テオとアランと王宮の庭を散歩中、日陰になっている芝生の上にラグを敷いておやつ休憩となった。
 年間を通して温暖な気候とは言え、夏の盛りはさすがに暑く、日陰でないと日差しで肌が焼けてしまう。
 アランとエレインは、コーディアルシロップで作ったジュースを、テオはお気に入りのマカロンをちまちまと大事そうに食べている。
 一口食べてはこちらを見上げてくるテオに、「美味しいですね」とエレインが微笑みかける。そうすれば、こくこくと嬉しそうに頷いて、また一口と頬張るのだった。
「リゼット夫人から話は聞いたよ」
 お菓子を食べ終わったテオが、芝生の上のハイハイで這っていき、ニコルがそれを追いかけるのを見ていると、アランが昨日の話を切り出してきた。
 昨日エレインは、デルマス商会に薬を卸してほしいとリゼットから告げられた。
 リゼットの夫であるラングロワ伯爵は、自国の医療体制に不安を感じ、伯爵家の慈善事業として薬の供給を決め、その仕入れ先としてエレインを探してくれていたらしい。
(私がこっちに来てしまったから……)
 自分が居なくなれば、ハーブ事業が立ち行かなくなるのは目に見えていた。
 だからせめてもの償いとして、国王陛下からの褒美として国民への供給を優先してほしいと願い出たのだ。
 婚約破棄されて追い出されたとき、エレインはヘルナミス国のどこか田舎の地でほそぼそと薬局でも営もうかと思っていた。
 それがどういう風の吹き回しか、こうして隣国で生活することになり、自国のことまで手が回らないのが現状だった。
 エレインをハーブ事業から下ろしたのは、王太子でありエレインのせいではない。
 自業自得だと言ってしまえばそれまでだが、この国に来てからずっと、自国に対して罪悪感を抱いていたのも事実だった。
(国民に罪はないもの……。この力がどこまで使えるのかがわからないけれど……)
 この力を求めてくれるのならば、それに応えたい。
 それがエレインの気持ちだった。
(だって、私には、この力しか価値がないんだから……。この国に来てから、体の調子がいいし、力を使っても以前より疲れないからきっとなんとかなるわ)
「リゼット夫人ときみがまさか知り合いだったなんて、世界は狭いね」
 アランも子どものころから母を通してリゼットと交流があり、リゼットは昔からアランたち兄弟を自分の子どものように可愛がってくれていたらしい。
 エレインがリゼットと出会ってから数年が経つが、カムリセラ国の王族と交流があると聞いたことなどなかったため驚きだ。
 エレインの知る貴族は、誰誰と知り合いだ、やれ売れっ子のピアニストを招いてサロンを開いただの、パーティーに招待されたなど、とにかく交友関係を見せびらかしたがる。
 それに比べて、伯爵夫人でもあるリゼットの口から自慢話など聞いたことがなかった。
 いつも、エレインの境遇を心配して、冗談交じりに「うちに養子にきなさいよ」と声をかけてくれた。
 あの頃は、リゼットの優しさすらも社交辞令だと、素直に受け取れなかったほど自分は外とのつながりを無意識のうちに拒絶してしまっていたのだなと、今さらになって気付いた。
「薬の話、引き受けたんだろう?」
 エレインは、少しでも彼女に恩返しがしたい一心で、昨日のことを二つ返事で快諾したのだった。
 そのことをアランには、今夜、テオが寝た後にでも話そうかと思っていたエレインは、深々と頭を下げる。
「勝手に話をお引き受けして申し訳ありません。もちろん、テオドールさまのことを最優先にし、手を抜くようなことはいたしませんので……」
「そこが心配なんだけどな……」
「こ、これまで以上に頑張りますので、どうかお許しいただけないでしょうか」
 エレインは、必死な思いでアランを見上げた。
(やっぱり良い気はしないわよね……)
 反対されるだろうとは思っていたが、アランの信用を得られていないことに気落ちする。
 しかし、アランは「そうじゃなくて」とエレインを見た。
「テオや薬を疎かにするとは欠片も疑っていない。俺は、きみがこれ以上働き過ぎることを心配しているんだよ」
(私の心配を……? 契約ではなく?)
「ただでさえ今だって、テオの相手とハーブの世話と薬の製造と手一杯なのに、そこにさらにリゼット夫人からの依頼だなんて……」
「私なら、大丈夫です……。こう見えて体は丈夫なんですよ。風邪だって滅多にひきませんし」
 エレインは両手で拳を作って、元気なことをアピールしてみせる。
 笑ってくれると思った彼の表情は、反対に眉尻が下がり悲しさを増してしまい、エレインまで悲しくなる。
(そんな顔をさせたいわけじゃないのに……)