エレインが、この国に来て精霊についての本などを探してみたが、どれもおとぎ話の域を出ないものばかりだった。
『精霊がやってきた』という言葉も、この国で有名なおとぎ話が基になっているにすぎないようだった。
 だから、エレインは自分のこの力がなんなのか、未だにわからない。
 どうして自分だけに精霊が見えて、力が使えるのか。
 それは、物心ついたころからずっと心に抱えていた疑問でもあった。
 ――いいですか、エレイン。このことは、母さま以外、誰にも言ってはいけませんよ。――だけど……――
 母の言葉が脳裡に浮かぶ。
 エレインは母の形見の指輪をぎゅっと握りしめた。

 夜の帳が下りて静まり返った頃。
 招かれたアランの自室にある応接間で、エレインはソファに座って固唾を飲んでいた。
 セルジュによって用意されたハーブティーは、先日エレインが調合した疲労回復のブレンドのもので、豊かな香りが室内に漂う。
 それを飲む余裕もないほど、エレインはアランを前に緊張していた。
(心は決めたけれど……)
 いざ話そうとすると、どう思われるかという不安に押しつぶされそうになる。
 じっと動かずに俯いていると、セルジュが退室するのを見届けてからアランが静かに話し出した。
「そんなに怖がらないで。この前俺が訊いたことを、きみが肯定しようと否定しようとどちらでも俺は構わない。ただ……、もしそう(・・)なら、なにか力になれたらと思っただけだから」
 言われて、エレインは顔を上げる。
(そうよ、殿下は決して私を傷つけるようなことはしないし、あざ笑うような人じゃない。そんなこと、わかりきっていたことなのに)
 自分はなにを怯えていたのか。
 思い直したエレインは、目の前のスカイブルーの瞳を真っ直ぐにとらえて口を開いた。
「殿下のおっしゃる通り、私には精霊が見えています」
 人生で初めての告白に、声が掠れる。
 ――いいですか、エレイン。このことは、母さま以外、誰にも言ってはいけませんよ。――だけど、あなたが心を許せる人が現れたらそのときは伝えてごらんなさい。
 母の言葉と、アランの優し気な顔に背中を押され、エレインは続けた。
「ハーブの効能や育成が良いのも、精霊の力のおかげです」
「きみがここのところひどく疲れていたのも、その力と関係している?」
「……はい。おそらく、一度に多くの力を使うと疲れが蓄積してしまうようです」
 エレイン自身、倒れるまで力を使ったのは今回が初めてだったので、どの程度力が使えるのかは正直なところ未知数ではあった。
 アランは「そうか……」と頷いたきり黙り込んでしまう。
 その深刻そうな表情に、うかつに声を掛けるのが憚られた。
 するとアランはおもむろに立ち上がると、壁際のデスクの中から黒っぽい四角いなにかを手に戻ってくる。
 テーブルの上に置かれたそれは、分厚く使い古されたような年季の入った本だった。
 表紙は金の箔押しがされているようだが、そのほとんどが剥げていて、文字が読めない。
「これはね、我が国の王族しか閲覧が許されていない本なんだ」
 エレインの喉がひゅっと鳴る。
(そ、そんな貴重なものをなぜ私に……)
 今こうして視界に入れるのも憚れるようなそれに、エレインは慄いた。