し方や疲労の滲んだ顔をエレインは見逃さなかった。
――コンコン
ノックの後、信徒の一人でエレインの教え子がティーポットとカップを二つ乗せたトレイを運んできてくれた。ここに来る前にエレインが指示しておいたハーブティーだ。
彼にはエレインのハーブの知識を叩き込んでいるため、エレインの指示も難なくこなしてくれて助かっている。
「ありがとう。あとは私がやります」
信徒が出ていったのを確認して、エレインはポットを手に取り、カップに注いでいく。
やわらかな香りが湯気と一緒に立ち上り、鼻孔をくすぐる。それだけで、エレインの心は真綿に包まれたような心地になった。
「いい香りだ」
男性も同じように感じたのか、息を深く吸って香りを堪能する。
「これは、ラベンダーやレモンバームなど、心を落ち着かせる作用のあるハーブを中心にブレンドしています。――どうぞ」
「ありがとう。……とても美味しい。ハーブティというのは、どれも薬のような味がして苦手だったのですが……これは飲みやすくて美味しい」
男性は一気にハーブティを飲み干した。
「きっと、あなたさまのお身体が欲しているのでしょう」
「これがフォントネル産ハーブの力ですか」
「話しを戻しますが、不眠に効くハーブブレンドをお渡ししたところで、三歳の子が飲めるとは思えません。ですので、今回はこちらをお渡しいたします」
エレインは立ち上がると、壁一面の棚の中から手のひらサイズの瓶を取った。濃紺のそれは、外からではなにが入っているのかはわからない。
「これは、コーディアルシロップです。本来なら、本人の症状に合わせたものをお作りするのが一番なのですが、今は十分な材料がないので、まずはこちらで試してみていただけますか? 寝る前にこのキャップ一杯を飲ませてください。甘いのでそのまま飲んでくれるとは思いますが、もしダメでしたら果実のジュースやゼリーなどにかけて服用させても問題ありません」
エレインは聞いた症状に合うブレンドを紙に書いて男性の前に差し出す。
「このシロップがなくなったら、うちのハーブでなくても問題ありませんので、このブレンドでコーディアルを作ってもらってください。それと……」
と、そのほかに調合室の棚の引き出しを開け、在庫のある入浴剤やオイル、ポプリなどを取り出しテーブルの上に置いた。それぞれの使い方を説明しながら紙に書いていく。
「今出せるものは、これだけですが、どうぞお受け取りください」
「い、いいのですか? こんなに……」
「えぇ。――ただ、今あなたさまが身に着けていらっしゃるものの中で、一番高価なものと交換してくださるのなら、ですが」
表情を変えず、エレインは男性を見据えて静かに言った。
本来なら、貧しい人を相手にしているため、対価も雀の涙ほどしかもらわない。
貴族が身に着けているものなど、どれをとっても高価で、しかもその中で一番となると、平民の一年、いや数年の生活費にも匹敵するかもしれない。
(それでも、きっとこの方は躊躇いなく差し出すでしょうね)
わかっていて、エレインは言い放った。



