元気アピールが失敗に終わり、この手をどうすれば良いかおろおろしていると、不意に頬になにかが触れた。
 それがアランの指だということに遅れて気付いたエレインは、そのまま体が固まってしまった。
 彼はそのまま、親指でエレインの目元を優しくなぞる。
「また隈が濃くなってる」
「え……あ……」
 瞳を覗き込むようにして、近づいてくるアランの顔から目を逸らせない。
 晴れ渡る夏空のような色をした瞳は、木陰でもその明るさを損なうことなくエレインを見つめる。
「きみがやりたいというなら反対はしないよ。だけど、きみが倒れてしまわないかが心配だ」
 触れた指から、アランの温度が伝わってきて、エレインの心臓が悲鳴をあげていた。
(む、無理……)
「いいかい、エレイン。これだけは約束して。決して無理せず、すべてを自分一人でやろうとしないで、俺や周りを頼ること。いい?」
「は……はい……、ぜ、善処します。……? あ、あの、」
 話が終わったはずなのに、アランの手は離れていかないどころか、じっと瞳を覗き込んでくるアランに、エレインは戸惑う。
(早く、解放して……)
「エレインの瞳は、本当に綺麗な色をしているね」
(綺麗なのは、殿下の瞳ですから!)
「そん、なことを言うのは、殿下くらいです」
「そうなんだ? こんなに美しいのに。……だけど俺だけが知っていればいいよ。きみがこれ以上注目されても困るから」
(私が誰に注目されるというのかしら。殿下は私を買い被り過ぎよ)
「……この瞳には、一体なに(・・)が見えているんだろうね?」
「な、なに、とは……?」
 意味深な発言にドキリとするも、アランは、エレインに答えを求めることもなく、どこか遠い目をして見つめてくるだけだった。
「らめーっ!!」
「――え?」
 大きな声に振り返ると、テオが目の前まで迫っていた。
 テオは、二人の間に割って入るようにしてエレインに抱き着く。
「わっ!」
 その強い衝撃に、後ろに倒れ込みそうになるのをどうにか踏ん張った。
「えーいんは、ぼく、の! だめ!」
 エレインの首ったけに抱き着いたテオは、膨れっ面でアランを睨む。
 エレインは今起こった出来事に、驚きを隠せず目をぱちくりと瞬かせる。
「テオドール、さま……」
「申し訳ありませんっ、テオドールさまとエレインさまにお怪我はっ」
 焦った様子のニコルにもエレインは反応できず、呆然とアランを見上げる。するとアランも目を瞠ってテオを見ていた。
「テオ、お前、今……、歩いて……」
「それに、言葉も……」
 エレインに突進してくるとき、確かにテオは自分の足で歩き、たどたどしくも「言葉」を発した。
 あんなに、頑なにハイハイしかせず、喃語しか発しなかったテオの突然の変化に、その場に居た誰もが驚かずにはいられなかった。
 その大人たちの反応が面白かったのか、テオは、「ぼく……あう……、あるけるよ……。ふふ、しゅごい?」と、その丸っこい顔をくしゃりとさせた。
 それは、エレインがこちらに来て、初めて目にしたテオの笑顔だった。
「……っ、すごいです、テオドールさま! とっても上手に歩いて、お話もできて、すごいです! エレインは……っ、」
 喉の奥が燃えるように熱くなり、言葉に詰まる。
 ずっと、両親を失った悲しみを抱えて、苦しんでいたテオが、やっと殻を破って一歩を踏み出したのだ。
 感極まったエレインの目から嬉し涙が零れた。
「とっても、とーっても、嬉しいです」
「あぁ、すごい! 俺も嬉しいよ、テオ!」
 それまで呆然としていたアランも、感激して相好を崩す。
 そして、エレインに抱き着いたままのテオを、エレインごと抱きしめた。
「ひゃっ」
「うぐっ」
 ぎゅうっと力任せに抱きしめられ、エレインもテオも悲鳴を上げる。
「エレイン、ありがとう! きみのおかげだ!」
 二人の間では、「くるちぃ」と不満を口にしながらも、ふくふくとした笑みを浮かべていたのだった。