「少しだけ、教えてほしいことがあるんだけど、いい?」
「はい、私でわかることでしたら」
エレインがもう一度腰を下ろしたのを確認して、アランの腕が離れていく。
手首に残る熱が冷めていってしまうのが名残惜しく感じて、エレインは反対の手でそっと触れる。
「疲れによく効くブレンドを教えてほしいんだ」
「どこか調子が悪いのですか?」
(やだ、自分のことで精いっぱいで殿下の体調不良に気付かなかった……!)
焦るエレインだったが、アランは首を振って否定する。
「ううん、俺じゃないんだけど」
「では、どのようなお方でしょうか、疲労といっても心なのか体なのかにもブレンドが異なるので」
「えーっと、そうだな……、どっちも疲れてそうだし、睡眠も不足していそうなんだ」
アランにしては珍しく歯切れの悪い回答に、エレインは「そうですか」と相槌を打ちながら、処方を考えていく。
(心身両方に効くようにするには……)
「そうですね、ローズマリーをメインにして……。ほかに気になる症状などはありますか?」
「血色もよくないし、食欲も落ちてる」
「それはなかなか重症ですね……。でしたら血行促進と食欲増進に効くジンジャーも追加しましょう」
(うん、我ながらいいブレンドじゃないかしら)
「こちらのブレンドを寝る前に飲んでください。あと、そうですね、以前殿下に処方したのと同じ入浴剤で、寝る前に足浴手浴をするのも効果的ですよ」
「ありがとう、そうするよ」
数種類のハーブと割合を紙に書き出したものをアランに渡してから、ハッとしたエレインは「私でよければお作りしますが」と申し出る。
「いや、大丈夫。エクトルに頼むから。忙しいのにこんなこと頼んでごめんね。どうしても一番効果があるエレインのブレンドがよくて」
「いつでもおっしゃってください。……殿下は、その方のことをとてもよく見ていらっしゃるのですね」
(顔色や食事の量まで把握しているなんて、余程身近な方でないと気付けないことだわ)
「うん、とても大切な人なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、頭を殴打されたような衝撃がエレインを襲う。
冷や水を浴びせられたように、胸の底が冷えていく。
(大切な、人……?)
「ご、ご家族の方ですか……?」
思わずエレインは口にしていた。
「えっと、誰かというのは、まだ教えられないんだ」
気まずそうにそう言うアランの頬がほんの少し赤らんで見え、エレインの心臓はますます激しさを増す。
「立ち入ったことをお聞きしてしまい申し訳ございません。では、お大事になさってください」
早口で言い切ったエレインは、足早に退室した。
胸のざわつきが酷くて、アランの顔をまともに見られなかった。
きっと優しい眼差しをしていたのだろう。
それを向けられるのが自分ではない事実に、エレインの胸が軋む。
(大切な人って、誰? ご家族でないのなら……、――恋人?)
婚約者がいないからといって、恋人がいないとは限らないことに、エレインは今さら気づき呆然とする。
(そう、よね……、あんなに素敵な人だもの、恋人がいない方がおかしいわ)
今まではテオのことがあって疎遠だっただけで、落ち着いてきたから一緒の時間を過ごしているのかもしれないと考えると、胸の痛みが一層増した。
そして同時に、アランに恋人がいることを知ってこんなにも動揺する自分に驚いていた。
(わ、私もしかして……殿下に特別な感情を抱いていたの……?)
エレインは、ようやくそれが恋愛感情だと理解した。
これまで異性との関わりがなかったエレインは、自分のアランに抱く感情は憧れや尊敬からくる単なる好意だと疑いもしなかったのだ。
隣国の王子という高貴な身分にもかかわらず、奢ることなく気安く接してくれるアランの態度に、知らず知らずのうちに舞い上がってしまったんだろう。
片や、侯爵家から勘当され、平民と変わらない自分がアランに恋情を抱くなどあってはならないことだった。
(馬鹿ね……烏滸がましいにもほどがあるわ……)
これ以上苦しまないよう、エレインは自分の思いにそっと蓋をした。
「はい、私でわかることでしたら」
エレインがもう一度腰を下ろしたのを確認して、アランの腕が離れていく。
手首に残る熱が冷めていってしまうのが名残惜しく感じて、エレインは反対の手でそっと触れる。
「疲れによく効くブレンドを教えてほしいんだ」
「どこか調子が悪いのですか?」
(やだ、自分のことで精いっぱいで殿下の体調不良に気付かなかった……!)
焦るエレインだったが、アランは首を振って否定する。
「ううん、俺じゃないんだけど」
「では、どのようなお方でしょうか、疲労といっても心なのか体なのかにもブレンドが異なるので」
「えーっと、そうだな……、どっちも疲れてそうだし、睡眠も不足していそうなんだ」
アランにしては珍しく歯切れの悪い回答に、エレインは「そうですか」と相槌を打ちながら、処方を考えていく。
(心身両方に効くようにするには……)
「そうですね、ローズマリーをメインにして……。ほかに気になる症状などはありますか?」
「血色もよくないし、食欲も落ちてる」
「それはなかなか重症ですね……。でしたら血行促進と食欲増進に効くジンジャーも追加しましょう」
(うん、我ながらいいブレンドじゃないかしら)
「こちらのブレンドを寝る前に飲んでください。あと、そうですね、以前殿下に処方したのと同じ入浴剤で、寝る前に足浴手浴をするのも効果的ですよ」
「ありがとう、そうするよ」
数種類のハーブと割合を紙に書き出したものをアランに渡してから、ハッとしたエレインは「私でよければお作りしますが」と申し出る。
「いや、大丈夫。エクトルに頼むから。忙しいのにこんなこと頼んでごめんね。どうしても一番効果があるエレインのブレンドがよくて」
「いつでもおっしゃってください。……殿下は、その方のことをとてもよく見ていらっしゃるのですね」
(顔色や食事の量まで把握しているなんて、余程身近な方でないと気付けないことだわ)
「うん、とても大切な人なんだ」
その言葉を聞いた瞬間、頭を殴打されたような衝撃がエレインを襲う。
冷や水を浴びせられたように、胸の底が冷えていく。
(大切な、人……?)
「ご、ご家族の方ですか……?」
思わずエレインは口にしていた。
「えっと、誰かというのは、まだ教えられないんだ」
気まずそうにそう言うアランの頬がほんの少し赤らんで見え、エレインの心臓はますます激しさを増す。
「立ち入ったことをお聞きしてしまい申し訳ございません。では、お大事になさってください」
早口で言い切ったエレインは、足早に退室した。
胸のざわつきが酷くて、アランの顔をまともに見られなかった。
きっと優しい眼差しをしていたのだろう。
それを向けられるのが自分ではない事実に、エレインの胸が軋む。
(大切な人って、誰? ご家族でないのなら……、――恋人?)
婚約者がいないからといって、恋人がいないとは限らないことに、エレインは今さら気づき呆然とする。
(そう、よね……、あんなに素敵な人だもの、恋人がいない方がおかしいわ)
今まではテオのことがあって疎遠だっただけで、落ち着いてきたから一緒の時間を過ごしているのかもしれないと考えると、胸の痛みが一層増した。
そして同時に、アランに恋人がいることを知ってこんなにも動揺する自分に驚いていた。
(わ、私もしかして……殿下に特別な感情を抱いていたの……?)
エレインは、ようやくそれが恋愛感情だと理解した。
これまで異性との関わりがなかったエレインは、自分のアランに抱く感情は憧れや尊敬からくる単なる好意だと疑いもしなかったのだ。
隣国の王子という高貴な身分にもかかわらず、奢ることなく気安く接してくれるアランの態度に、知らず知らずのうちに舞い上がってしまったんだろう。
片や、侯爵家から勘当され、平民と変わらない自分がアランに恋情を抱くなどあってはならないことだった。
(馬鹿ね……烏滸がましいにもほどがあるわ……)
これ以上苦しまないよう、エレインは自分の思いにそっと蓋をした。



