教会で実態を調査した後から、エレインは前にも増してハーブ作りに精を出した。
 日中はテオの相手をしているため、早朝や夜に作業している。
 定番の薬は、助手のエクトルが仕切って人を使って安定した生産が保てているため、エレインは需要の高いハーブの増産に注力していた。
 精霊の力を借りてハーブの成長速度を早め、一年草のハーブもどんどん増やしている。
 精霊の力は、生きているものの力を強めることができるのだと、この力を使っている内に気付いた。
 ハーブの効能を強めるのがその最たる特徴であり、ハーブ自身がもともと持っている効能を精霊の力で強めているに過ぎない。
 だから、例えば、鎮静効果を持つラベンダーに興奮作用を持たせることはできないし、枯れ切った植物を蘇らせることはできない。
 〇から一にすることはできないが、一を十にすることはできるということ。
 だから、植物の持つ生命力を強めることで、成長を促すことができた。
 一晩で種から花を咲かせるなんてことは無理だけど、開花まで通常二か月かかるものを一か月程度まで短縮することができる。
 しかし、それをするには対価としてエレインの力も相当な量を要する。
(でも、ヘルナミス国にいたときよりも、必要な力はずっと少ないから大丈夫)
 地質も気候もハーブ栽培に向いていないヘルナミス国でハーブを育てるのは、本当に骨の折れる作業だった。
 ほぼ毎日のように力を使わなければ、ハーブは元気を失っていったから。
 それに比べて、ここカムリセラ国は土も肥沃で雨も足りているため、エレインが力を使わなくてもすくすくと育つから、必要な力も最低限で済むらしい。
(ふわふわさんの数も向こうと比べるとカムリセラ国の方が断然に多いのよね……)
 いろいろな要因が重なって、成長を早めるという荒業も成しえているわけだ。
 さらにエレインは、ハーブの増産と薬の調合とは別に、進めていたことがある。
 それは、化粧水の製造だ。
 以前、ヘルナミス国に居たときに作って一部の貴族に販売してとても好評だったハーバルウォーターだ。
 エッセンシャルオイルを精製するときに副産物として出る蒸留水で、微量だがハーブの成分も含まれている。ローズやネロリなど、美容効果の高いハーブウォーターをブレンドしたものを二種類ほど作り、貴族相手に売り込んだ。
 同時に生成されるエッセンシャルオイルは、薬に使用しているので一石二鳥と言える。
 いくら王室が慈善事業としてエレインへの協力を惜しまないからと言って、このままずっと資金提供を受け続けるわけにはいかない。
 しかし、より多くの薬を安価で提供するとなると、どうしても多額の資金が必要になる。
(安定して量産するためにも、資金源が必要だわ)
 そう頭を悩ませていたところ、先日の市場で「若返りの水」に多くの人が群がっていた光景を見て、この化粧水のことを思い出したのだ。
「エレイン、この化粧水は本当に素晴らしいわ。貴族のご婦人からも続々と注文が入っているのよ」
「ありがたきお言葉、感謝申し上げます。これもひとえに王妃殿下のお力添えのおかげでございます」
 売り込んでくれたのは、王妃殿下のロズリーヌだ。
 テオの昼寝の時間に呼び出されたエレインは、ティータイムの同席を促されてそのまま向かいの椅子に着席する。
 五十代の彼女は、ミルクティベージュの髪をハーフアップにし、とても三人の王子を産んだとは思えない、メリハリのあるボディが目を惹く魅力的な女性だった。
 化粧水をどう売っていこうかと悩んでいたところ、テオの治療でエレインのハーブの素晴らしさをすでに知っていた彼女が、化粧水の宣伝を買って出てくれた。
 その効果は抜群で、エレインの化粧水は一瞬で売り切れてしまった。
「上品な香りは強すぎず、飽きないし。なにより飲むこともできるのが素晴らしいわよね。塗ってよし飲んでよしで外からも中からも綺麗になれるんだもの」
 朗らかに微笑む王妃殿下の切れ長の瞳はアランとよく似ていた。
「皮膚から吸収される成分の量には限界がございますので」
「量産は難しいのかしら?」
 ティーカップを優雅な所作でソーサーに戻して、ロズリーヌはエレインを見る。
 今日お茶に呼ばれた理由はそれか、とエレインは姿勢を正した。
「新鮮な花弁が大量に必要となりますので……」
「大量に栽培できる環境があればよいの?」
「えっと……」
 率直にそう聞かれ、エレインは口ごもる。
 王室にはお世話になっているし、少しでも財政の負担軽減のためにもこの化粧水だけは軌道に乗せたい気持ちはある。
 それに、質のよい花を量産できれば、化粧水の製造自体はエレインでなくてもできるから不可能ではない。
(ただ、私の力が足りるかが心配なのよね……)
「今の倍程度の量まででしたらお作りできると思います」
「そう、分かったわ。早急に場所と人員を手配させるわね」
 ロズリーヌは手招きして侍女を呼ぶとなにかを言付けた。
「それから、どうしてもあなたに会いたいとうるさい旧友がいるんだけれど……呼んでもいいかしら?」
「それはもちろん、私は構いませんが……」
(私に会いたいという人? 誰かしら?)
 この国にエレインの知り合いはいないはず、自分に会いたいなど奇特な人もいるのだなとエレインは首を傾げた。