あの日から早くも二週間が過ぎようとしていた。
 テオが歩いた!喋った!と王宮は上を下への大騒ぎとなり、祖父母にあたる国王と王妃も飛んできてその日の夜はちょっとしたパーティーが開かれた。
 国王と王妃も見違えたテオの姿に涙を滲ませて喜んだ。
 そして口々にエレインに感謝の言葉を伝えてくれた。褒美を、と言われたがそれは辞退する。
 対価としてすでに過分な給金をもらっているので、これ以上なにかもらっても困ると訴えたら渋々ながら了承してくれた。
 当のテオは今までの赤ちゃん期などなかったかのように、歩いて移動し、食事も食器を使い、よく動きよく喋り、そしてよく笑うようになった。
 エレインにも以前ほど執着を見せることなく、四六時中一緒にいなくても平気になりつつある。
 夜に飲むハーブシロップも少しずつ量を減らしているが、今のところうなされている様子はない。
 確実に回復に向かっているテオに、エレインは安堵し喜ぶ一方で、寂しさを覚えていた。
 ――契約の終了は、甥の症状が改善され、治療の必要がなくなったら。
 今のまま回復していけば、テオの治療はもう少しで終わる。
(それはテオさまにとって喜ばしいことなのに、寂しいと感じるなんて私はどうかしてる……)
 契約が終われば、エレインはもうこの王宮に住む理由がなくなるから、出ていかなくてはならないだろう。
 薬と化粧水の製造は、通いながらだって十分できることだし、なんならそれだってエレインの力は必要ないかもしれない。
 この国はもともとハーブ栽培が盛んだから、エレインがハーブに力をかけなくても製造方法とブレンドレシピさえ守れば効果は十分期待できるだろう。
 もしそうなれば、もう王宮に出入りする必要もなくなり、テオともアランとももう会う機会はなくなってしまう。
(もう、会えなくなる……?)
 そう考えただけで、体から血の気が引いていくような、足元の地面がガラガラと音を立てて崩れていくような、恐怖にも似た不安に駆られた。
(会えなくなるなんて、そんなの嫌……)
 三か月と少し、王宮(ここ)での生活は、エレインにとって大切なものになっていた。
 温かなアランと可愛らしいテオ、信頼してくれる国王陛下夫妻とリゼット、それにずっと支えてくれているニコル。
 そして、慈愛に満ちた眼差しで接してくれるアランとの時間を失うと思うと、胸を切り裂かれるような痛みに襲われた。
 優しい人たちに囲まれたこの世界を、失いたくない。
(けど……、それは無理な話ね……)
 これまで、エレインは自分でも人の役に立てることがあるのなら、その力を惜しみなく使ってきた。
 それは一重に、誰かの役に立つことで、「こんな自分でも誰かに必要とされている」という自身の存在価値をそこに見出し、求めていたからだ。
 アランからテオの治療をお願いされて引き受けたのも、最初は役に立ちたいという思いだけだった。
(私が人から必要とされるのは、この力があるから……。この力が必要なくなれば、()はもう必要がない用済みだもの……)
 いつかは別れがくるのだと、少し前から言い聞かせていたのに、それが現実味を帯びた途端に自分の覚悟などあっけなく砕かれた。
「エレイン?」
「おなかいたいの?」
「あ……すみません、ぼうっとしてしまいました。さぁ、お昼ご飯を頂きましょう」
 自分勝手な願いと痛いと悲鳴を上げる心を隠すように、エレインは笑顔を浮かべた。