今が何時なのか見当もつかないが、夜更けなのはなんとなく感じる。
気まずい中固唾を飲んでいると、ノックの音がして、侍従のセルジュがティーセットを乗せたワゴンを押して入室してきた。
「遅い」
「申し訳ございません」
ベッドの側まで運ばれたそれを、アランが「あとは俺がやるから」とセルジュを下がらせ、室内はまたアランとエレインの二人だけになった。
「喉が渇いただろうから、ハーブティーを用意させた」
「ありがとうございます」
アランがポットからカップに中身を注ぐと、馴染みのあるハーブの香りがふわりと漂う。
(ローズマリーとジンジャーに、ハイビスカス……あら?)
「これは……」
「そう、きみに教えてもらったブレンドだよ。今日早速エクトルに作ってもらったんだ。さ、起き上がれるかい?」
アランの手に支えられながらゆっくりと上半身を起こすと、すかさず背中にクッションを差し込んでくれたので、まだだるい体を凭れさせた。
「さぁ、熱いから気を付けてお飲み」
「いただきます」
トレイごとベッドに置かれたそれをそっと手に取る。
湯気が立ち上るカップからは、香りが一層強く感じられた。
「美味しいです……。けど、ちょっとジンジャーが強かったかもしれませんね……」
思いのほかスパイシーな味になっていて、エレインは首をひねる。
ハーブティーは、もちろん効能重視だが、やはり飲み口も良いに越したことはない。
予測と実態に差が出てしまうのは、ブレンドの力が足りていない証拠だった。
自分の実力不足を噛みしめながらハーブティーを飲み干す。思ったよりも喉が渇いていたようで、体にハーブが染みわたっていく心地が気持ちよかった。
「大切な方のために作ったのを、私が飲むことになってしまいすみません。明日にでも新しいものをお作りしますね」
「その必要はない。これは、エレインに飲んでもらいたくて作ってもらったものだから。――今日言っていた、俺の大切な人っていうのはきみのことだよ」
優しい眼差しを向けられて、エレインは思考が止まる。
言葉の意味を理解しかねていると、アランはふっと表情を緩め、エレインの手からカップを受け取ってトレイと共にワゴンに戻した。
「ここのところのきみは、みるみるやつれて疲れている様子だったから、少しでも疲れを取り除けたらと思ったんだ。……だけど、きみの調合したハーブティーに勝るものが思い浮かばなくてね。背に腹は代えられないと、調合をお願いしたんだ」
「そ、そうだったのですか……」
アランの言う大切な人が自分だったなんて、そんなことあり得ないのに。
だけどアランは嘘をつく人ではない。
考えれば考えるほど信じられないけど、エレインはその事実をゆっくりと噛みしめていく。
(殿下が、私のために……)
このハーブティーを自分のために用意しようとしてくれたことが、嬉しくて。胸の奥からじわじわと温かな感情が込み上げてきた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「もっと早く、こうなる前にケアすべきだったのに……。一足も二足も遅くなってしまってすまない。医師は過労だと言っていた。滋養のあるものを食べてよく休むようにと。だからしばらくは、ハーブのことはエクトルたちに任せて、安静にするように。いいね」
アランの言葉に、喜びから一転、エレインは冷や水を浴びせられたような気分に陥った。
「殿下にも、他のみなさんにも、ご心配とご迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした。でも、私はもう大丈夫ですので、仕事はこれまで通りできます」
「駄目だ。医師からも安静にするように言われている」
「ちゃんと休憩を取りながらやりますから、どうか」
「無理をしないという約束だっただろう」
食い下がるエレインに、アランが語尾を強めた。
怒鳴ったわけでもないのに、その声音から微かに怒気を感じてエレインは押し黙る。アランの顔を見れなくて視線を手元に落とす。膝の上の両手は、無意識のうちに拳を作り、爪が食い込むほどに強く握りしめていた。
(約束を守れずに迷惑をかけてしまい、殿下に呆れられてしまったわ……)
リゼットとの仕事を受けるときに交わしたアランとの約束を、守れなかったことは事実だ。
結果として倒れて意識を失い、アランや他の人たちに迷惑をかけることになってしまったのは自分の落ち度でしかなかった。
エレインは、自分の失態に恥じ入ると共に、アランに失望されたことが悲しくて泣きたくなった。
「でも……、私の価値はこれしかないので……」
(私からハーブを取ったら、なにも残らない)
これまでもそうだった。
家族や王太子だけじゃない、教会の人たちや領地の人たちもみんな、エレインではなくハーブを求めていただけ。
エレイン自身を求めてくれた人など、一人だっていない。
(リゼットさんだって、この力がなかったら私なんか見向きもしなかったはず……)
だから、殿下だってそうだと、エレインは決めつけて疑わない。
「どうか、お願いします……」
声を振り絞り懇願する。アランの方は見れなくて、俯いたまま。
しばしの沈黙の後、アランの手が伸びてきて手に触れる。握りしめた拳を解くようにして手が開かれた。
まるで諭されるように両手とも開かれて、そのまま握られる。
エレインは振り払うこともできず、受け入れるしかなかった。
緊張と興奮とで冷え切った指先に、アランの温もりが伝わる。
その優しい手つきに安心させられて、エレインが顔を上げると怒っているわけでも、呆れているわけでもない、悲しんでいるような表情のアランと目が合う。
(どうして、そんな表情を……?)
エレインの言葉にアランが怒るのも、呆れるのもわかるけれど、悲しむ理由はエレインには分からなかった。
「エレイン、確かにきみのその能力は素晴らしいもので、きみを特別な存在にしているものでもある。だけど、だからといって、きみはそれだけの存在じゃないと俺が断言しよう」
「そ、そんなこと……」
(あるはずない)
気の利いた話題も振れなければ、妹のシェリーのように愛想良くもできない。
自分には、ハーブを育てることしかできない。それは自分が一番よくわかっていた。
でもそれを「違う」と、目の前のアランは否定する。
彼の目に自分はどう映っているのか、知りたいと思う半面、知るのが怖い自分もいる。しかし聞きたくないと止める勇気もなく、アランが続ける。
「きみは、貧しい人のために薬を作り、その功績をすべて王太子たちに奪われても文句ひとつ言わずに身を粉にして働いていた。そして、苦しんでいるテオにも寄り添い愛情を注いでくれたね。それらは、誰もができるようなことではないし、俺はきみ以上に心の清らかな人をほかに知らないよ」
(やっぱり……殿下は私を買い被りすぎてる……)
確かに貧しい人たちに薬を届けたいと思ったのは事実だけれど、それは結果でしかない。
そこに至るまでの自分は、単に自己満足でしかすぎないのだ。
過大評価に、エレインは手足から体温が失われていくのを感じた。
「私は……そんなに立派な人間じゃありません……。私は、誰かの役に立つことで、自分自身の存在意義を見出していただけなんです……」
言葉にしてしまったら、もうだめだった。
ずっと、心の中だけに留めていた思いが、声になり、言葉となって形を作ってしまえば、押し殺していた感情が堰を切って流れ出ていく。
エレインの薄茶色の瞳が揺らぎ、堪えきれなくなった涙がとうとう零れて頬を伝った。
「私は生きていてもいいんだって……、自分を納得させるためだけに他人を利用してきた、浅ましい人間なんです」
ぽろぽろと零れる涙を拭うこともせず、エレインは一思いに言い切った。
惨めな自分を見られたくなくて、顔を背けようとするよりも早く肩を腕に抱き寄せられて体が傾いだ。
「あ」と同様から声が漏れたときにはもう、エレインの華奢な体はアランの腕の中にすっぽりと閉じ込められていた。
薄い絹の夜着が、涙を吸って色を変える。
「辛いことを言わせてごめん」
(どうして殿下が謝るの……)
こんな時まで優しいアランの言葉に涙が押し出され、エレインは彼の胸にすがるようにして声を出して泣いた。
こんな風に思っていることをさらけ出したのも、声を上げて泣いたのも初めてのことで、自分が自分でないような、そんな戸惑いに囚われながら。
「きみが力を使う理由なんて、どうでもいいんだよ。力は、持っているだけでは特別な存在にはなれない。“どう使うか”が一番大事なんだ。心の中でどう思っていたとしても、きみは確かに多くの人の力になったのは事実で、誰一人として傷つけていないんだから」
それがすべてだよ、とアランは諭すように言葉を紡ぐ。
「きみだから、その力を与えられたんだよ。エレイン、きみは浅ましくなんてない。とても立派に生きてきている」
アランの低い声が、静かな空気の中に溶け込んでいき、エレインの心にもしみ込んでいく。
抱きしめる腕がより一層強くなって、胸が詰まった。
自分のやってきたことは間違っていなかったのだと、他の誰でもなくアランに認めてもらえたことがただただエレインを満たしていった。
「それに、例えきみにその能力がなかったとしても、俺にとってきみは唯一無二の替えの利かない大切な人だ。だから、どうかまずは自分の体を労わってあげてほしい。きみが倒れたと聞き本当に肝が冷えた」
アランは腕を緩めてエレイを離す。
離れていく熱が、名残惜しい。
恥ずかしさを忍んで恐る恐る見上げると、彼は悲しそうな苦しそうな、そんな気持ちを残したままふんわりとエレインに微笑みかける。
彼の口から放たれた「大切」という言葉に、なんと返せばわからずエレインは口ごもる。
(きっと殿下の「大切」は、特別な意味など含まれていない)
それでも、どうでもいい存在ではないというだけでエレインを喜ばせるのには、十分だった。
「とはいえ、きみの働きたいという気持ちも痛いほどわかる。だから、どうしていくかを決める上で、一つだけ確認したいことがある」
(確認したいこと?)
なんだろうか、と首をかしげるエレインに、アランは衝撃の一言を放った。
「――エレイン、きみには精霊が見えているね」
気まずい中固唾を飲んでいると、ノックの音がして、侍従のセルジュがティーセットを乗せたワゴンを押して入室してきた。
「遅い」
「申し訳ございません」
ベッドの側まで運ばれたそれを、アランが「あとは俺がやるから」とセルジュを下がらせ、室内はまたアランとエレインの二人だけになった。
「喉が渇いただろうから、ハーブティーを用意させた」
「ありがとうございます」
アランがポットからカップに中身を注ぐと、馴染みのあるハーブの香りがふわりと漂う。
(ローズマリーとジンジャーに、ハイビスカス……あら?)
「これは……」
「そう、きみに教えてもらったブレンドだよ。今日早速エクトルに作ってもらったんだ。さ、起き上がれるかい?」
アランの手に支えられながらゆっくりと上半身を起こすと、すかさず背中にクッションを差し込んでくれたので、まだだるい体を凭れさせた。
「さぁ、熱いから気を付けてお飲み」
「いただきます」
トレイごとベッドに置かれたそれをそっと手に取る。
湯気が立ち上るカップからは、香りが一層強く感じられた。
「美味しいです……。けど、ちょっとジンジャーが強かったかもしれませんね……」
思いのほかスパイシーな味になっていて、エレインは首をひねる。
ハーブティーは、もちろん効能重視だが、やはり飲み口も良いに越したことはない。
予測と実態に差が出てしまうのは、ブレンドの力が足りていない証拠だった。
自分の実力不足を噛みしめながらハーブティーを飲み干す。思ったよりも喉が渇いていたようで、体にハーブが染みわたっていく心地が気持ちよかった。
「大切な方のために作ったのを、私が飲むことになってしまいすみません。明日にでも新しいものをお作りしますね」
「その必要はない。これは、エレインに飲んでもらいたくて作ってもらったものだから。――今日言っていた、俺の大切な人っていうのはきみのことだよ」
優しい眼差しを向けられて、エレインは思考が止まる。
言葉の意味を理解しかねていると、アランはふっと表情を緩め、エレインの手からカップを受け取ってトレイと共にワゴンに戻した。
「ここのところのきみは、みるみるやつれて疲れている様子だったから、少しでも疲れを取り除けたらと思ったんだ。……だけど、きみの調合したハーブティーに勝るものが思い浮かばなくてね。背に腹は代えられないと、調合をお願いしたんだ」
「そ、そうだったのですか……」
アランの言う大切な人が自分だったなんて、そんなことあり得ないのに。
だけどアランは嘘をつく人ではない。
考えれば考えるほど信じられないけど、エレインはその事実をゆっくりと噛みしめていく。
(殿下が、私のために……)
このハーブティーを自分のために用意しようとしてくれたことが、嬉しくて。胸の奥からじわじわと温かな感情が込み上げてきた。
「あ、ありがとう、ございます……」
「もっと早く、こうなる前にケアすべきだったのに……。一足も二足も遅くなってしまってすまない。医師は過労だと言っていた。滋養のあるものを食べてよく休むようにと。だからしばらくは、ハーブのことはエクトルたちに任せて、安静にするように。いいね」
アランの言葉に、喜びから一転、エレインは冷や水を浴びせられたような気分に陥った。
「殿下にも、他のみなさんにも、ご心配とご迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ありませんでした。でも、私はもう大丈夫ですので、仕事はこれまで通りできます」
「駄目だ。医師からも安静にするように言われている」
「ちゃんと休憩を取りながらやりますから、どうか」
「無理をしないという約束だっただろう」
食い下がるエレインに、アランが語尾を強めた。
怒鳴ったわけでもないのに、その声音から微かに怒気を感じてエレインは押し黙る。アランの顔を見れなくて視線を手元に落とす。膝の上の両手は、無意識のうちに拳を作り、爪が食い込むほどに強く握りしめていた。
(約束を守れずに迷惑をかけてしまい、殿下に呆れられてしまったわ……)
リゼットとの仕事を受けるときに交わしたアランとの約束を、守れなかったことは事実だ。
結果として倒れて意識を失い、アランや他の人たちに迷惑をかけることになってしまったのは自分の落ち度でしかなかった。
エレインは、自分の失態に恥じ入ると共に、アランに失望されたことが悲しくて泣きたくなった。
「でも……、私の価値はこれしかないので……」
(私からハーブを取ったら、なにも残らない)
これまでもそうだった。
家族や王太子だけじゃない、教会の人たちや領地の人たちもみんな、エレインではなくハーブを求めていただけ。
エレイン自身を求めてくれた人など、一人だっていない。
(リゼットさんだって、この力がなかったら私なんか見向きもしなかったはず……)
だから、殿下だってそうだと、エレインは決めつけて疑わない。
「どうか、お願いします……」
声を振り絞り懇願する。アランの方は見れなくて、俯いたまま。
しばしの沈黙の後、アランの手が伸びてきて手に触れる。握りしめた拳を解くようにして手が開かれた。
まるで諭されるように両手とも開かれて、そのまま握られる。
エレインは振り払うこともできず、受け入れるしかなかった。
緊張と興奮とで冷え切った指先に、アランの温もりが伝わる。
その優しい手つきに安心させられて、エレインが顔を上げると怒っているわけでも、呆れているわけでもない、悲しんでいるような表情のアランと目が合う。
(どうして、そんな表情を……?)
エレインの言葉にアランが怒るのも、呆れるのもわかるけれど、悲しむ理由はエレインには分からなかった。
「エレイン、確かにきみのその能力は素晴らしいもので、きみを特別な存在にしているものでもある。だけど、だからといって、きみはそれだけの存在じゃないと俺が断言しよう」
「そ、そんなこと……」
(あるはずない)
気の利いた話題も振れなければ、妹のシェリーのように愛想良くもできない。
自分には、ハーブを育てることしかできない。それは自分が一番よくわかっていた。
でもそれを「違う」と、目の前のアランは否定する。
彼の目に自分はどう映っているのか、知りたいと思う半面、知るのが怖い自分もいる。しかし聞きたくないと止める勇気もなく、アランが続ける。
「きみは、貧しい人のために薬を作り、その功績をすべて王太子たちに奪われても文句ひとつ言わずに身を粉にして働いていた。そして、苦しんでいるテオにも寄り添い愛情を注いでくれたね。それらは、誰もができるようなことではないし、俺はきみ以上に心の清らかな人をほかに知らないよ」
(やっぱり……殿下は私を買い被りすぎてる……)
確かに貧しい人たちに薬を届けたいと思ったのは事実だけれど、それは結果でしかない。
そこに至るまでの自分は、単に自己満足でしかすぎないのだ。
過大評価に、エレインは手足から体温が失われていくのを感じた。
「私は……そんなに立派な人間じゃありません……。私は、誰かの役に立つことで、自分自身の存在意義を見出していただけなんです……」
言葉にしてしまったら、もうだめだった。
ずっと、心の中だけに留めていた思いが、声になり、言葉となって形を作ってしまえば、押し殺していた感情が堰を切って流れ出ていく。
エレインの薄茶色の瞳が揺らぎ、堪えきれなくなった涙がとうとう零れて頬を伝った。
「私は生きていてもいいんだって……、自分を納得させるためだけに他人を利用してきた、浅ましい人間なんです」
ぽろぽろと零れる涙を拭うこともせず、エレインは一思いに言い切った。
惨めな自分を見られたくなくて、顔を背けようとするよりも早く肩を腕に抱き寄せられて体が傾いだ。
「あ」と同様から声が漏れたときにはもう、エレインの華奢な体はアランの腕の中にすっぽりと閉じ込められていた。
薄い絹の夜着が、涙を吸って色を変える。
「辛いことを言わせてごめん」
(どうして殿下が謝るの……)
こんな時まで優しいアランの言葉に涙が押し出され、エレインは彼の胸にすがるようにして声を出して泣いた。
こんな風に思っていることをさらけ出したのも、声を上げて泣いたのも初めてのことで、自分が自分でないような、そんな戸惑いに囚われながら。
「きみが力を使う理由なんて、どうでもいいんだよ。力は、持っているだけでは特別な存在にはなれない。“どう使うか”が一番大事なんだ。心の中でどう思っていたとしても、きみは確かに多くの人の力になったのは事実で、誰一人として傷つけていないんだから」
それがすべてだよ、とアランは諭すように言葉を紡ぐ。
「きみだから、その力を与えられたんだよ。エレイン、きみは浅ましくなんてない。とても立派に生きてきている」
アランの低い声が、静かな空気の中に溶け込んでいき、エレインの心にもしみ込んでいく。
抱きしめる腕がより一層強くなって、胸が詰まった。
自分のやってきたことは間違っていなかったのだと、他の誰でもなくアランに認めてもらえたことがただただエレインを満たしていった。
「それに、例えきみにその能力がなかったとしても、俺にとってきみは唯一無二の替えの利かない大切な人だ。だから、どうかまずは自分の体を労わってあげてほしい。きみが倒れたと聞き本当に肝が冷えた」
アランは腕を緩めてエレイを離す。
離れていく熱が、名残惜しい。
恥ずかしさを忍んで恐る恐る見上げると、彼は悲しそうな苦しそうな、そんな気持ちを残したままふんわりとエレインに微笑みかける。
彼の口から放たれた「大切」という言葉に、なんと返せばわからずエレインは口ごもる。
(きっと殿下の「大切」は、特別な意味など含まれていない)
それでも、どうでもいい存在ではないというだけでエレインを喜ばせるのには、十分だった。
「とはいえ、きみの働きたいという気持ちも痛いほどわかる。だから、どうしていくかを決める上で、一つだけ確認したいことがある」
(確認したいこと?)
なんだろうか、と首をかしげるエレインに、アランは衝撃の一言を放った。
「――エレイン、きみには精霊が見えているね」



