(だからって、ヴィタ国と関係があるとは限らない……)
 精霊の存在を教えてくれたのは母だけど、その母は精霊を感じることはできても見ることはできないと言っていた。
 エレインが見えている(・・・・・)ことを知ったときの母の驚いた顔は、幼いながらに記憶に残っている。
 ――お母さま、どうしてエレインだけにふわふわさんが見えるのですか?
 ――それは、あなたがもう少し大人になったら教えてあげましょうね。
 エレインが()に気づいたのは、母が亡くなってから。
 もっと早く気付いて母に伝えていれば、母も教えてくれていたかもしれない。
 すべてがたらればの話でしかなく、たまらない哀愁に駆られる。
 それに呼応するかのように、触れていた手がほのかに熱を帯びた。まるで元気を出してと慰められているような優しさを感じて、エレインはフランキンセンスの姿を見上げた。
「あなたも、お母さまが恋しい?」
(そう言えば、母は乳香を焚くのが好きだった)
 エレインもあの独特で深みのある香りが好きだったが、乳香を採取するにはフランキンセンスの幹にナイフを入れる必要があり、それが痛々しく思えて自分で採取したことはない。
 どうしても使いたくなった時は、専ら購入したものばかりを使っていた。
(それと、もう一つ理由があったんだわ)
 樹を痛めつけているみたいで嫌だという理由ともう一つ、採取を躊躇っていた理由。
 それは――……
 ――フランキンセンスはね、例え刃を入れても許された人にしか乳香を与えないの。
 母の言葉が、蘇る。
 いつもそう言いながら幹にナイフを入れる母の姿は、エレインにはどこか遠い存在に感じられた。
 そして、その言葉を聞くたびに、――自分は許されないかもしれない、という不安が込み上げてきて、母が亡くなった後もどうしても自分で採取する気になれなかったのだ。
 懐かしい思い出に笑みをこぼしたエレインだったが、ふと気づく。
許された(・・・・)人……?」
 ――指輪を以て精霊の赦しを得よ
(そんなまさか……。でも、もしかしたら……)
 疑心暗鬼になりながらも、好奇心が勝りエレインは思いつくまま体を動かした。
 作業台の道具入れから採取用の小型ナイフを取り出し、再びフランキンセンスの元へと戻る。
「ごめんなさい!」
 断腸の思いで刃を幹にあてがい、ぐっと力を入れて幹に傷を作った。
 乾いた表皮が少しぽろぽろと落ちて、切込みが露わになる。
 その切り口を、エレインは息を呑んで見つめた。
(許してくれるかしら……)