倒れてから一週間の休養を経て、エレインはようやくアランから力を使う許可をもらえた。
 エレインが一番に向かった先は、デルマス商会のハーブ園だ。
 育成の真っ最中だったこともあり、一番気がかりだった。
 ハーブ園までの道中は、いつもならニコルと二人きりの気ままな馬車移動なのだが、今日はいつもと違う。
「心配だから、俺も一緒に行こう」とアランも同行することになり、エレインの向かい側にはアランが座っているのだ。
 いつもおしゃべりなニコルも、今日ばかりは口数が少なく、馬車の中は静かだった。
 馬車には他にエレインとニコルしかいないのに、ピンと背筋を伸ばした美しい姿勢で座るアランは、どんな時でも気を抜かない王族としての性がしみついている。
(普段が気さくな方だから、時おり王子だということを忘れそうになるけれど)
 やはり自分とは住む世界が違うのだなと、エレインは思う。
「お仕事はよろしかったのでしょうか……」
 出かける前、アランが馬車に乗るギリギリまでセルジュが追いかけてきて、書類の確認を迫っていたのを見てアランにもセルジュにも申し訳なくなってしまった。
「セルジュは優秀だからね、なにも問題はないよ」
 爽やかな笑顔でそう言われてしまえば、エレインの口からはもうなにも言えない。
(つくづく迷惑ばかりかけてしまって……)
「それに、執務室でずっと缶詰は気が滅入るから、たまの息抜きくらい許してもらいたいものだ」
「息抜きになりますでしょうか」
 ただハーブ園を見回るだけの時間が、アランの息抜きになるか疑わしく、つい思ったままが口から零れる。
(私は気の利いたことも言えないし……)
 アランを楽しませるようなことができない自分が情けなく、膝の上の手を握りしめる。
「もちろん、なるよ。きみと一緒に過ごせるんだから」
 真っ直ぐな視線と言葉に、胸がどくんと音を鳴らす。
 心臓を鷲掴みにされたみたいに、苦しい。
「こうして一緒に城の外にでかけるのは、教会の視察以来だね」
 言われて、アランとテオと三人で出かけた日が鮮明に思い出される。
 エレイン自身、誰かとあんな風に街を散策したのは初めてで、強く記憶に残っていた。
 楽しくて愛おしい時間は、エレインの胸の中で色鮮やかに仕舞われている。
「その髪飾りも気に入ってくれているみたいで、よかった」
「はい、大切に使わせていただいています」
 あの日に露店でアランに買ってもらったバレッタも、ほぼ毎日のように髪に付けているほどお気に入りだった。
 贈り物に特別な意味などないとわかっていても、エレインにとっては宝物だ。
 あれからもう数か月経っているのが、月日の流れの早さを感じさせる。
「俺もきみに選んでもらったこれ、気に入ってる。ありがとう」
 アランの襟元で光るそれは、露店でエレインが選んだラペルピン。
 時おり使っているのを、エレインは知っていた。
 でも、それを口にするのは恥ずかしくて言えずにいたのだ。