エレインとニコルを乗せた馬車はほどなくしてハーブ園に到着した。
 御者が差し出す手を借りて馬車を降りると、ハーブ園の方から農夫が一人かけてきた。ハーブ園の管理を任せている農夫のトマスだ。
「おはようございます、お嬢さま」
「おはよう、トマス。朝からご苦労さまです。ハーブは変わりないですか?」
「はい、ハーブはどれも元気に育ってくれてます」
「なによりです。私は少し畑を見回りますね」
 もう仕事に戻っていいという意味を込めたのだが、トマスはエレインの後ろをついてきた。
 構わずエレインはニコルと畑へと向かう。
 六月の今、太陽は容赦なく照りつけ、刺すように暑かった。日よけ用につばの広い帽子を被っていても、地面から跳ね返る日差しが熱気となって襲ってくる。
 エレインは滲む汗をハンカチで拭いながら、畑の周りを歩いて進む。
 一ヘクタールほどに区分けされた畑が規則正しく並び、一区画につき一種類のハーブがびっしりと植えられている。背丈も揃い、遠目で見ても発育がよいのが一目でわかる出来栄えだった。
「問題なさそうね」
 しばらく見て回り、エレインがそうつぶやくとトマスは相好を崩した。
「ですよねぇ! 問題どころか、文句なしの発育ですよ、お嬢さま! 本当に、どうしてこんな痩せた荒地でハーブがこんなにも元気に育つのか……俺にはさっぱりわかりませんがな」
 トマスが驚くのも無理はなかった。
 ここは使われなくなって久しい農園だったのをフォントネル家が買い取った土地で、この土地の持ち主ですら「こんなとこじゃ芋だって育ちませんよ」と止めたほどだ。
 父は安くていいなと喜んで買ったが、本当ならこの地でハーブは育たない。
 さらに、この国の気候もまたハーブの発育に適していなかった。
 エレインの住むヘルナミス国は、細長い長方形をしており、その三辺が海に面している。そのため、気候は海洋の影響を多分に受けやすく、夏は高温で乾燥し、冬は温暖で雨量の多い特徴を持っている。
 ハーブにとって、この国の夏は気温が高すぎるのだ。強すぎる陽の光に葉は焼かれて縮れ、雨が降らないから土は乾燥によりひび割れてしまい根が張れない。
 もちろん、この気候に合ったハーブも存在するがその種類は他国と比べると各段に少ない。
 足りないハーブは輸入に頼るしかなく、仕入れ値はもちろん国産よりもぐんと跳ね上がる。
 そこに現れたのが、エレインの育てるハーブだ。
 数が少ないところに、種類も豊富で質もよく効能も強いと、三拍子そろっているため引く手あまただった。
「この畑を見て、俺も畑にハーブを植えてみましたけど、ものの数日で枯れちゃいましたよ! 一体なにがどうなってるんでしょう?」
(この土では枯れちゃうでしょうねぇ)
 エレインのハーブ園には、誰にも言っていない秘密がある。
 けれど、それを言ったところで信じてもらえるとは思わないし、悪用されるのが目に見えているからエレインは今後も黙っているつもりだ。
 それに、エレイン自身にも、わからないことがまだまだあるのも事実だった。
「さぁ……私にもさっぱりです。自然の恵に感謝ですね」
 小首を傾げてにっこり笑うと、エレインはいきいきとと生い茂るハーブ園を愛おしそうに見つめた。