*父サイド
エレインの父ジャン・フォントネルは、王太子ダミアンの執務室を訪れていた。
部屋に案内されるも、手が離せないとかなんとか言われ待たされてイライラが募る。
(ろくな業務など任されていないだろうに、手が離せないなど!)
ハーブ事業の一時の成功によりその名を上げたが、それまでは遊び呆けるあまり放蕩息子と陰口を叩かれていた。
その秀でた容姿のおかげで周囲からちやほやされていただけの、所詮ボンボンであり、腹違いの弟・ギャスパーの方が次期国王に相応しいと声を上げる貴族もいる。
ただ、母親である側妃が元踊り子という身分が足かせとなり、王太子派の方が優勢なのが現状だった。
「――で、何用だ?」
白々しく声を掛けてきたダミアンに、ジャンはにへらと安い笑みを浮かべる。
「お忙しいところお時間を頂き感謝いたします。そのですな……、共同事業の今月の支払い額が異様に少なく、もしや経理の方が金額をお間違いではないかと思いまして」
ははははは、と笑ってごまかしながら、ジャンは一息に言い切った。
ジャンもダミアンの部下伝いに、ハーブの栽培が上手くいっていないことや、売れ行きが悪いことは報告を受けて知っている。
それにしてもなけなしの金しかもらえず、ジャンは焦っていた。
(シェリーの支度金にと貯金はほとんど使いきってしまったし、給金を当てにしてさらに畑を広げようと新しく土地も買ってしまったんだ……)
このままでは負債を抱えてしまう、と藁にも縋る思いだった。
「間違ってなどいないが」
「そ、そんな……。で、では、婚約者のよしみで少しでよいので援助していただけないでしょうか……! すぐにお返ししますので」
ダミアンは「はぁ」と大きなため息を吐き、不機嫌をあからさまに態度に表す。
「事業は今赤字なんだぞ! こっちだって手一杯なんだ!」
あまりの剣幕に圧されながら、ジャンはいよいよ大きな不安に覆われる。
「ど、どうして赤字に……、代わりの者に任せれば問題ないとエレインを外したのは殿下ですよね? こんなことならあの子を勘当になどしなかったのに……!」
「俺だってこんな事態は予測していなかった。だから今、エレインを呼び戻す算段を付けている」
「え、エレインを? 居場所が分かったのですか!?」
ジャンは、久方ぶりに聞くもう一人の娘の顔が脳裡に浮かんだ。
恋人がいるにも関わらず、望まない政略結婚で生まれたエレインを、ジャンはどうしても愛することができなかった。
本命だったマチルダとその間に生まれたシェリーが愛しく、その二人にとって疎ましい存在となったエレインは、ジャンにとっても同様に疎むべき存在だったのだ。
だからさっさとどこか羽振りのいい貴族に嫁がせて、あわよくば金銭的支援をと思って適齢期になるまで育てていた。
それが、ひょんなことから趣味のハーブで注目し始め、王太子の婚約者になったのは僥倖だった。
しかし、その王太子からの評判がすこぶる悪く、いくら口うるさく𠮟りつけても、愛想笑いの一つもできないから困り果てていたところ、シェリーの策によってエレインから婚約者の座を奪えた上、厄介払いができたと家族三人で喜んでいたというのに……。
(まさかエレインがいなくなった途端にハーブ事業がこうも傾くとは、思いもよらなかった)
「隣国カムリセラ国の王室がエレインを囲っているらしい」
(隣国の王室……?)
「なぜ、そんなところに……」
エレインの交友関係は狭く、隣国のしかも王族の知り合いなど居るはずがないのに。
「俺も詳しくは知らないが、王族の誰かがエレインのハーブに目をつけたらしい。……やはりエレインはなにか特別な力を隠し持っているのかもしれん」
(特別な力? エレインが? それが本当なら、隣国の王室がエレインに目を付けたのも納得できるが……一体なにがどうなっている……。いや、今はそんなことはどうでもいい。居場所が分かればこっちのものだ。とにかく今すぐあの子を呼び戻さねば……)
混乱しながらも、ジャンは暗闇の中に光を見つけることができ、鬱々としていた気分が嘘のように晴れていった。
エレインの父ジャン・フォントネルは、王太子ダミアンの執務室を訪れていた。
部屋に案内されるも、手が離せないとかなんとか言われ待たされてイライラが募る。
(ろくな業務など任されていないだろうに、手が離せないなど!)
ハーブ事業の一時の成功によりその名を上げたが、それまでは遊び呆けるあまり放蕩息子と陰口を叩かれていた。
その秀でた容姿のおかげで周囲からちやほやされていただけの、所詮ボンボンであり、腹違いの弟・ギャスパーの方が次期国王に相応しいと声を上げる貴族もいる。
ただ、母親である側妃が元踊り子という身分が足かせとなり、王太子派の方が優勢なのが現状だった。
「――で、何用だ?」
白々しく声を掛けてきたダミアンに、ジャンはにへらと安い笑みを浮かべる。
「お忙しいところお時間を頂き感謝いたします。そのですな……、共同事業の今月の支払い額が異様に少なく、もしや経理の方が金額をお間違いではないかと思いまして」
ははははは、と笑ってごまかしながら、ジャンは一息に言い切った。
ジャンもダミアンの部下伝いに、ハーブの栽培が上手くいっていないことや、売れ行きが悪いことは報告を受けて知っている。
それにしてもなけなしの金しかもらえず、ジャンは焦っていた。
(シェリーの支度金にと貯金はほとんど使いきってしまったし、給金を当てにしてさらに畑を広げようと新しく土地も買ってしまったんだ……)
このままでは負債を抱えてしまう、と藁にも縋る思いだった。
「間違ってなどいないが」
「そ、そんな……。で、では、婚約者のよしみで少しでよいので援助していただけないでしょうか……! すぐにお返ししますので」
ダミアンは「はぁ」と大きなため息を吐き、不機嫌をあからさまに態度に表す。
「事業は今赤字なんだぞ! こっちだって手一杯なんだ!」
あまりの剣幕に圧されながら、ジャンはいよいよ大きな不安に覆われる。
「ど、どうして赤字に……、代わりの者に任せれば問題ないとエレインを外したのは殿下ですよね? こんなことならあの子を勘当になどしなかったのに……!」
「俺だってこんな事態は予測していなかった。だから今、エレインを呼び戻す算段を付けている」
「え、エレインを? 居場所が分かったのですか!?」
ジャンは、久方ぶりに聞くもう一人の娘の顔が脳裡に浮かんだ。
恋人がいるにも関わらず、望まない政略結婚で生まれたエレインを、ジャンはどうしても愛することができなかった。
本命だったマチルダとその間に生まれたシェリーが愛しく、その二人にとって疎ましい存在となったエレインは、ジャンにとっても同様に疎むべき存在だったのだ。
だからさっさとどこか羽振りのいい貴族に嫁がせて、あわよくば金銭的支援をと思って適齢期になるまで育てていた。
それが、ひょんなことから趣味のハーブで注目し始め、王太子の婚約者になったのは僥倖だった。
しかし、その王太子からの評判がすこぶる悪く、いくら口うるさく𠮟りつけても、愛想笑いの一つもできないから困り果てていたところ、シェリーの策によってエレインから婚約者の座を奪えた上、厄介払いができたと家族三人で喜んでいたというのに……。
(まさかエレインがいなくなった途端にハーブ事業がこうも傾くとは、思いもよらなかった)
「隣国カムリセラ国の王室がエレインを囲っているらしい」
(隣国の王室……?)
「なぜ、そんなところに……」
エレインの交友関係は狭く、隣国のしかも王族の知り合いなど居るはずがないのに。
「俺も詳しくは知らないが、王族の誰かがエレインのハーブに目をつけたらしい。……やはりエレインはなにか特別な力を隠し持っているのかもしれん」
(特別な力? エレインが? それが本当なら、隣国の王室がエレインに目を付けたのも納得できるが……一体なにがどうなっている……。いや、今はそんなことはどうでもいい。居場所が分かればこっちのものだ。とにかく今すぐあの子を呼び戻さねば……)
混乱しながらも、ジャンは暗闇の中に光を見つけることができ、鬱々としていた気分が嘘のように晴れていった。



