*王太子サイド

「王太子殿下、若返りの水の売れ行きは好調のようです」
 部下の報告に、ダミアンは不服そうに「ふん」と鼻を鳴らした。
(売れて当然だろ。王室の作ったものを庶民価格で販売してやってるんだから)
 順調だったハーブ栽培に陰りが出始めたのは、エレインが消えてから一月ほど経ったころ。
 育成が芳しくないと報告を受けるも、多額の費用を投じて肥料や水やりをしてどうにか育てた。
 その収穫したハーブでこれまで通り製品を作り、貴族に売っていたが、「質が落ちた」「香りが悪い」などと悪評が立ち、売り上げが落ちる事態になった。
 後にも引けず、苦肉の策として過剰在庫となったハーブを使って王太子が発案したのが、「若返りの水」だった。
 貴族が駄目なら、と庶民向けに薄利多売を狙ったのだ。
 ハーブの知識がない王太子が、いい加減に選んだハーブで作らせた化粧水だったが、「王室」ブランドと「若返りの水」という目を惹く商品名が功を奏した。
 庶民向けのため利益は少なく、例え全部売れたとしても、採算は合わない。
(もし赤字になったら、反王太子派の奴らにつけ入る隙を与えてしまう……)
 反王太子派とは、ダミアンの腹違いの弟にあたるギャスパーを次期国王にと推している貴族の一派だ。
(まぁ、母親が踊り子のアイツが王になんてあり得ないが、弱味は握らせたくはない)
 事業に失敗し、多額の赤字を出したとなれば、王太子としての素質を疑われ、民の反感も買ってしまうだろう。
 ダミアンは、迫りくる不安に拳を強く握りしめた。
「それで、畑の方は?」
「大量の肥料と水でどうにか持ちこたえてはいますが、枯れるのは時間の問題かと」
「これまでなんの問題もなかった畑が、どうして突然枯れ始めたんだ? 水やりしているのに……原因はなんだ!」
「私も原因を調べようと、方々に聞いて回ったところ、皆、口をそろえて言うことが同じでして……」
 口ごもる部下にはっきり言えと促す。
「『あのハーブは、エレインさまにしか作れない』と、農夫を始め工場で働く者たち全員がそう言うのです」
 信じられない言葉に、ダミアンは目を見開いた。
「なっ……んだと……!? それは一体どういうことだ!」
 忘れかけていた名前の登場に、ダミアンは横面を思いっきり殴られたような衝撃を受ける。
「エレインが、魔法でも使っていたというのか?」
 この世に魔法などという不思議な力は存在しない。魔法が存在するのは、おとぎ話の中だけの話だった。
 しかし、とダミアンは振り返る。
 ハーブが悪くなりはじめたのは、エレインがいなくなってから数週間後。
(エレインは、なんと言っていた?)
 婚約破棄をした日、褒美をやると言われてエレインが口にした願い――。
 ――今出荷を控えているハーブは(・・・・・・・・・・・・・)、貧しい国民の手に渡るよう教会や薬局を優先に安価で卸していただけないでしょうか。
 エレインのことだ、貧民への支給を永続的に願い出てもおかしくないはずが、一度きりしか願わなかった。
(まさか……こうなることを、予測していた……?)
 だとすれば、すべての辻褄があうのではないか。
 エレインが居た時はすくすくと育っていたハーブ。
 いなくなってから悪化し、今にも枯れそうになっているハーブ。
 まるでハーブの質が悪くなり、枯れていくのを予測していたかのような発言。
 口をそろえて『あのハーブはエレインにしか作れない』と言う領民たち。
「魔法など……」
 部下は、あり得ない話だと失笑する。
「もういい、下がれ」
 部下が退室し静かになった執務室で、ダミアンはわなわなと震える体を必死に抑え込んでいた。
「――はっ、エレインだと……?」
(一体、どれだけ俺を馬鹿にすれば気が済むんだ!)
「ふざけやがって!」
 怒りを抑えきれず、ダミアンは力任せにデスクの上のものを腕で薙ぎ払った。書類やペン、ティーカップなどが音を立てて床に落ちていく。
 なおも納まらない荒ぶる感情を制御できなくなったのか、ダミアンは声をあげて笑いだした。
「はははははは! 面白いじゃないかあの女! いいぞ、魔法でもなんでもいい! ぜひともその力を俺のために使ってもらおうじゃないか!」
 その後もしばらく、執務室からはダミアンの笑い声が聞こえてきていた。