「私は選んだだけですが……、とてもよくお似合いです」
 アランの瞳の色を濃くしたような螺鈿細工が、調和が取れていて本当に似合っている。
 エレインの言葉に、アランは「ありがとう」と嬉しそうに目を細めた。
 アランの側は居心地がよくて、エレインも自然と頬がほころぶ。
 家族や王太子と居たときは、なにを言われるのか、されるのかと常にびくびくして片時も休まらなかった。
 気が抜けないから笑えるはずもなく、表情は常に強張っていただろうと思う。
 それが今は嘘のように、心穏やかに過ごせているのがこの上ない幸せだった。
 と、和やかな雰囲気が一転、馬車が急停車する。
 ハーブ園に着くにはまだ早い。
 窓から外を伺うアランの表情は険しかった。
「恐れ入ります」と外からの呼びかけに、アランは先を促す。
「ヘルナミス国の王太子を名乗る者が、エレインさまに面会を求めています」
「えっ!?」
(どうして王太子殿下が……?)
 予想外の人物に、驚きのあまり声が出て、アランと顔を見合わせた。
 顔をしかめ、不快感を露わにしたその表情に、胸がざわつく。
 またしてもアランに迷惑をかけてしまっている。
 そのことが、エレインの気分をひどく落ち込ませる。
「エレイン! いるんだろう! どうか俺に少しだけ時間をくれないか!」
 大きな声が、馬車の中にまで聞こえてきた。
 それは、まぎれもなく王太子ダミアンの声だった。
 アランは大きなため息を吐いて頭を抱える。
「先ぶれもなく会いにくるなんて非常識にもほどがあるな」
 知らぬとはいえ、王族の乗った馬車を停めて進路を妨害するなど非礼極まりない。
「も、申し訳ございません、私が王太子殿下と話して参りますので」
 腰を浮かせたエレインの腕をアランが掴む。
「一人では危険だ、俺も行こう」
「いえ、私一人で大丈夫です」
(これ以上、殿下のお手を煩わせられない)
 本当は、エレインも一人で王太子に相対するのは少し怖かった。
 もしかしたら、ハーブのことで文句を言われるかもしれない。それだけならまだいいが、責任を取れとか理不尽なことを言われそうで不安だ。
「だが」
「一国の王太子ともあろうお方が、衆目のあるところで危害を加えるようなことはなさらないはずですので」
 ましてやここは自国ではない。
 下手なことをすれば、危ないのは自分の身だ。
「私もご一緒します!」
 そう申し出てくれたニコルと共に、エレインは馬車から降りた。